32.枯れ専で何が悪い!
「…どうかしら、ナタリー。変なところはない?」
「完璧です。お嬢様」
ひらりと薄いエメラルド色のドレスの裾が私の動きに合わせて舞う。所々にあしらわれた白いパールがキラキラと光を反射していいアクセントになっている。胸元で光る赤いネックレスはエドゥアール様の瞳の色を意識して用意したお気に入りものだ。
いよいよ社交界当日。この日のために用意したドレスを身にまとった私は、問題がないかと鏡の前でチェックをしていた。エドゥアール様の隣を歩くからには、変な格好でいくわけにはいかない。いつもの2倍の時間をかけて、より丹念に身だしなみを整えた。
どうやらエドゥアール様は既に部屋の前に来ているらしい。ナタリーのお墨付きももらい準備が万全となった私は、気合を入れて部屋の扉を開けた。
うわ、エドゥアール様かっこいい…!
視界に入ったエドゥアール様の姿を見て、私は思わず固まった。少し暗めの赤を基調としたジャケットに、スラッとした足のシルエットが綺麗に写るパンツ。そして、胸元で一際光を放つエメラルドのブローチ。
エドゥアール様が自分の瞳の色を纏ってくれている。それがとても嬉くて、気分が高揚する。
私が立ち止まったからか、エドゥアール様の方がこちらに向かって歩いてきてくれた。ある程度距離が近づくと、エドゥアール様の瞳がふっと細められる。
「よく似合っているな」
にわかに甘さをはらんだ声でそう褒められ、私のトキメキは最高潮に達した。もはやうっかり鼻血を出しそうで怖い。喜びで叫び出したい衝動を何とか抑えながらも、私はエドゥアール様に微笑みを返す。
「あ、ありがとうございます。エドゥアール様も素敵です」
「そうか。君の商会の者達には後で礼をしなければならんな。まさか、1日でこれほどの衣装を仕上げてくれるとは思わなかった。とてもリメイク品には見えん…」
「ふふ、そうですね。後でたんまりとお礼をあげましょう」
実はエドゥアール様の着ている服、昨日ナタリー達が既製品からオリジナル仕様にアレンジしてくれたものらしい。
エドゥアール様が社交界に着ていく服を悩んでいた時に、ナタリーがうちの商会でリメイクをしたらどうかと提案してくれたらしい。その結果、私の好みを知る彼らの手による、私のための、私の好みをふんだんに詰め込んだ衣装が完成したのである。もはや眼福以外の何物でもない。あとで彼らにはぜひともお礼をしなければ。
「…そろそろ会場に向かう時間だな」
すっと私の目の前にエドゥアール様の手が差し出された。私はドギマギしながらその手を握る。するとエドゥアール様は私の手を引いて歩き出した。いつもなら颯爽と私を置いて歩っていってしまうエドゥアール様だが、今日はきちんと私の歩幅に合わせて歩いてくれている。そのことに胸をときめかせながらも、私はエドゥアール様と共に会場へと向かうのだった。
※※※
「皆、本日はよく集まってくれた。まずはこうして皆の顔を見れたことを嬉しく思う」
一面大理石で覆われた広い部屋に、華やかな衣装に身を包んだ貴族たちが集まる。彼らの視線の先は、上段で演説をする陛下へと向かっていた。陛下の隣にはレオナルド殿下をはじめ、ベルバッハ皇帝とアディもいて、いつもよりも緊張感のある光景となっている。
陛下は成人を迎えた貴族たちに祝辞を述べた後、ベルバッハ帝国と正式に友好が結ばれたことを説明した。思わぬ朗報に貴族たちは一斉に沸き上がる。さらには、レオナルド殿下の婚約の発表と、アディの婚約の発表も行われたことで、会場は一気にお祝いの雰囲気に包まれた。どうやらエドゥアール様が上手くしこんだようで、レオナルド殿下の婚約発表では、レオナルド殿下が婚約者に指輪を贈る儀式が行われた。これにより婚約指輪という新たな文化が、貴族たちに周知された。周りの貴族令嬢がうっとりとその様子を眺めていたので、きっとハイーダ商会にはこれから指輪の注文が殺到するだろう。…私も後で作ってもらおうかな。…いや、エドゥアール様は指輪とか嫌がりそう。仕方がない。諦めるか…。
