63 エピローグ
「そんな感じで、街から魔族はいなくなったってわけだ」
対面に座るとバートンと、その後ろに立つメルに昨晩の出来事を説明する。
朝一番でギルドを訪れ、メルにバートンとの面会を申し込んだ。二つ返事で部屋へと通され、挨拶もそこそこに事情説明を始めた。
ほとんどは、朝にレティへ話したことの繰り返しだ。なので我ながらスムーズな説明だと思ったが……。
最後まで聞いた二人は、それぞれ渋い顔と呆れ顔を浮かべていた。
「神殿騎士に知られるとは……」
「しかも一緒に空を飛んだって、タイチロウくん……」
あれは俺が言い出したことじゃないが、そういうことではないだろう。
魔族ということがバレ、稀人であることは自分から話している。秘匿しろと厳命されて一日でこれでは言い訳のしようもない。
軽く謝ろうとしたが、その前にバートンは「ああいや、そうではないな」と手を振った。
「ギルドの冒険者と街を救ってくれたこと、感謝する」
真面目な顔で言われてちょっと狼狽える。武勇伝として話したつもりはない。
それにストレイガはあくまで使いっぱしりで、迷宮の発生の裏には国家、もしくは軍がいる。これで終わりとは思えない。
礼を言ったバートンも同じことを考えているようで、口元に手を当てて呟く。
「ドラグネラのグリュークス、か」
「聞き覚えが?」
聞いてみたが、首を振って「いや」とだけ言われた。魔族領のほとんどは謎に包まれており、どんな国があるのか、そもそも国というくくりがあるのかすら不明らしい。
ストレイガを殺したのは短絡的だったろうか。もうちょっと情報を引き出させる方法もあったかもしれない。
たらればを考えても仕方がないけれど。
「神殿と魔族が繋がっているというのもとんでもない話だ」
「携帯式の魔封具なんてものがある以上、真実なのでしょうが……」
バートンがしかつめらしい顔で言い、メルが続ける。魔族を弾く街の結界が根底から揺らぐ大問題だが、
「まあ、そっちはリリエラがなんとかするだろう」
「君の目から見て、信用できるのか?」
楽観的とも取れる俺の発言に眼光鋭く返してくる。手放しで信用はできないが、今は任せるしかない。上司……恐らくはウォーグの指示で魔族を追っていた以上、魔族と繋がっていた一派には属さないはずだ。
「アンダレイ子爵か……」
俺の考えを聞いたバートンは、少々厄介そうに眉をひそめた。
「知ってるのか?」
聞いてみると、珍しく言いにくそうに口を開く。
「防衛が主軸の神殿において、魔族殲滅を掲げる急先鋒だ。確かに彼なら魔族に与することはないと言えるが……」
タルヴォスと同じ思想の持ち主か。そんな男の直属の部下に、俺の素性がだだ漏れている。
……そこもリリエラを信じるしかない。けひけひ笑いと、ぐりんぐりん首を曲げる動きを思い出すと不安で仕方がないけど。
それから少しばかり話してマスター室を後にした。
強力な迷宮主を生むためだけに大迷宮を作り、街を危機に陥れた魔族がいる。しかも計画を知ってか知らずか、神殿は魔族と結託して街に招き入れた。魔封具の提供から見ても組織的で、一人二人の行動ではない。
バートンもこの辺りは危惧を抱いているようで、早急に情報を集めると言っていた。
「お疲れさまです」
「ふおっ」
階段の手前で、急に真後ろから声をかけられてぎょっとする。危うく足を踏み外すところだった。
振り向くと、いつもの顔をしたクロアが立っていた。
「あのな、声かけるにしてもタイミングを考えろ」
「むしろ、あれだけ強いのに気配も読めないのが不思議でなりません」
苦言を呈したら、やれやれと無表情のまま首を振られた。こいつ……。
「殺気を込めた視線を向けてみても無反応とは、ちょっと心配になります」
「殺気を込めた視線ってなんだよ。なんでそんなもん向けるんだよ」
迷宮主の吸血鬼といっても中身は一般人で、訓練して得た強さではないのだ。技術を求められても困る。気配なんて読み方も知らない。
というか、
「いいのか? 堂々と話してて」
一応、監視という名目じゃなかったろうか。メルには一緒に飯を食った、と話しているようだけれど。
