1.枯れ専で何が悪い
―みんなと何かが違う。
昔から他の女の子と会話でちょくちょく、それを感じることはあった。そしてその違和感は、成長するにつれ、次第にはっきりとしたものになった。
違うのだ。カッコいいと思う基準が。
社交の場でみんなが黄色い悲鳴をあげるのは、きまって若くて顔の整った高位貴族だった。
しかし、私がカッコいいと思うのは節くれだった指が経験を語る爽やかなおじさまなのだ。
そう、私はいわゆる枯れ専、あるいはおじ専というやつだった。
周囲はそんな私を、容姿はいいのに思考が残念だと憐れみの視線で見る。だが、私からすればそんなのどうでもよかった。別にどんな相手を選ぼうが個人の自由だと思う。
それよりも今の私には重要な問題があった。それは、次の社交会で同伴するパートナーを探すことだ。
普段の社交会なら、兄や友人を連れていけば何ら問題はなかった。実際に、これまで兄や友人に頼み込んで日替わりで入場のパートナーだけお願いして、パーティーを乗り切ってきた。
しかし、次の社交会だけはそうはいかなかった。というのも、私、エリワイド・コンサーレは今年で18歳の誕生日を迎える。実は女性で18歳になるというのは、この国で重要な意味を持つ。
この国には18歳の誕生日を迎えた最初の社交会で、婚約者を同伴してパーティーに参加するという慣習があるのだ。全く、いったい誰だ。こんな慣習作り上げたやつ。今すぐ名乗りでてきていただきたい。一発顔面にご挨拶させてほしい。…まぁ、仮にも伯爵家とはいえ、貴族令嬢である私がそんな物騒な真似、できるわけがないのだが。
そんなわけで、18歳の社交会に連れていくパートナーというのは、婚約者という特別な意味を持つが故に、適当な相手ですませるわけにはいかないのだ。
「うわぁ~、どうしよう…」
ガコンと大きな音を立てながらテーブルに突っ伏す私を、一緒に茶を飲んでた友人は冷ややかな目で見た。
「年枯れたおっさんばかり見てるのが悪いんだ。いいかげん、自分の周りに目をむけろよ…。誘いがないわけじゃないんだろ?」
彼は幼馴染のアレクサンドリア・ルーケンス。ルーケンス伯爵家の跡取りで、社交界屈指のイケメンと言われている。漆黒の髪に、切れ長の紅い瞳という独特な特徴をもちながらも、顔立ちは石膏像のように美しく整っている。一体、前世でどんな徳を積んだらそんなイケメンに生まれ変わることができるのか、謎である。
「うー、だって、全然ときめかないんだもん」
唸る私に彼は大きなため息をついた。
「…念のため聞くが、誰から誘われてるんだ?」
彼の質問に私はこれまでの誘いがあった相手を必死に捻り出した。
「えーと、確か…ローレンス公爵家の次男坊と、カンデロイ伯爵家の長男、それと…子爵家からの誘いが数件…」
「…ローレンス公爵家って、名門じゃないか。それに、カンデロイ伯爵家だって…。しかも、二人とも学園でも頭数に入るくらいのイケメンだぞ」
「うーん、いや、顔が整ってるのはわかるし、私にはもったいないくらいありがたいお誘いなのはわかるよ?…でも、ときめかないの!」
キッパリとそう言い切る私に、アレクサンドリアは憐れみの目を向ける。
「ちょっと!そんな憐れみの目を向けないで!」
私がそう言うと彼は二度目の大きなため息をついた。
「いや、だってお前、顔だけは勿体ないくらい整ってんのに…中身が…」
「知っとるわ!別にこちとら好きでそうなったわけじゃないっつうの。もう本能みたいなものなのよ。どんなにイケメンでもおじさんじゃないとときめかないの」
「…だけどあと1ヶ月もないんだぞ?いい加減決めないと、折角の誘いすらなくなって…それこそ、どっかの皺くれたじいさんの第三夫人とかに「それだけは絶対、いや!」…じゃあ、早く妥協しろよ…」
アルフレッドの言葉に私はガバッと身を起こして言う。
「そんな簡単に妥協できないって!だって、一生を捧げるかもしれない相手なんだよ?妥協で決めたら、絶対後悔する!」
私がそう言うとアルフレッドはあちゃーという顔をしながら、額に手を当てた。
「あー、なら、嫁もらいそこねた貴族令息、片っ端から探しだすしかねぇな」
そんなの既にやっている。国中の未婚の貴族令息を調べ回した。しかし、結婚していない令息の殆どは、性格に欠陥があったり、結婚そのそのを嫌がる癖ものばかりであった。
