エピローグ
それから、拓海はジョアン達に言われるままに筋トレや有酸素運動をこなして、検査を繰り返し、退院に備えた。
毎日毎日体が元に戻って行く。
顔つきも顔色もすっかり変わり、あれだけ痩せていたもの達が、全員ふっくらと頬が膨らみ、血色が良くなった。
そうなって来るとあの時でさえ美しかった美鶴は更に美しくなり、男性達の視線がチラチラそちらへ向けられるようになった。
理央や瑠香もかわいらしい顔立ちで、ここまで気付かなかったのが不思議なほどだった。
朝陽と千晶も美しいのだが、気の強そうな顔立ちで、元気になったせいかそれはおしゃべりなので皆、少し辟易していた。
拓海は、それでも女性を気にする事ができるほど余裕が出た自分に、とても驚くと共に本当に治ったのだとひしひしと感じていた。
あれから、ジョンと章夫の顔を見ない。
一度ジョアンに聞いてみたが、二人は元居た研究所へと帰って仕事をしているらしい。
もう会うことはないのかと思うと寂しかったが、拓海はジョンに何度も頼み込んで、あの後連絡先を聞いていた。
決して誰にも漏らしてはいけないと釘を刺されたが、スマホに登録して大切にしている。
ここは圏外でスマホが使えないので連絡はできていないが、家に帰れたら真っ先に連絡を入れようと思っていた。
家、と思ってハッとした。
そういえば、もう家がないのだった。
「やば。」拓海は、思わず声に出た。「オレ帰る場所なかった。」
ちょうど居間で皆、それぞれソファに座っているところだったので、側に居た二千翔が言った。
「なんだ、今頃気付いたの?みんな、あの直後に思ってたよ。そもそもこんな無料の施設に来ようって思う上に、家族も同意してるって境遇の人達ばっかなのに、家を置いてるわけないじゃないか。ジョアンさんに相談したら、病院の従業員のための寮があるから、一年間貸してくれるって。その間に身の振り方を考えて、出て行くようにって言われてるんだ。就活しなきゃだから、みんな大騒ぎだよ。とりあえず、無料で治療してもらった事は言っちゃいけないでしょ?言ったらそれからの治療はしてくれなくなるんだ。だから目下のところ、僕の悩みは友達に何て言い訳しようかって事ぐらいだ。」
拓海は、顔をしかめた。
確かに妹に何て言い訳しよう。
「…困ったな。ここの先生が進める民間療法がオレにはやたらきいて奇跡が起きたって感じでどうだろう。」
二千翔は、苦笑した。
「なんか嘘っぽい。」
やっぱりそうか。
「だったら何て言えば良いんだよ!妹には心配かけたしなあ。でも、再発した時の事を考えたら真実は言えない。また心配かけるし。嘘っぽくてもそれで押すしかないな。」
二千翔は、笑った。
「そうだね。オレもそうしよう~。」
嘘っぽいって言ったくせに。
拓海は思ったが、未来が明るくて腹も立たなかった。
これからは、きっと後悔のない人生を歩んで行けると思うのだ。
ジョンには、感謝しかなかった。
「全員、職員用の寮へと無事に移動をしました。」ジョアンが、報告に来た。「ご指示通りに。」
ジョンは、頷いた。
「そうか。ならばいい。これからの事は本人たち次第だからな。皆まだ若いのだから、これでまた頑張ろうと思ってくれたのならいいのだが。」
ジョアンは、頷いた。
するとそこへ、ジョンにそっくりの男が入って来た。
「新。私は屋敷へ帰るぞ?紫貴の処置が終わった。」
新と呼ばれたジョンは頷いた。
「はい。お母さんはどんなご様子ですか。」
新の父、彰は答えた。
「姿は若いな。私と同じだ。だが、君には分かっているだろう?こうして定期的に処置をしているから、姿だけは保っているが中身まではつくろえていない。数値を見てため息が出た。紫貴はまだ同年代のそれとあまり変わらない結果だった。つまりは、80歳だな。」
新は、ため息をついた。
「分かっています。ですが、どうしても越えられない壁があって。お父さんに見てもらいたいのですが。」
彰は、苦笑して答えた。
「…見ても良いが、新、一つ言っておこう。」新が顔を上げると、彰は続けた。「君は、神の領域に手を出そうとしている。不老不死など、人類がこの世界に生まれ出たその時から研究され続けて来た課題だ。それが、これまで生まれた数多くの天才にも成し得なかった…私より、もっと切れる頭脳の持ち主も、その中には居ただろう。それを、君はできると思うのか?」
新は、顔を暗くした。
それは、分かっていたのだ。
ただ、自分は自分の両親を、少しでもこの世に繋ぎとめておきたい、ただそれだけのために細胞を研究し続けている。
だが、これだけ結果が出ていない事はさすがに上層部にも報告は出来ないので、シキアオイの精度を更に上げるため、そちらの研究も続けるより他、なかった。
表立って発表できない成果の出ない研究を、予算を割いてやっている。
足りない分は、いくらでも彰が出してくれたが、それでも彰の資産を成せない目標のために湯水のように使っている今の状況は、さすがの新も気にしていた。
