1日目の朝
拓海は、ハッと目を開いた。
何かの音がした気がしたのだ。
時計を見ると、6時を指している。
…もしかしたら、閂が抜けたのかな。
拓海は、起き上がった。
見ると、腕から点滴は抜かれてあって例のシールが貼ってある。
どうやら、寝ているうちにマルコムが来て処置してくれたようだった。
…全然気付かなかった。
拓海は、爆睡していた自分に驚いた。
ここまでがっつり寝ていたなんて。
ゆっくり起き上がって、目を覚ましたということは襲撃されてないんだろうなと思った時、またハッとした。
…そうだ、襲撃。
いったい、昨日は誰が襲撃されたのだろう。
急いでベッドから降りてトイレに向かうと、用を足してソッと、扉を開いて外を窺った。
すると、扉を開いた途端に廊下の話し声がうわっと聴こえて来た。
…めっちゃ防音なんだ。
驚いて外へと出ると、幸喜が振り返った。
「あ、拓海さん、だったよね?あのね、襲撃されてるの。点滴されたままで目が覚めないし、追放されましたって点滴の横に札が吊ってあって。」
幸喜は、わざと拓海とは親しくないふりをしている。
拓海は、言った。
「ええっと、幸喜。誰が襲撃されたんだ?」
それには、明が答えた。
「15番の瑠香さんだ。みんな起きてすぐに出て来て、二階には何もなかったので三階に上がって来て見付けた。扉が開きっぱなしになっていて。」
みんなすぐに出て来たんだ。
拓海は、自分の意識の低さに落ち込みそうだった。
「…ええっと、じゃあ、オレは共有者だ。」皆が驚いた顔をする。拓海は続けた。「相方は潜伏してもらう。瑠香さんじゃない。7時に朝食だって聞いてるから、それが終わったらリビングで会議をしよう。」
皆が顔を見合わせる。
明は、頷いた。
「…他に対抗する声がないから、拓海は共有確定でいいな。じゃあそうしよう。みんな、準備をして朝食だ。」
全員が戸惑いながらも、頷いた。
そして、全員がわらわらと自室へ戻って行き、拓海は腹を括らないとと決意を新たにしていた。
朝食は、相変わらずの療養食ではあったが、昨日よりはお粥の粒も多くて、おかずも小さなブロックでかなり柔らかかったが、それなりに満足感のあるものだった。
その席で、1番の史郎が言った。
「…みんな、食べながら聞いてくれ。」皆が、史郎を見る。史郎は続けた。「自己紹介をしないか。名簿はあるが、まだ話したことがある人達以外は顔と名前が一致しないんだ。そっちの…ええっと、羽田さん、だったっけ?」
明は、頷く。
「明でいい。」
史郎は、頷く。
「その明さんはあっさり15番の女の子が瑠香さんっていう名前だと知ってたが、オレには全くだ。これからゲームをするんだから、顔と名前ぐらい覚えないと。」
明は、言った。
「私は昨日のうちに名簿は暗記したので、番号さえ分かったら名前も分かるのだ。皆は違うのか?」
幸喜が、言った。
「みんな明さんみたいに丸暗記なんかできないんですってば。じゃあ、番号順に自己紹介します?史郎さんから、じゃあどうぞ。」
史郎は、丸暗記しているとは思っていなかったのか、驚いた顔をしていたが、頷いた。
「オレは畑山史郎、45だ。恐らくこの中じゃ、一番年上だと思う。よろしく。」
隣りの、2番の一真が言った。
「オレは、樫田一真。一真って呼んでくれ。歳は30だよ。」
三番の、若そうな男性が言った。
「次はオレか。阿尾浩人です。浩人って呼んでください。歳は25です。よろしくお願いします。」
若っ。
拓海は、思った。
多分、幸喜の次に若い。
5番の、圭斗が言った。
「オレは新田圭斗。圭斗と呼んでください。歳は29。よろしく。」
「オレは根来将生。将生と呼んでくれ。歳は28。」
次々に行く。
次は7番だ。
「オレは生垣優斗です。歳は26です。お腹が空いて仕方がないです。よろしくお願いします。」
拓海は、分かる分かる、と何度も頷いた。
若いのにこんなものではすぐに消化してひもじいだろう。
フフと笑った8番の男性が言った。
