12.料理長イケオジ化計画①
「お前、なんか雰囲気変わったな」
小腹が空き、何か食べ物を貰おうと厨房の冷蔵庫を覗いていたレオにそう声をかけたのは料理長のフランツだった。いつもは土汚れのしみついたつなぎを身に着けているレオだが、今日は違う。上は襟付きの白いシャツ、下には青いズボンと少しお洒落だ。おまけに髪もつやつやしているし、髭のそり残しもない。自分のことにとことんずぼらな彼が、身だしなみに気を遣うその姿にフランツは物珍しさを覚えた。フランツに声をかけられたレオは少し照れくさそうに笑う。
「いやぁ、俺もそろそろいい年齢ですし、女の子にモテる努力でもしようかなぁと思いまして」
「なるほどな。今まで服装のせいで気づかなかったが、お前意外と顔がいいんだな」
「でしょでしょ?自分で言うのもなんですけど、俺、意外とイケメンなんですよ」
しみじみと放たれたフランツの言葉に、レオはおどけたように言葉を返す。いつもと変わらぬひょうきんなレオの様子に少しホッとしながらも、フランツは調子に乗るなよとレオを小突いた。
「それにしてもその服、随分と変わっているな。一体、どこで手に入れたんだ?」
一見、普通のズボンとシャツに見えるがよく見ると素材が違う。貴族が着ている服とは違い、可動域が広く動きやすそうだ。布地も厚く、丈夫そうである。
フランツがそう尋ねると、レオはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔で口を開いた。
「実は、例のご令嬢からもらったんすよ」
「…例のって旦那様に言い寄っているあの令嬢か」
「はい」
それを聞いて、そういえば最近レオはよくあの令嬢と行動にともにしていることが多いなとフランツは思い出す。
レオは若い。この城に長く使えている使用人と違って、貴族令嬢の恐ろしさをあまり知らないはずだ。まさかあの令嬢のいいようにレオが利用されているのではと不安になったフランツは、念のため気を許すなと注意をしようと彼の名を呼んだ。
「レオ…」
「フランツさんの思うほど、悪い人じゃないですよ、あの人」
フランツの表情から彼の言おうとしたことを察したらしい。レオの言葉にフランツは表情を歪める。しかし、レオはそれを気にすることなく話を続けた。
「俺も、最初は旦那様に言い寄るなんて一体どんな企みを持った悪徳令嬢だろうと思いましたけどね。話せば話すほど、今までのご令嬢とは違うなと思うんですよ。なんか凄く変わっている人ですけど、まっすぐでぶれなくて芯の強いご令嬢だなと。俺、最近思うんです。あの人がこの辺境に来てくれたら、なんかもっと面白くなりそうだなって。だから、俺はあの人のこと応援してます」
いつになく真剣な表情でそう述べるレオにフランツは何も言えなかった。令嬢のこの城での様子はフランツの耳にも届いている。今までの令嬢はやってきてすぐ旦那様に迫り、冷たくあしらわれ、腹を立てて帰っていった。しかし、彼女は違った。婚約はしないと言い放った旦那様に彼女は腹を立てるどころか、絶対に落としてみせると宣戦布告したという。しかも、俺たち使用人の嫌がらせにも文句を言うこともしない。フランツが提供する味のしない料理にも、文句を言うことなく完食してくる。今までの令嬢であればきっと、味がしないことに腹を立て料理ごと皿をたたき割ったはずだ。そうなるだろうと思って料理を出したフランツは、想定外の令嬢の態度に拍子抜けした。
でも、そう長くは続くまいと思った。きっと今までの令嬢より少し忍耐力があって、耐えているだけでいずれ本性を現すに違いないとそうフランツは思っていた。だが、いつまで経っても令嬢がフランツの料理に文句をつけてくることはなかった。それどころか、もっと凄い噂を聞いた。なんでもあの令嬢は旦那様がよく利用している商会の会長で、この辺境に新たな商会を作る手伝いをすると提案してきたという。
正直、貴族令嬢が商売をやっているなんて話を聞いたことがないし、信じられなかった。最初はただの噂だろうと思って聞き流していた。しかし、どうやら実際に商会を作るために旦那様やレオ達庭師が動いているらしいと知り、それが事実だったのだと知った。
だからフランツも、この令嬢はもしからしたらと他と違うかもしれないという淡い期待を抱き始めてはいた。でも、あの女存在がそんなフランツの期待を戒めてくるのだ。あの女だって、最初は普通の令嬢だった。仲睦まじい大旦那様と大奥様の様子を見て、使用人一同明るい未来を夢見ていたのだ。
しかし、いつどこで歯車が狂ったのか、あの女は堕ちた。大旦那様を引き連れて。あの時の旦那様は本当に可哀想だった。もうあんな思いはさせたくない。そう思うからこそ、フランツはあの令嬢を気安く受け入れることさできなかった。
「それに、この服を作ったのはあのご令嬢なんですよ。これ、一見普通の服に見えますけど全然違うんです。こっちの白シャツはポロシャツって言うんですけど、布が伸び縮みして動きやすいし、通気性もいいんです。物凄く動く俺たち庭師でもこれなら快適に着れるんですよ」
「ほう。これは確かに涼しそうだな」
レオに言われ、フランツは彼の着ている服をまじまじと観察した。よく見ると生地の繊維に隙間があり、風を通す造りになっている。レオがぐるんと腕を一周して見せるが、布が引きつるような感じもない。確かに動きやすそうだとフランツは思った。
「んで、こっちのズボンはジーパンつって、めちゃくちゃ頑丈なんです。普通のズボンだと1週間ももたずすぐに破れちゃうんですけど、これなら多少鎌を引っ掛けても破れずに済むんで助かってます」
