25.あと3日
翌日、いつもより少し遅く起きた私は支度を済ませると、部屋に備え付けられた大きな窓から広い青空を眺めていた。ふと扉が叩かれ人が入ってくる。振り返ればそれはナタリーだった。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、ナタリー。今日もいい天気ね」
持ってきた新鮮な水をコップに注いで私に差し出してくれるナタリー。私はそれを受取ると、一気に飲みこみ、乾いた喉を潤した。…ぷはー、生き返る。
「ええ、そうですね。しかしながらお嬢様。今日もいい天気ねなどと悠長に窓から空を見上げる時間があるのですか?」
ナタリーの言葉に私はギクリと肩を揺らす。ギギギと音がしそうな勢いでナタリーを見ると、彼女は真剣な表情のままこう言った。
「社交会まであと3日ですよ」
その事実がグサッと私の心臓に突き刺さる。私はナタリーに空のコップを渡すと、はぁと深いため息をこばしながらベッドに腰を下ろした。
「…せっかくの清々しい朝だからそれを忘れて気持ちよく迎えようと思ったのに、見事に現実へと引き戻してくれたわね」
「重要なことですから」
ナタリーはしれっとそう言い放つと、私が脱ぎ捨てた洗濯物に手をかける。どうせ洗濯に出すのに、きっちりと服をたたむあたり几帳面なことだ。手慣れたように服を畳んでいくナタリーを見つめながら、私はエドゥアール様への不満を漏らした。
「…辺境に貢献したお礼にデートをしてくださいってお願いしたんだけど、あれからエドュアール様のお返事が一切ないのよねぇ」
まぁ、ずっとバタバタしてたし仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。でも、ようやく皇女も見つかって隣国との関係も落ち着いたことだし、こちらに向き合ってくれてもいいと思うんだよね。時間がないし。
「そんなお嬢様に朗報です。エドゥアール様からお嬢様へお手紙です」
「え!」
スッと差し出されたそれを、私は飛びつくように受取った。白い便箋に刻まれたエドゥアール様の名前。一体どんな内容だろうと胸に期待を膨らませながら、その手紙を開く。するとそこにはエドゥアール様らしいきっちりとした文字でこう書かれていた。
『本日の午後、君に紹介したい人がいる。街に出かけるので準備をしておくように。相手は王都に住む貴族で、君の商会の商品に興味を持っている人だ。宝石商会を営んでおり、ぜひ君の商会と共同開発をした商品を作りたいそうだ。君にとっても悪くない話のはずだ』
見事なまでの業務連絡。期待が一気にかき消された私は床にしゃがみ込み項垂れた。項垂れる私の横からひょいっと手紙を覗き込んだナタリーは、手紙の内容を見て、私に哀れみの視線を向けた。
「…いっそ清々しい程の業務連絡ですね」
…いや、分かってはいたよ。あのエドゥアール様がデートのお誘いで手紙を書くわけがないのは分かっていたけどさぁ。この流れは期待するじゃんかぁ!
「…まぁ、いいわ。内容は仕事でも、エドゥアール様と街に出かけられることに変わりはないもの。これもデートよ」
「流石お嬢様。開き直り早いですね」
うん。目的は仕事のためとはいえ、目的地に向かうまでの間は二人きりの時間もあるはず。ならデートであることには変わりないわ。何なら、帰りに少し寄り道してお店に寄ることも、上手く誘導できれば実現できるかもしれない。こうなったら上手くエドゥアール様の興味を惹いて、夢にまで見た王都デートを実現させてみせるわ!