「ああ、オレも腹が減って仕方がない。こんなの久しぶりで戸惑ってる。町田礼二、27歳。よろしく。」
その隣りの、明が口を開いた。
「私は、羽田明。明と呼んでくれ。歳は33。そっちの幸喜と同じ所で研究医をやっていた。医者の不養生でこうなっているが、皆が苦しい時には遠慮なく声を掛けて欲しい。とはいえ、ここの医師たちは完璧にサポートしているようだがな。」
皆が、息を飲む。
医者…医者なのに、あの薬を使えないのか。
「え…あなたは医者なのに、あの未承認の薬を使わなかったんですか?」
明は、そういう一真に苦笑した。
「医者は皆、金持ちだと思っていることが間違っているぞ。それに、医師だからこそ使えない薬もあるのだ。多くの患者たちが使いたいのに使えない状況なのに、率先して使おうと思うか。難しいところなのだ。」
一真は、分かっているのかいないのか、複雑な顔をしたが、頷いた。
隣りの、10番の男が言った。
「ええっと、オレは赤坂隆。隆って呼んで欲しい。歳は40だ。他と比べて年上だよな、史郎さんの次ぐらいだと思う。よろしく。」
そこで、女性になった。
11番の女性は、おずおずと言った。
「私は、浜田千晶。30歳よ。昨日一緒に頑張ろうと言ってた瑠香ちゃんが早々に離脱になってしまって、残念な気持ち。よろしくお願いします。」
すると、隣りの女性がうんうんと頷いて言った。
「私は12番の永吉朝陽です。朝陽って呼んでください。私も、昨日は瑠香ちゃんと話していたから、ちょっとショックでした。あ、歳は25です。よろしくお願いします。」
女性は番号が固まっているらしい。
次も、女性だった。
「私は13番の坂田理央です。理央と呼んでください。25歳です。隣りの美鶴ちゃんと瑠香ちゃんとは仲良くしていたから…瑠香ちゃんのためにも、頑張りたいと思います。」
隣りの、美鶴という名前がしっくりくる、真っ直ぐな黒髪のすっぴんでもかなり美しい女性が、頷いた。
「私は14番の平野美鶴です。理央ちゃんが言った通り、私もやっと仲良くなったのに、一緒にがんばれないのかって残念です。あ、歳は26です。理央ちゃんと同学年みたいなの。」
理央は、頷いた。
「誕生日が私の方が後なのよね。瑠香ちゃんはでも、役職持ってないから何も分からないし憂鬱だって言ってなかった?」
美鶴は、頷き返した。
「そうよね。言ってた。人狼ゲームは好きだけど、占い師みたいに色がハッキリ見える役職が得意だからミスリードしそうだって言ってたよね。」
拓海は、え、と割り込んだ。
「ちょっと待って、瑠香さんは役職が無いって?」
二人は、こちらを向いた。
そして、美鶴の方が言った。
「ええ。私達は、役職の話は、明日にした方がいいよってその時は咎めてすぐやめたんですけど、確かに言ってました。瑠香ちゃんは、どうしても勝ちたいから占い師か霊媒師だったら良かったって。」
今日、噛まれているので瑠香は白だ。
そして、共有者でもないし、今の話では占い師でも、霊媒師でもないのだ。
狂信者だとしたら万々歳だと言いたいが、そんな事を言ってしまっていたという事は、騙りに出るつもりが無いという事で、狂信者ではないと思われる。
そもそも狂信者は、狼を知っているのでいち早く接触しているはずだった。
狼が、噛むはずはないのだ。
「…という事は、瑠香ちゃんは素村だったってことかな。」
幸喜が言う。
理央が、頷いた。
「うん、そう。あの言い方だとそうだったわ。」
明が、言った。
「一応、考慮に入れておこう。騙るつもりのなかった人外とも考えられるしな。もちろん、人外の中では狂信者しか噛める者は居ないし、狂信者が昨日のうちに狼と接触していないとは思えない。なので、限りなくタダの素村だろうが、今は可能性は広げておこう。」
拓海は、頷く。
最初から決めつけてしまっていては、まだ占い師の結果も出ていないのに、良くないと思ったのだ。
二人の隣りの、15は瑠香で空いているので、その隣りの16の宏夢が言った。