「密偵を同行させるべきか否かは協議中です」
「じゃあ駄目じゃないか」
そんな協議がなされていること自体が初耳だが、成立前から堂々と姿を表すのはアウトでは。
同行する場合、相手はクロアになるのだろうか。ますますリィンと入れ替わりにくくなると思うのだが……。
そうだ、その事に関して疑問があったと思い出す。
「お伝えしたいことがございまして」
疑問を挟む前に、クロアはそう切り出した。
「後ほど、お時間を頂けると助かります」
言うべきことは言った、とばかりに頭を下げて踵を返す。助かりますと言いつつ、当然貰えると疑ってもいない態度だ。まあいいけど。
黙って見送る俺にクロアは途中で足を止め、振り返ってつけ足した。
「あなたの抱えている疑問にも、その場でお答えします」
俺の疑問を理解しているような口ぶりだ。もしかして、昨晩も尾行されていたのだろうか。いや、まさかな。
相変わらず謎の多い子だが、次に会った時にはそれも明かされるのだろうか。
一階へ降りる。相変わらずの人いきれの中、入り口近くにレティともう一人の姿があった。和気あいあいと話しているのは丸い眼鏡の魔術師だ。
「タイチロウさん!」
こちらに気づいたレティが笑顔を向け、隣のカテリナはふりふりと手を振った。こちらも軽く手を上げて応える。
感動の再会は見逃してしまったようだ。しかしギルドに来てくれとは言ったが、昨日の今日でもう来るとは。
「おはよう。もう大丈夫なのか?」
「ええ。アレのお陰で調子がいいくらい」
霊薬のことは秘密のため濁して言う。その言葉通り、無理をしているようには見えない。
そして、カテリナの影に隠れて視線をきょろきょろ向けているキアネアに気づいた。目が合って、おどおどと挨拶してくる。
「よ、よう」
「あれ? なんでキアネアまで?」
「あの状態のわたしの一番近くにいたのがこの子だから……」
やや申し訳なさそうに言う。憑りつかれていた間の記憶は曖昧だから、話を補完してもらおうということか。
家族が憑依されていた話だ。子供にさせるのはちと酷かもしれないが、キアネア以外にできる人間もいない。
「事情はわかったけど、なんでびびってるんだ?」
「は!? はあ!? びびってねえし!」
過剰に反応し、噛みつくように声を張る。いや、露骨にびびってるやないか。
「この子、ちょっと人見知りでね」
「ちげーし!」
カテリナがやや困ったような笑顔で言い、キアネアは即座に否定する。だが姉のローブから手は話さないし、違わないことは明白だ。
なんというか、思わぬ弱点だ。俺やストレイガ相手にも啖呵を切っていたのに。
「ほほう」
「にやにやすんな! このヤロー!」
あごを撫でながらわざとらしく笑ってやると、しっかり食いついてきた。
「駄目ですよタイチロウさん、からかっちゃ」
「うるせえな! ガキがガキ扱いすんな!」
「ひゃああ!」
フォローしてくれたレティにも噛みつき、思わぬ矛先が向いたレティが身をすくませた。思いっきり注目を浴びている。
「こらキアネア」
「う……」
カテリナが叱る。自分でもどうかと思ったようで、ばつの悪い顔をしていた。
俺もちょっと反省。
「報告はこれからか?」
「ギルドマスターに呼ばれてるんだけど、ちょっと待つように言われててね」
それは俺と話していたせいだな。ならそろそろ……。
そも思いながら周りに目を向けると、メルが上から降りてきた。
「お待たせ。それじゃあ来てもらえるかしら」
またね、と言って階段を上がっていく。
ギルドを出る。今日も晴天で、日差しが気持ちいい。こんな体にもセロトニンとか、ビタミンDが生成されるのだろうか。
隣にはレティがいる。今日も、当たり前のように同行してくれる。
「防具を取りにいって、それから日用品を買いたいな」
「商業地区ですね。乗り合い馬車で行きますか?」
「そうだな。その後でまたカナリアの止まり木亭にでも行くか」
何気ない会話を交わしつつ道を歩く。石畳の道に馬車が走り、道行く人は剣や鎧で武装しているのも珍しくない。
段々と見慣れてきたこの世界で、俺は生きていく。
問題は多いが、今はこのなんでもない日常を楽しもう。