そんな風に意気込んていたところで、部屋の扉が叩かれた。ナタリーがシーツを畳んでいて両手が塞がっていたため、代わりに私が扉を開けて訪問者を見る。すると、なんとそこにいたのはレオナルド殿下だった。
「やぁ、エリワイド嬢。朝食はまだだよね?王宮の庭園が一望できるテラス席に朝食を用意したから、よかったら一緒にどうだい?近況報告も含めてね」
相変わらずの爽やかスマイルでそんなお誘いをしてくるレオナルド殿下。しかし、その声には謎に有無を言わせない迫力があって、これは断れないやつだなと私は察した。
「喜んで」
※※※
「これは絶景ですね」
殿下に連れられてやってきたのは王族が住むエリアの一角だった。バルコニーみたいなところに、二人掛けの立派なテーブルと椅子が並べられていて、既に朝食の準備がされている。サッと椅子を引いてエスコートしてくれた殿下にお礼を言いながら、私は自分の席に座った。
「ふふ、でしょ。僕のお気に入りの場所なんだ。この王宮の中で、一番庭園が綺麗に見下ろせる場所なんだよ」
確かに広い王宮の庭園が見事なまでに視界に収まっている。部屋からも庭園を見ることはできるが、ここまで綺麗に全体が見えるわけではなかった。
へぇ、あの植木。上から見るとこの国の紋章になってたんだ。ただの迷路かと思っていた。
「どうぞ、食べて」
「はい、いただきます」
殿下に促され、私は視線を庭園から目の前の料理へと移し、口に運ぶ。…美味しい。初めて食べる料理だが、かなり好みの味だった。やっぱり王族が食べているものは一味違うなぁなんて思いながら、次の一口を口に運ぶ。
何だか視線を感じて、視線を料理から上げると私を見ていたレオナルド殿下と目が合った。
「…ふふ、エリワイド嬢は本当に美味しそうに食べるよね。それ、気に入った?」
どうやら表情に出ていたらしい。何だかそれを恥ずかしく思いながらも、美味しいのは事実なので素直に頷く。
「はい!初めて食べましたが、カリカリの生地に生ハムとチーズが良く合いますね」
カリカリに焼いた生地に生ハムとチーズが乗っていて、具が落ちないように四角く整形されている。見たことのない不思議な料理だったが、味も触感もよくて好きな料理だ。
「気に入ってもらえたようで良かったよ。色んな組み合わせがあるんだけど、僕はこれが一番好きなんだ。他にもキノコや卵、魚をのっけても美味しいよ」
「キノコかぁ。いいですね、それ。食べてみたいです」
ブルーナイト辺境は山が近いため、キノコ料理が出てくることが多かった。向こうでキノコ料理をあれこれ食べているうちに、今やキノコの魅力にどっぷり浸かっている私である。
「ふふ、王宮の料理人に言えばいつでも作ってくれるよ。これはこの国の南隣にあるタニュア国の料理で、ガレートと呼ばれるものなんだけど、そば粉で作った生地を薄く焼いて、具材をのせてから四角く折りたたんだものなんだ」
「ガレート…いいですね。今度料理人さんにお願いしてみます」
これはいいものを知った。フランツさんにお願いしたら、これ作ってくれるかな…。あとでこっそり王宮の料理人さんにレシピ教えてもらおう。
「ところで、話は変わるけど婚約の件はどうなったのかな?順調?」
やっぱりその話だったか。そりゃ、そうだよね。なんだかんだ殿下、エドゥアール様のこと結構気にかけているみたいだし。
「…残念ながら、まだ良いお返事が貰えていないんですよね。嫌われているわけではないと思うんですけど…」
「そっか。僕からしたらエドゥアール卿は大分君に心を開いているように見えるんだけどね。…ちょっと慎重になりすぎちゃっているのかな」
殿下からもそう見えているのか。なら最初よりもエドゥアール様が心を許してくれてるようになった感じがするのは、思い込みってわけではなさそうかな。ちょっと安心した。
「別に政略的な婚約でも構わないともお伝えしたんですけど、まだ引っかかる何かがあるような顔でした」
「…うーん、多分、問題があるのはエリワイド嬢じゃなくて、彼の方なんだろうね。彼の中で踏ん切りがつかない何かがあるんだと思うよ」
「踏ん切りがつかない何か…」
何がエドゥアール様をそこまで慎重にさせているんだろう。原因が分かれば楽なのになぁ。
「本当は彼の気持ちを尊重して待ってあげるのが一番なんだろうけど、そうもしていられないからね。ここは僕も力を貸すよ。エドゥアール卿には僕も幸せになってほしいと思っているからさ」
「本当ですか!?」
殿下の言葉に私は嬉々とした声をあげる。レオナルド殿下は幼少期の頃からエドゥアール様と付き合いがあり、エドゥアール様のことを詳しく知る人物の一人だ。そんな彼が協力してくれるなら心強いものである。…でも、一体どんな方法で協力してくれるんだろうか。
「ちょっと荒治療だけど、いい方法を思いついたんだ。大丈夫。きっと効果がでるよ」
そう楽しそうに笑いながら言う殿下に私は少し不安になった。…荒治療って一体何をするつもりですか、殿下。なんで良い悪戯を思いつきましたみたいな感じで笑みを浮かべているんですか殿下。
何をするつもりなのか聞き出そうとはしたものの、「エリワイド嬢は自分にできることをそのまま続けていてもらえれば大丈夫」としか言われず、結局分からないまま朝食を終え、殿下と別れた私であった。