「ジーパンか。破れないというのは確かに便利だな」
庭師の仕事というのは、何かと服にダメージを与える仕事が多いので服がすぐに駄目になりやすい。尻の部分が破れて尻が丸見えということも日常茶飯事だ。給料の半分が服代で消えると庭師のグスタフが嘆いてたのを思い出す。
「実は俺、あの令嬢に仕えている侍女の子に興味があって」
「ああ、あのメアリーとかいうメイドか」
それを聞いてフランツはレオが急に色気づいた理由を察した。なるほど、どうやらレオにもようやく春が訪れたようだ。
「それであのご令嬢に相談したら、まずはお洒落にならないとってこれをくれたんです。なんでも、男を服で着飾るのが趣味らしくて、それでこういう服を作って売っているらしいですよ」
「…それは何というか、変わった趣味をお持ちだな」
男が女を聞かざるならまだわかるが、女が男を着飾って楽しいものだのだろうか。フランツは首を傾げた。
「でも、おかげで俺、あの子といい感じなんですよ。最近は二人で話をできる時間も増えましたし。向こうもまんざらでもない様子で」
「それはよかったな」
自分に息子がいたらちょうどレオくらいの年齢だということもあり、フランツにとってレオは息子のような存在だった。彼が恋をする年齢になったということに少し寂しさを覚えるが、それでもレオに幸せが訪れるのなら嬉しいものだ。相手が向こうの領地のメイドということにいささかの不安はあるが、使用人であれば主を変えてこちらに移ってくることはできるから何とかなるか、と考えていたところで、レオがフランツの名前を呼んだ。フランツは何だとレオに視線を向ける。
「フランツさん、実はご令嬢が新作を試着してくれる男性を探しているそうなんです。身近にいい人がいたら教えてほしいって俺言わてるんですよ。それで俺、紹介するならフランツさんがいいんじゃないかなと思ってるんです」
「俺を?」
「フランツさん、奥さんに浮気されて落ち込んでいたでしょう?身だしなみ整えて出直すように奥さんに言われたんですよね?だから、適任だと思ったんですよ。あのご令嬢なら絶対にフランツさんをイケメンに変えてくれます。この俺をここまで変えてくれた腕の持ち主ですから。ねぇ、フランツさん。ここは俺に騙されたと思って一度、賭けにのってみません?」
フランツは悩んだ。正直、妻との関係が戻るなら藁にも縋りたい思いだ。料理には誰にも負けない自信があるが、服に関しては全くと言っていいほどセンスがないことは自覚している。自分の容姿には興味がなかったし、別にそれでもかまわないと思ってきた。しかし、妻は違ったのだ。昔はかっこよかったのにと呟く妻の寂しそうな顔は今でも忘れられない。もう一度、カッコいい自分になって妻の喜ぶ顔を見たいとフランツは思っていた。しかし、旦那様のために使用人が結束して令嬢を敬遠しているというのに、自分が近づくのは…。
逡巡するフランツを見て、レオは口角を上げた。もう少しだ。もう少し押せばこの人の心は完全に落ちる。
「大丈夫ですよ、フランツさん。これは旦那様のためにもなりますから。旦那様を裏切ることにはなりません」
「旦那様のため?」
「先日、旦那様はご令嬢をビジネスパートナーとして認められました。令嬢の商会と関係を深めることはこの辺境のためになると判断されたそうです。つまり、令嬢の商売に協力することは、関係を深める点でも、商会を盛り上げる点でもいいことなんですよ。旦那様のためにも、この辺境のためにもなることなんです」
そこまで話を聞いて、フランツは悪くない提案かもしれないと思った。これは令嬢の本当の姿を見破るチャンスなのかもしれない。今まで噂だけを頼りに令嬢のことを判断してきたが、レオがお世話になっている以上、一度きちんと令嬢の本質を見極めておきたいのが親心というものだ。それに自分がかっこよくなれるなら一石二鳥というもの。フランツは決心した。
「分かった。その提案に乗ろう」
その言葉にレオはニッと笑った。どうやら作戦はうまくいったようだ。フランツに気付かれない位置で状況を見守っていたエリィ達にサムズアップを送る。
「よし!じゃあ、お嬢サマに俺から言っておきます!一緒にかっこよくなって、奥さんを見返してやりましょう!」
※※(一方その頃エリィ達は)※※
「きゃっ!ナタリー。今の聞いた!?レオったら貴方のこと興味あるって」
厨房の物置のようなところに隠れてレオとフランツのやり取りを見守っていたエリワイドは、ひそひそと声を抑えながらもナタリーに話しかけた。まさかの恋の予感にワクワクが止まらない。しかし、対するナタリーは至極冷静に、そして現実的に言葉を返した。
「…お嬢様、あれは嘘も方便というやつです。おそらく、興味のベクトルが違います。というか、ばれるのでしゃべらないでください」
ナタリーの言葉にええーと残念そうな顔をしながらも、エリワイドは口を閉じる。どうやらレオは上手くやってくれているようだ。初めは訝しそうな料理長の顔が段々と穏やかになっている。
あ、レオが私のこと褒めてくれている。ちょっと嬉しいな。変わってるは余計な一言だけどね。自分を応援してくれる存在がいてくれるのは素直に嬉しいことだ。たった一人ではあるけれど、それでも誰も歓迎してくれないあの状況から、こうして信頼を築ける人ができたことは大きな進歩だ。
その後、レオは上手く料理長を丸め込み、紹介する約束を取り付けてくれた。グッと料理長にばれないように手で合図する彼を見て、エリワイドとナタリーは顔を見合わせると、静かにグッと合図を送り返すのだった。




