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辺境伯令嬢は王子の婚約者になりたくない  作者: 藤夜
第二章

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2 こっそり野望を抱いてます

「それで、結局なにもせずにお兄様は帰られたのですか?」

 

 そう言いながらローザリンデ王女は紅茶のカップをソーサーの上に置く。

 今日は王女様直々に王宮のサロンのお作法を教えていただく、という名目でのお茶会だ。王女宮の庭に建てられた小さな温室で、私はたくさんの花に囲まれてお菓子をいただいている。

 

「気が利かないお兄様! 騎士たちに見られるのがだめなら、王宮の外へ連れ出して差し上げればよいのに」

「いいんです。ジークフリート殿下もお忙しいのに私に付き合ってくださっているので。すぐにベルンハルト団長が呼びに来ましたし、仕方ないです」

 

 そう答えて、私は小さな黄色のマカロンを指でつまんで口に放り込んだ。

 妖精のように可憐な美少女を相手に、なんて美味しく優雅な時間よ。マカロンのほのかなオレンジの香りが口に広がるのを楽しみながら、私はやっぱり王子よりこっちが良いわと微笑む。

 

「お姉様はお優しいのですね」

 

 ローザリンデ王女は頬に手をあててキラキラした目で私を見た。

 あー、週に一回のこのお作法の時間だけは最高よ。先生は可愛くて優しいし、王宮おかかえのシェフが作るお菓子は毎回頬が落ちるほど美味しい。


 この授業に限っては妃教育が始まって以来サボったことはないのだが、それにはきちんとした理由がある。

 言っておくが、決してお菓子目当てではない。


 王女が教えてくれるのは、おもてなしの為のテーブルウェアの選び方やお茶の種類のほか、招待の仕方や実践的な話術など。王宮の催し物にはさまざまな決まり事があるので面倒なのよね。

 そして、中央貴族たちとの付き合いは私の一番苦手とするところ。このドロドロの黒い思惑渦巻く世界とは上手く距離をとっておきたい私にとって、貴族たちの裏事情を教えてもらえるこの授業は一番重要なのだ。

 あらゆる情報を精霊から得ることのできるローザリンデ王女は、教師としてまさに適任と言える。


「毎日の講義は大変ではないですか?」


 私にケーキを勧めながら、王女は心配そうに問う。

 

「そうですね。身体を動かす方が得意ですし、ただ本を暗記するというのは苦手なので。まだ歴史なんかは良いのですけど、外国語が問題です」

 

 士官学校出のローレンツ兄様の方針で、ラウリッツ辺境騎士団では周辺二カ国の言語は習得するよう教育されている。まあ、敵の言葉がわかんないと色々と不利だからこれは必須なのだ。

 それに騎士団で使う魔道具には、呪文として大陸の古語(ルーン)が使われる。これは魔道具の発祥の地であるエディーサ王国の魔術師たちが使っていた言語なのよね。少し難解な言語だけど、魔術を使うのには必要だから当然習う。だから私もある程度語学には自信がある方なのだけど。

 

「親交のある国の八カ国語の習得が必要と言われているので、さすがにきついです」

 

 王族に嫁ぐような家柄の令嬢は幼い頃から教師がついて習うらしいが、どっこい私は田舎の貴族。中央貴族の侯爵・伯爵家のような教育は受けていないのだ。

 それどころか自由奔放に魔物狩りなどしていたくらいで、そもそものお育ちが違う。

 

「陛下の生誕祭では各国から皆様来られますものね」

「あと二週間で簡単な会話くらいはできるようにと言われました」

「お兄様が常に隣でエスコートしていますから、任せておけば大丈夫ですわ」

「本当、早く呪いを解いて婚約解消したいです」

 

 ラグナルの奴め。一体どこにいるのやら。絶対見つけ出してやるんだから。

 私のつぶやきに、ローザリンデ王女は複雑そうな表情を浮かべた。

 

「わたくしはお姉様にずっといていただきたいのですけれど……。お兄様の竜化の呪いは、お姉様の魔法でも解くことは叶わなかったのですね」

「何度か試してはみたのですが効果は短時間でした。やはり完全に解くには呪いのもとである司祭の杖、レーヴァテインが必要なようです」

 

 ギルにもみてもらったけれど、解呪と解毒では術式が異なるので効果は中途半端になるのだそう。とりあえず変化を阻止することができるのはわかったが、その効果はもって四、五時間。

 司祭の行方は王国騎士団でも捜索しているそうなのだけど、まだどこに潜伏しているのかはわかっていない。

 

「早く呪いを解いて、殿下には政略結婚ではなく好きな方と結ばれていただきたいんですけどね。殿下の恋人だった身分の低い令嬢というのはどなたなんでしょう。尋ねても教えてくださらないんです」

「それは……、きっと、まあ……」

 

 王女は私から目をそらして言葉をにごした。お兄様、お気の毒にという小さなつぶやきも聞こえたので、王女はそれが誰なのか知っているのだろう。

 

「わたくしの口からはなにも言えませんが、でも、ほら、お姉様? 陛下は神獣の加護を持つラウリッツ辺境伯との強い縁を望んでおりますから」

「それに関しては大丈夫です、王女様。ラウリッツ辺境伯(ちち)には私以外にもアレクシスという息子がいます。ちょうど今も王都の士官学校にいることですし、弟を人質に残しておきますわ」

「ええ! アレクシス様を?」

「はい。アレクが殿下に余計なことを言ったのでシメに……ゴホン、文句を言いに行ったのです。その時に話をしたのですが、彼は王国騎士団に入団することを希望していますので」


 辺境領はローレンツ兄様が後継ぎなので、アレクシスは自分で道を探さねばならない。まあその一環で士官学校に入ったのだが、ここ王都で彼は運命的な出会いをしてしまったのだ。そう、この目の前の王女様と。

 

『生まれて初めて姉さんを尊敬したよ』

 

 そう言ってぽーっと頬を赤らめた弟には唖然としたけど、まあこの美貌の王女様と親しく話をして惚れるなという方が無理かもしれない。

 

 ちょうどいい。王女の護衛騎士にでもなってくれれば私も助かる。ギルのせいでこの行き遅れの私が王子の婚約者に選ばれるくらいなのだ。将来有望(?)な辺境伯の令息と王女の組み合わせでも良いのではないか。

 高望みかなとは思うけれど、未だローザリンデ王女には婚約者はいないと聞いている。姉のためにもアレクシスにはせいぜい出世していただきたい。

 

 私がそんな野望を抱いているとはつゆ知らず、王女はまあ、と言って目を丸くした。

 

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