「貴重な女子が減ってしまったなあ。オレは、境宏夢、30歳だ。オレはさ、肺が悪くてあんまりデカイ声が出なくなってたんだけど、ここへ来てから結構話せるようになってて驚きだ。昨日はそれでもちょっと話したら疲れてたのに、今は平気になって来てる。なんだか頑張れそうだよ。よろしく。」
宏夢はオレと同じで肺がんかあ。
拓海は、それを聞いてそう思った。
確かに息切れが酷くて動くことも話すことも面倒だったし、トイレに立つのすら、もう永久に便座に座ったままでいいかもというぐらい億劫だった。
それが、今は階段の上り下りだって息切れなくやれる。
格段に楽になっているのだ。
これを、未来永劫続けられたらと拓海は思った。
人は、段々に欲深くなってしまうものなのだ。
ぼうっとしていたが、皆が自分を見ているのでハッとした。
よく考えたら、自分の番だ。
「あ、ごめん。オレは、永浦拓海。31歳だよ。皆にCOしたたった一人の確定村人だから、頑張って進行を務めたいと思うけど、実はオレも、肺をやられてて。だいぶ楽にはなってるけどね。人前で話すのなんか久しぶりだけど、頑張るよ。」
隣りの、18の桔平が言った。
「オレは18の三田桔平だ。30だよ。オレは胃をやられてるんだけど、食欲が復活して食べたくて仕方がない。明日はまともな食事だって先生から聞いてるから、早く明日になって欲しいと思ってる。」
みんな飢えてるなあ。
拓海は、苦笑した。
何しろ、ここへ来るまで食欲なんか全くなかったのに、ここへ来て食べたくて仕方がない。それなのに、胃をいたわるためにゆっくり回復させていくしかないなんて、拷問のようだった。
だが、医者の言う事は聞いておかないと、後で痛い目を見るのは自分達なのだ。
隣りの19の、男が言った。
「ハハハ、分かるけど、具合悪くなるから先生の言う事をしっかり聞いた方がいいよ?」と、皆を見回した。「僕は、阿木二千翔。二千翔って呼んで欲しい。歳は25だよ。僕はまだ完全に食欲が復活してないから、心配されてるんだ。舌にも一部転移しててね、それは痛みは全くなくなったんだけど、味を感じなくてさあ。徐々に良くなるって言われて、確かに味を感じるようにはなって来たんだ。もうちょいって感じかな。」
舌は嫌だな。
拓海は、二千翔に同情した。
とはいえ、マシになって来ているとは驚きだ。
痛みを取る他に、何かいい方法があるのだろうか。
医学はからきしで、よく分からなかったが、それでも自分もすごく楽になっているので分からなくもなかった。
何か、いい方法があるのだろう。
すると、最後の20番の男が言った。
「あー、やっと回って来たな。迫田秋也、36歳だ。オレは大腸だからなあ。ストーマ付けるの嫌で手術渋ってたら、抗がん剤が効かなくて爆発的に増えちゃってね。こりゃ駄目だって諦めたクチ。でも、新薬が使えるなんて思ってもなくて。絶対勝ってまた楽しくやりたいなあと思ってるよ。」
史郎が、言った。
「楽しくって、お前何やってたんだ?」
秋也は、笑って手を振った。
「配信者だよ。ゲームやって動画作ったり生放送したりしてた。健康診断なんかしないからなあ…気がついたらかなり進んでたんだ。そんなに人気チャンネルでもないけど、普通に生活できるぐらいは稼げてたのに、病気しちゃったら駄目だな。しかも、めっちゃ費用かかるじゃん。無理ゲーだわって諦めてあっちは片付けて来たよ。復活できるなら、ラッキーだけどね。」
オレも似たようなものだなあ。
拓海は、思った。
拓海は配信者ではなかったが、フリーランスでプログラムを組んだりと言った仕事を受けてコツコツやっていた。
それで、生活ぐらいは人並に出来た。
だが、貯金はそんなに貯まっていなくて、妹に迷惑をかけてしまった…。
もし帰れたら、と拓海は思った。
今度は、しっかり働いて保険にも入って、貯金も毎月定額をきっちりやろう、と思っていた。
いつ何があるか分からない…それを、身をもって知ったからだった。