陛下の言葉が終わると、いよいよダンスパーティーにプログラムが映る。楽団の演奏によって、会場に華やかな音楽が流れはじめた。最初に踊るのは今回成人を迎え、婚約を結んだ人達。つまり、私とエドゥアール様も最初に踊ることになる。私の目の前にすっとエドゥアール様の手が差し出された。
「私と一緒に踊ってくれませんか、レディ」
「喜んで」
エドゥアール様にエスコートされて、会場の中心へと移動する。そして舞踏曲が流れると、私とエドゥアール様は曲に合わせて踊り始めた。踊っている時は互いの呼吸が聞こえるくらいエドゥアール様と身体が密着する。私の心臓は緊張でバクバクだった。真っ白になりそうな意識を何とか保ちながら、とにかく必死に身体を動かしていた。
「どうやら私は存外、嫉妬深い男のようだ」
「え?」
曲の中盤に差し掛かったところで、エドゥアール様が突然そう呟く。思いもよらぬその言葉に、私は思わず緊張を忘れ、エドゥアール様に視線を向けた。
「先ほどから君に向けられる男どもの視線が非常に気に食わない」
どうやら聞き間違えではないらしい。あのエドゥアール様が私に嫉妬してくれているようだ。
「早く君を辺境に連れて帰りたくてしかたがない。あそこなら他の貴族など近づかないからな」
「えっと…」
「昨日のあれも実に不快だった。まぁ、おかげで自分の気持ちに気付けた部分はあるが…」
「え…」
確かにあの後、少し機嫌が悪そうだったし侮辱されて怒っているんだろうなとは思ったけど、まさかあれが嫉妬だったとは。予想外のことに私は目を見張った。
「どうやら私は存外、君を気に入っているらしい。君の傍に私以外の男がいるというのは何だか落ち着かない」
「エドゥアール様…」
…どうしよう。物凄い嬉しい。嫉妬されることがこんなにも嬉しいことだなんて思いもしなかった。
「好き、なのだと思う。…いや、もしかしたらそれよりももっと醜い感情なのかもしれない。本来なら、父親よりも年の離れた女心も分からないこんな男に、君を縛り付けるべきではないとは分かっているのだが…」
ぎゅっと腰に回されたエドゥアール様の手に力が入る。服越しにエドゥアール様の緊張が伝わってきた。いつも余裕綽々のエドゥアール様が見せる少し余裕のない姿。それがどうしようもないくらいに愛おしく見える。
「それでも君に傍にいてほしいという私の願いを、どうか受け入れてもらえないだろうか」
心の底から私を求めていると分かるその瞳に、私の喜びは最高潮に達した。感極まりすぎて言葉が出ない私は、その言葉を肯定するようにひたすらに頷く。堪えきれなくて零れ落ちた涙を見て、エドゥアール様はぎょっとしたように私の頬に指を這わせた。
「…な、泣かせるつもりはなかったんだが」
「嬉しいんです。だって、今日、エドゥアール様からその言葉が聞けるとは思わなかったから…」
「…中々自分の感情に自信が持てなくてな。だが、昨日の件で確信が持てた。君の向けてくれる真っすぐな感情に、私も応えたいとそう思ったのだ」
嬉しい。私の想いがエドゥアール様に漸く伝わったことが、物凄く嬉しい。良かった。伝えて続けて。想いを伝えることを諦めないで本当に良かった。
「…私の方こそ嫉妬深いですけどいいんですか?今もチラチラと視界に映る女子たちのエドゥアール様への熱い視線に、沸々と闘志を燃やしているんですけれど」
「ふっ、お互いさまだな。目移りされるよりずっといい」
