4.エリワイドの決意
「それで、お父様。お話し合いの結果は?」
お父様と合流した後、私はお父様に案内された客室で早速本日の成果を確認した。そんな私にやっぱり忘れ物は口実だったのかとお父様は呆れたようにため息をつく。
「…全く、家で大人しく待っているように言っただろう。忘れ物など嘘までついて…殿下と一緒にお前がいるものだから流石に驚いたぞ」
「だって、気になって仕方がなかったんですもの。時間もあまりありませんし、駄目なら駄目で早く次の手を考えないと」
早く結果が知りたいとそわそわしている私に、お父様は観念したように口を開いた。
「…婚約には応じて貰えなかったよ。お前の気持ちを信じることはできないそうだ」
「そんな…!」
私は本気でブルーナイト辺境伯が好きなのに。気持ちが信じてもらえないなんて…。一体何が原因なのから。私が色んな男と遊んでいる女という噂があるならまだしも、遊ぶどころかそういった話が一切ないことで有名なのに気持ちが疑われるなんて。
「彼は過去に女性関係で色々と苦労していてね。女性不信なところがあるんだ。だから、今まで誰とも関係を結んでこなかった。私の口からお前が本気でブルーナイト辺境伯に恋をしていると伝えても、一過性のものだと受け取って貰えなかったよ」
「私は本気ですのに…」
そこまで女性不信になるなんて一体、辺境伯の過去には何があったのかしら。
辺境伯の女性不信を緩和させない限り自分の婚約を受け入れてもらうのは難しそうだなと私が思案していると、不意にお父様が私の肩に手を置いた。私は我に返り、お父様へと視線を向ける。翡翠色の瞳に私の顔が映った。
「あとは君が自分自身の手で掴み取ってきなさい、エリィ。辺境伯からお前を向こうに遊びに行かせる許可は貰ったから」
「お父様…」
「お前の気持ちを自分の目で確かめてもらうように辺境伯には伝えておいたよ。だから、後は君の行動次第だ。貴族としての礼儀さえ欠かなければ何をしてもかまわないよ。どんな方法を取ってでもいい。宰相の娘らしく、あらゆる方法を使って、君自身の手でブルーナイト辺境伯の心を掴んできなさい」
そういえばお父様、お母さまを手に入れるために10年間お母さまの領地に通い続け告白し続けたって言ってたわね。お母さまには長年思い続けている人がいてなかなか振り向いてもらえなかったって。10年目にして初めてお母さまがお父様に想いを向けてくれたって嬉しそうに語ってたわ。
よし、私もお父様を見習ってブルーナイト辺境伯を口説き落としてみせるわ。舞踏会までの期間が短いからお父様みたいに時間はかけてられないけど、例え粗末に扱われたとしても何度でも辺境伯のもとに通い詰めて、あの人の心を開いてみせるわ!
「ありがとうございます、お父様。そこまでしていただければ十分ですわ。後はお父様のおっしゃる通り、私自身の手で辺境伯の心を動かしてみせます。大丈夫ですわ。絶対にやり切ってみせます。だって、私はお父様の娘ですもの!」
深く頷いてそう言い切る私に、お父様は嬉しそうに笑った。
「うん、それでこそ私の娘だ。私はいつでもお前の幸せを一番に祈っているよ。…出発は明後日だ。それまでに準備をしておきなさい」
「わかりましたわ。そうとなれば早く帰って荷物をまとめないと。足りないものを明日買いに行かなければなりませんものね!」
それに、ブルーナイト辺境伯の心をどうやって開くかも考えないと。必要なものがあれば用意しなきゃだし…。
「それじゃあ、お父様。残りのお仕事頑張ってね!私は先に帰るわ!」
「ああ。ありがとう。気を付けて帰るんだよ」
「うん!#我が家の馬丁__ニコラス__#が馬車で送ってくれるから大丈夫!」
笑顔で手を振ってくれるお父様に手を振り返しながら、私は勢いよく部屋を飛び出したのだった。
※※※
「ナタリー!明後日ブルーナイト辺境にいくから荷物まとめるの手伝って!」
「えっ!?」
家に戻り、自分を出迎えてくれた専属メイドのナタリーに私はそう声をかける。ナタリーはブラウン色の瞳を丸くしながら、一体何事かと私に聞き返した。
「いきなりどうなさったんですか、お嬢様!なぜ、ブルーナイト辺境に?」
「婚約の申し出断られたから、直接行って辺境伯を口説き落としてくる」
私の言葉にナタリーの顔は一気に赤くなった。
「く、くど…!?あ、あの旦那様の許可は?」
「それなら貰ってるから大丈夫。というか、どちらかというとお父様からの提案だし」
「えぇ!?」
信じられないという瞳を向ける彼女に、私は本当よとこれまでの経緯を一から説明する。するとナタリーは納得したようになるほどと頷いた。
「滞在期間はどれくらいですか?」
「…さぁ?私が辺境伯を口説き落とせるまでかな?」
「えぇ…?」
それだとどれくらい荷物を持てばいいかわかりませんよぅとぼやきながらも、何を用意すべきか次々に教えてくれる。向こうに持っていく服を一緒に選びながら、私はナタリーに向こうでの過ごし方について提案した。
「ナタリーにも来てもらうことにはなるけど、向こうで私は勝手に過ごすから貴方は貴方で自由に過ごしてもらって構わないわよ。というか、せっかくの機会だし貴方も向こうでいい相手でも見つけちゃえば?ナタリーにいつも私のことばっかで、いまだに相手いないんでしょう?もしかしたらいい人いるかもよ?」
貴族でないナタリーは婚約者を見つける年齢に制約もないため、相手がいなくても不思議ではないのだが、23歳になるというのに私を気にかけて一切色恋沙汰がないのでこちらが心配になってくる。私のせいで彼女が結婚できなくなるという事態になってほしくはないので、定期的に私のことはきにせず幸せになるように言うのだが、いつも私の幸せはお嬢様の傍にいつことですと言って聞き入れてくれない。
もしかしたら今の周囲にはナタリーの好みの人がいないという可能性もあるし、辺境には彼女の好みの男性がいるかもしれないと思った私は何となくそんな提案をしたのだが、ナタリーはとんでもないと首を大きく横に振った。
「わ、わたしの事は大丈夫です!というかお嬢様を他領で野放しにするなど私の心臓が持ちません!一緒に行動します!」
「野放しって…別に普通に行動するだけよ。そんな心配しなくても問題ないわ」
アレクといい、お父様といいなぜこんなに私を問題児扱いするんだろうか。私、そこまで問題になるようなことしたことないと思うんだけどな…。
「普通の令嬢は殿方を口説き落としにその方の領地まで単身で乗り込んだりしません!」
「…それは、そうかもしれないけど」
口ごもる私に、ナタリーは腰に手をあてながら言った。
「とにかく、向こうで何か行動なさるときは一言私に相談してください。その方が私もお嬢様のお力になれますから」
「わかったわ。そうする」
何も知らない土地で一人で行動するのは心細いし、ナタリーが傍にいてくれるのは心強い。それに年上で色々と物知りだし、本人に恋愛経験はないけど周りの恋愛相談によくのっているせいか恋愛についても詳しいところがある。ナタリーが自分の専属のメイドでいてくれて本当によかったなと改めて思う私であった。