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8 疑念の種

 一フロア抜けるのに数時間かかった。


 思うところがあって、あれから吸血鬼化はしていない。何度かヴァリアントフロッグと戦闘になったが、死体はそのまま放置していた。人化していては影収納が使えない。


 今までは全て影収納に入れてきた。入れても入れても入るので、限界の容量を知るためだ。今のところ入らなくなる兆しはない。


 多少もったいなく感じるものの、まあ、カエルだし、よく考えれば持っていく意味はない。間違ったって食べやしないし……。


 今のところ、喉の乾きや空腹感はないままだ。ただ、やや疲れを感じ始めている。数時間も戦闘を挟みつつ歩き詰めた割には、まだ余裕があるが。


 人化しても、心臓は止まったままだし汗もかかない。代謝していないからエネルギーもいらない? でも休息は必要なんだろうか。


 カエルの階を抜け、階段を上がって大部屋へ。


 待ち構えていたのは、棍棒を持った毛むくじゃらの巨人だった。悪魔のような角が生えている。顔は人間のそれに近いが、醜悪に歪めた口もとから、不揃いの牙をのぞかせていた。


 下で戦ったミノタウロスよりなお大きい。四メートルほどはあるだろうか。


 隕鉄のナイフを構える。もっとリーチの長い武器にすべきだったかと思うがもう遅い。


 ブアアアアアッ!


 接近した巨人が棍棒を横に薙ぐ。霧化はできないので腕を上げて受けた。


 どごっ、と鈍い音がして棍棒は止まる。ちょっと痛い。


 続けて上から振り下ろしてくる。横にかわし、そのまま後ろに回り込んだ。ふくらはぎをナイフで斬りつける。


 血は流れたが、やはりナイフじゃ傷は浅い。傷ついた足で踏み潰そうとしてきた。足の裏に向けて握り拳をぶつける。腕に衝撃は走ったものの、そのまま転倒させることができた。


 仰向けに倒れた巨体に飛び乗り、喉にナイフを差し込む。そのまま喉を半周分かっさばいた。


 巨体がびくんと跳ね、血が吹き出て巨人は動かなくなる。


「ふう、……はあ」


 口を押さえた。


 動かなくなった体から、いや、正しくはその首より流れ続けるどろりとした血から、目が離せないでいる。


 無視し続けてきたが、流石にもう無理か。


 少し前から、血の乾きが湧いてきている。人化することで吸血衝動を抑えられないかと思っていたが意味がなかった。


 どうやらこれは、夜目や、食事を必要としない体と同じで種族的な特性らしい。能力や弱点を封じてもどうにもならないようだ。


 コカトリスの血をすすってからどのくらい経ったろうか。時間の感覚がないが、二日は経っていないくらいか?


 なんにせよ、定期的な血液補給は必須ということだ。仮に、人の社会で暮らすとしても。


 乾きを覚えてからそれほど経っていないため、我を忘れるほどではない。


 それでも、ここで補給しておかねば遠からずああなるだろう。あの、目の前の生き物が餌としか思えないような状態に。


 流れ出る血を手ですくい、口を近づける。


「やっぱりまずい」


 げんなりする。飲まなきゃ生きていけないのに、なぜまずいのか。喉が乾いている状態で飲む水がまずかったら、人間なんてあっさり滅んでそうだ。


 ただ、マズくてよかったと思う気持ちも心の片隅にあった。


 血を旨いと思ってしまったら、それこそ化け物だ。


「生きていくため、仕方なく……」


 そう自分に言い聞かせるのなら、味はまずい方がよい。



 人化する意味はなくなったので吸血鬼に戻る。影収納した巨人は【グランドバーバリアンの死体】で、宝箱の中身は……本だ!


「上級の魔術書、か」


 多少は使い勝手がよくなるだろうか。超級の魔術は威力が高過ぎて、洞窟みたいな閉鎖空間で使うのが怖い。


 今のところはほとんど殴る蹴るでどうにかなっているが、どうにもならなくなる時が来るかもしれない。


 実際、実体のないウィスプ系の敵や、半透明の幽霊系の敵とも何度か出くわしている。


 おっかなびっくり超級の魔術で仕留めているが、一戦闘で通路中が焼け焦げたり水浸しになったり凍りついたりと、無駄遣いしていることは否めない。


 魔力って尽きないんだろうか。どれだけ魔術を撃っても平気なのが却って不気味だ。


 ともかく、選択肢は増やしておいた方がいい。人化した際は力も弱まるのだし。


 せっかくだし、休憩がてらここで本を読んでいくことにした。影収納から、超級と上級の魔術書を全て取り出す。


「それぞれ火、水、土、風、光、闇か」


 術名の下はその術の効果と、長々と文章が書かれている。


 精霊? への呼び掛けと、火を呼び起こすような文言がつらつらとつづられている。これは、呪文?


 俺の魔術は呪文の詠唱なんて必要なく、魔術名を口にするだけで行使できる。


 いや、恐らく影収納やコウモリ化と同じく、一度覚えればイメージするだけで使えるだろう。


 魔術を覚えた時の感覚……あの、知識を脳に直接刻まれるような感覚を思えば、そう確信できる。


 本来の魔術は詠唱が必要なのだろうか。或いは、ちゃんと詠唱した方が威力が上がったりするのかも。


 魔術なんてない世界で生きていた上、教えてくれる人もいない。試行錯誤していくしかない。


「うわ、後半のページ、ほぼ呪文じゃん」


 超級の火術、エクスプロード。


 一つの魔術に対し、数ページに渡って文章が書かれている。


 術の効果は、対象を爆炎で吹き飛ばす、らしい。うん、覚えたはいいけど封印だなこれは。


 本をぱらぱらとめくり、魔術を次々と習得していく。術名を口に出すだけで覚えられて、詠唱はすっとばしているのでさくさく進む。


 火、水、土、風の四属性は、主に攻撃用らしい。土魔術は地面を掘ったり岩壁を作ったりもできるようだが。


 光と闇も攻撃系の術はあるが、どちらかと言うと搦め手に近い。体を強化したり、逆に弱体化させたりできるらしい。光属性は怪我の治療や浄化、解呪なんてものもあった。


 あるのか、呪い……。おっかない世界だ。


 タイトルから分かってはいたが、上級はほとんど超級の下位互換だった。強すぎない魔術が欲しかったので期待通りだが、弱い方が後に手に入るとは。


 魔術だけではない。武器や薬なんかも、下の階ほど良い物が入っていた。


 敵の強さも最初の方が強かったように感じる。少なくとも、ドラゴンに勝る敵はいなかった。


 段々とグレードの下がる宝物、段々と弱くなる怪物。でも、本来は逆なのでは? 上から来て、段々と強い敵に遭遇するような場所なのでは?


 最下層にいた、ドラゴンも軽く蹴散らす吸血鬼の化け物……。



 俺は、この迷宮の最後の障害なんじゃないだろうか。

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