その言葉に私は踊りを利用しながらエドゥアール様にぎゅっと抱き着いた。
「では、交渉成立ですね。大好きですよ、エドゥアール様。例えエドゥアール様が私を嫌になっても、地を這ってついていきますから覚悟してください」
「…本当に君は」
エドゥアール様が何かを言おうとしたところで曲が終わってしまった。私たちは急いで観衆に終わりの礼をすると、次のペアに場所を譲る。話の続きはもっと静かな場所でしようと、人気の少ない中庭へ移動することにした。
「ここ、私が初めてエドゥアール様と出会った場所ですね」
「そうだな。ここで私は、迷子になっていた君を見つけた」
たどり着いた場所は、初めて出会いを果たした思い出の場所であった。どうやらエドゥアール様もこの場所を覚えてくれていたらしい。せっかくだからとここに連れてきてくれたようだ。
懐かしさに想いを馳せながら庭を眺めていると、エドゥアール様が私の名前を呼んだ。振り向くとエドゥアール様は近くのベンチを指さしている。どうやらあそこに座ろうということらしい。確かに先ほどの踊りで足が疲れていたため、座れる場所があるのはありがたい。私はエドゥアール様に言われた通りベンチに腰を下ろすと、ほうっと息をついた。
突然、左手にぬくもりを感じ私はビクリと身体を揺らす。ぬくもりの正体を視線で追えば、それはエドゥアール様の手だった。自分の手にエドゥアール様の手が重ねられているという光景に、私の心臓は高鳴る。驚きで動けない私を他所に、エドゥアール様はそのまま私の左手を取ると、もう片方の手に持っている何かを薬指にはめた。指もとに感じる冷たい感触。もしやと思った私は自分の手に視線を移した。
「…これ」
「婚約指輪だ。ハイーダ殿にお願いして作ってもらった」
暗闇のなかでキラリと光る銀色の輪っか。中央あしらわれた赤い宝石が月明かりに照らされて光る。茫然とそれを見つめる私に、エドゥアール様は自分の左手を見せてきた。その薬指には私と同じように銀色の指輪がはめられている。どうやらエドゥアール様の方はエメラルドをあしらった指輪のようだ。
「憧れていると言っていたからな。殿下のついでに用意してもらったのだ。気に入ってくれたか?」
「はい、とっても!一生大切にします!」
私は自分の指にはめられた指輪をじっと見つめた。…エドゥアール様とお揃いの指輪。何だかエドゥアール様との繋がりが増えたみたいで凄く嬉しい。
「…なんだか妬けるな」
「え?…っ!?」
ふいに顎を掴まれ持ち上げられたと思ったら、唇に温かいものが触れた。近づいていたエドゥアール様の顔が離れていくのを見て、エドゥアール様にキスをされたのだとようやく気づく。
「私が年をとって、君が私に興味を失ったとしても、離すつもりはないから覚悟をするんだな」
「…じょ、上等です!私の方こそ、どんなに周りに罵られようが絶対に離れるつもりはありませんから、覚悟してください!」
ようやく実った私の初恋。24歳という年の差に正直、悩まされたこともあった。周りの貴族令嬢に枯れ専だと嘲笑され傷ついたこともあった。自分の選択が本当に正しいのか悩んだこともあった。でも、今なら自信を持って言える。自分の選択は間違えではなかったと。だって私は今、こんなにも幸せなのだから。
今度、同い年の貴族令嬢に枯れ専だと罵られた時はこう言おう。枯れ専で何が悪い!ってね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。『枯れ専で何が悪い』これにて本編完結です。
評価、いいねをくださった皆様、応援をしてくださった皆様、本当にありがとうございました。
またどこかのタイミングで、後日談とか閑話休題とか書けたらいいなと思います。