「…分かっています。ですが、私はできるところまでやりたいのです。お父さんが残してくださったシキアオイの改良は続けます。ですから、これを続けさせてはもらえないでしょうか。」
彰は、新の必死な目をじっと見ていたが、答えた。
「…それが君の選択であるなら、やるがいい。では、私は帰るぞ。今夜は屋敷へ戻って来るのだな?紫貴が夕食の準備を気にしていた。」
新は、頷いた。
「はい。帰ると伝えてください。」
彰は、踵を返した。
「ではそのように。」
そうして、彰は出て行った。
新を置いて外へと出た彰は、ちょうど廊下を歩いて来た、紫貴を見て言った。
「紫貴。帰って来るそうだ。先に帰っていよう。」
紫貴は頷いて、心配そうに言った。
「新は何と?」
彰は、紫貴の肩を抱いて歩き出しながら、ため息をついた。
「…続けると。金の事はいいのだ。どうせ死ねば全てあれのものだし、私が生きている間に使い切れる額でも無いのだから、いくらでも使えばな。だが…あれがあれほどに無謀な考えに囚われているのが不憫に思う。私達の晩年に生まれてなまじ頭脳が明晰であるから、成せるように思ってしまうのだろう。あれの気が済むのなら、好きなだけやらせようと思う。私達が死ねば、諦めもつくだろうしな。」
紫貴は、案じるように新の執務室の方を振り返りながら、言った。
「…ここの防音設備がしっかりしていると知っているので申しますけれど、あの子の才能がもったいないように思うのですわ。せっかくに彰さんの頭脳を継いでおりますのに。ここへ来て…彰さんでさえ、無謀だという研究に没頭しているなんて。他に、人が苦しむ病はたくさんあります。今回も多くの方々を助けることができたのでしょう?シキアオイの調整が、できるようになって来ているのだと聞いておりますわ。もっと進めば安価になって、もっと一般的になるのでは。」
彰は、苦笑した。
「分かっているのだよ。新も恐らくな。だが、あれには我々をこの世に留める方が大切らしい。私も、思えば肉親を失ったことが原点だったからな。我々の寿命が尽きるまで、恐らくもう長くて20年…長くて、であるが。」
紫貴は、彰と共にヘリポートへと歩きながら、言った。
「彰さんは私の数値を見ていらっしゃるので分かりますわね。最近は体力が落ちていて呼吸も苦しい時がありますの。普通に行けば、あとどれぐらいですか?」
彰は、驚いた顔をした。
残りの寿命を、面と向かって言えと。
「それは…」
彰が言葉に詰まると、紫貴は苦笑した。
「いえ、聞いておきたいのですわ。見た目が若いので分からないのですの。私の体の期限を聞いて、やりたいことをできるうちにしたいと考えています。」
彰は、迷った。
だが、紫貴が言うことも分かるので、慎重に言った。
「…君は、今80歳だ。見た目は驚くほどに若いのは私と同じ。お互いに、年相応の中身なのは、今回の検査の数値で分かった。」
紫貴は、彰に促されながら、ヘリへと乗り込んだ。
彰は、ヘリのパイロットに待てと言って、エンジンを掛けるのを止めた。
紫貴が、言った。
「分かっています。私の前の夫は5歳年上でしたけど、もう数年前に他界しました。もうそんな歳なのだと覚悟はしているのです。」
彰は、頷いた。
「分かっているのだな。紫貴、人はどうしても細胞が劣化して行くものなのだよ。どう足掻いてもこれは止められない。私達の見た目の事に関しては、美容整形のようなものだと思ってくれたらいい。根本的には、何も変わらないのだ。なので…ヒトとしての寿命だとしたら、あと20年も30年も生きるヒトが居るのは確か。だが、私達は…君は、もって15年あるかどうか。これも新の努力で少し、良くなっていると思った方がいい。私は…実は、君より短い。」
紫貴は、ショックを受けた顔をした。
彰が、五歳年下の彰が先に逝く。
「そんな…私を看取ってくださると、結婚する時約束してくださったのではありませんか。でしたら私は、これから新の治療は受けませんわ。彰さんに遺されるなんて、考えたことも…。」
紫貴は、ぽろぽろと涙を流した。
彰は、慌てて紫貴を抱きしめた。
「違う、約束は守る!嘆くな、大丈夫だから。私は新に踏ん張ってもらって、君の寿命と合わせられるように努力する。私が言うのは、今のままではという事だ。問題ない。心配しなくていいのだ。」
紫貴は頷いた。
それでも、涙を止めずにいる。
彰は、パイロットに頷き掛けてエンジンを掛けさせると、バラバラという爆音の中、紫貴を抱きしめてどうあっても、例え寿命が尽きても踏ん張って生きてやろうと、心に誓っていたのだった。
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狼 史朗、隆、千晶、朝陽
狂信者 秋也
占い師 明 宏夢
霊能者 将生、一真
共有者 拓海 幸喜
狩人 二千翔
妖狐 理央 礼二
村人 他