「はぁ、もうやってるわよ。でもね、それが簡単じゃないから困ってるんじゃない。有料物件は早く売れていくものなのよ。どいつもこいつも、一癖二癖ある人ばかり。ただ年食ってればいいってもんでもないのよ。人として尊敬できる性格で、それなりの清潔感があって、尚且つ大人の余裕がある人でないと…」
「…注文が多いな」
「多くないわよ、人として当たり前のことを求めているだけじゃない。ただ年を重ねただけのいつまでも成長しないこどもみたいな人と一緒になりたくないだけよ」
「…って言ったって、ただえさえ選択肢狭いのに更に狭めたら余計に見つかんねぇよ。どうすんの?今のハードル、海に落とした指輪を見つけるレベルだよ」
「…く、的確過ぎて何も言えないのが悔しいわね。…はぁ。…いいなぁ、アルは。大好きなアナに誘ってもらえて」
「ふっ、まぁな。高望みの誰かと違って、手に届く存在を大切に愛でてきた結果だ」
「く、嫌味か。大体、その件に関しては私のアドバイスのおかげなんだから、感謝してほしいわね。私がアドバイスしてあげてなかったら、今頃あんただって同じ心境になってたわよ」
アナことアナスタシアは私の幼馴染で大の親友だ。アナスタシアは幼い頃から目の前のアルフレッドに想いを寄せていて、よく私に相談をしていた。アルフレッドがアナスタシアを好意的に思ってることを知っていた私は、彼女の恋を応援するために色々と水面下で画策したのだ。
「いや、その時は俺から誘ってるから問題ないな。アナが俺のこと好いてくれていることには大分前から気づいていたし」
「ちっ、ああそうですか。余裕のある人はいいですねー」
舌打ちで返した私にアルフレッドは肩を竦めてコーヒーをすする。私もすっかり冷え切った紅茶を飲みこんで気分を落ち着けた。
「ったく、俺のことはもういいだろう。んで?良さそうなおっさん、誰かいないのかよ」
「おっさん、言うな。おじさまと言え、おじさまと」
「じゃあ、オジ様」
めんどくさそうに言い直したアルフレッドを私はキリっと睨む。全く、おっさんとおじさまの違いが分からないなんて彼もまだまだである。
「…いないわけじゃないんだけど、…流石に私には陥落できないというか…」
理想の相手を思い浮かべながらその壁の高さに思わずため息がでる。そんな私を見てアルフレッドは不思議そうに首を傾げた。
「…そんなの、やってみないと分からないだろう。誰なんだ?その相手」
「…ブルーナイト辺境伯様」
「ブルーナイトって、…はぁ?!」
突然身を乗り出し大声を出したアルフレッドに私はビクリと身体を震わす。危うく持っていた紅茶を服にぶちまけるところだった。
「…なによ、いくら見込みないからってそこまで驚かなくても」
「いやいやいやいや。そうじゃない。そういうことじゃなくて…正気…だよな?」
物凄い勢いで首を横に振りながら、そんなことを言うアルフレッドに私は困惑する。
「正気よ。…なんでそんなに驚いてんのよ」
「いや、お前、ブルーナイト辺境伯の噂知らないのかよ」
「噂?なによ、噂って」
「血も涙もない残忍辺境伯。不法に侵入したものは容赦なく殺し、不正を働いたものも容赦なく殺すことで有名だぞ、あの人」
…それは確かに怖いけど、領主だし、それが仕事だから仕方ないのでは?
「いや、それが仕事だもの仕方がないんじゃ」
「いやいやいや、仕事だからって殺せばいいもんじゃないだろう。噂によると亡命を図った親子すら見殺しにしたって聞いたぜ」
「…でもそれも何か理由があったのかもしれないじゃない」
ふと、満月の下で出会ったブルーナイト辺境伯の姿を思い出す。彼に直接会ったのはあの時の一度だけだ。かなり昔のことだし、ほんの一瞬の出来事だったけど、どうにも私は彼が悪い人物には思えなかった。
「とにかく、やめとけよ。お前みたいなちんちくりん小娘、絶対相手にしてくれないって」
「…それはそうだけど。でも」
「でも、?」
「やっぱ諦めきれないわ。せめて、噂をこの目で確かめないと」
「はぁ!?」
私は椅子からすっと立ち上がると、ビシッと指を前に差して言った。
「決めたわ!私、ブルーナイト辺境伯に婚約を申し込んでくる!」
迷っていても仕方がない。こうなった今、とにかく数を打つしかないのだ。でなければ間もなく、私のイケオジとのハッピーライフは実現できなくなる。こうしてはいられないと私は部屋を飛び出した。
「ちょ…いや、マジかよ」
修羅の道へと進もうとする幼馴染の身の上を案じ、更に胃が痛くなるアルフレッドだった。