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62 夜明け

 出た時と同じく窓を霧化して抜けた。まだ二泊目なのにほっとするというか、帰ってきたという気分になれる。


 部屋に残しておいたコウモリを回収し、数時間ぶりに人化した。レティに何かあったらすぐ分かるよう、体から切り離しておいたものだ。人化したら消えてしまうため、吸血鬼状態でい続けるしかなかった。


 人化できていればリリエラに目をつけられることもなく、光術で手が焼け焦げることもなかった。


 そしてキアネアの追跡もできず、カテリナも救えなかっただろう。


 結果オーライ、ということにしておくか。


 ベッドに横になって目を閉じる。寝られないのは分かっているが、出歩こうという気にはなれなかった。長い長い一日はもうおしまいだ。



 あの後。


 目覚めたカテリナは驚くほど何ともなかった。むしろ超級の治癒術と霊薬の効果で、憑りつかれる前よりも調子がいいらしい。確かに肌つやもよく、ぱさついていた髪も完璧なキューティクルだ。思わぬ副次効果が出ている。


 リリエラの目から見ても、魔力の量がすごいことになっているようだ。


「聖女様かあ、A級冒険者くらいあるねえ」


 それがどの程度すごいのかは、それを聞いたカテリナの顔で判断できた。驚きすぎて目が点になっていた。


「傷ついた魂にい、霊薬が効きすぎたのかもお」


 修復される過程で、元の魂よりも強靭になってしまったとの予想だ。筋トレの後にプロテインを摂って超回復、みたいなものだろうか。それに伴い、魔力も増加したと思われる。


 普通、総量が多くとも体表を流れる魔力はほぼ一定らしい。リリエラの目では、魔力の多寡までは判断できない。


 だが急激に増えたことで、流れ出る魔力も膨大になっているようだ。訓練すれば抑えられるそうだが……。


 E級の魔術師には似つかわしくない魔力を得たようだが、怪我の功名というには楽観的すぎる。悪目立ちしてしまうだろう。


 頭を下げた俺に、慌てて手を振っていた。


「謝らないで。むしろ、お礼を言わなきゃいけないくらいなのに。それに……」


 言葉を区切り、笑顔を作って続ける。 


「減るならともかく、増えるのはいいことだもの」


 気楽な発言のようだが、気遣う意図は丸分かりだ。ただ、それを指摘するのは野暮というものだろう。


「気遣われてるう」


「お前な」


 すかさずからかってきったリリエラを咎める。「ついうっかりい」「嘘つけ」と言い合っていると、カテリナは「ふふ」と笑った。


 静かに笑う、暖かい人。そんなレティの言葉を思い出す。


「改めて、本当にありがとう。わたしからあの魔族を追い出してくれて。……キアネアも、心配かけたね」


 俺に頭を下げ、ひっついている妹の頭を撫でる。キアネアは気恥ずかしいのは、返事は「ん」と一言だけだった。


 ストレイガに憑りつかれていた間の記憶は飛び飛びで、特に昨日今日あたりはほとんど意識もなかったようだ。魂が消えかけた影響だろうか。


 魂が完全になくなっていたら、霊薬でもどうにもならなかっただろう。割と際どいタイミングだったのかもしれない。


「怖かった……自分が段々と消えていく感覚と、何より、人を傷つけてしまうことが」


 沈痛な面持ちでカテリナは言った。自分の身よりも、呪術をかけられた人たちのことを案じている。


「わたしが魔族に憑りつかれなんてしなければ……」


「姉ちゃんは悪くねえ!」


 自戒するカテリナに、キアネアは声を張り上げる。俺もそう思う。カテリナはたまたま目をつけられただけで、非は一切ない。むしろ死にかけた被害者だ。


 だが「ありがとう」とキアネアの言葉に応えるカテリナ自身が、自分を許せなさそうだった。


 彼女の救いになるかは分からないが、伝えておくべきことはある。


「レティシスなら無事だ。俺が保護した」


「……えっ」


 驚きに顔を上げ、目が合ったカテリナに続けて言う。


「あの子も君に会いたがってる」


「よかった、助かったのね……」


 じわり、と涙がにじむ。眼鏡をずらして目元を擦りながら、よかった、と繰り返した。ついでのような形で申し訳ないが、狼牙の四人とモーグの無事も伝えておく。涙ながらにお礼を言うカテリナを見て、改めて助けられてよかったと思った。


 近いうちにギルドへ顔を出してもらうよう頼んだ。行方不明扱いになっているし、バッシュたちに呪術をかけたと疑われてもいる。バートンには俺が直接、事の顛末を話した方がいいだろう。


 カテリナが落ち着いたのち、キアネアが俺を見上げて言った。


「なあ、おまえってさ」


「こら、キアネア」


 妹の荒っぽい言葉遣いをカテリナがたしなめるが、言われたキアネアは「ええー」と不満そうだった。


「もう……誰に似ちゃったのかしら」


 呆れたようにため息をつく。気安いやり取りは姉妹然としていて微笑ましい。


 構わない、と手を振って遮られた言葉の続きを聞く。


「どうした?」


「おまえ、魔族なんだよな」


 彼女の問いに「ああ」と頷く。散々ストレイガにかしこまられた。今さら隠そうとしても意味がない。


 姉が操られていた上、自身も痛めつけられていた。思うところはあるだろう。


 そう思ったが、キアネアはにっと笑ってきっぱり言った。


「魔族にもいいヤツはいるんだな」


 ちょっと驚かされた。街では警戒心の塊のようだったのに。警戒心が強いからこそ、懐に入れた相手は手放しで信用するのだろうか。


 少し前なら普通に喜べたろうが、今は訂正してあげた方がよさそうだ。


「俺は特殊だから、あんまり参考にするなよ」


 普通の魔族というのがどういう存在かはまだ分からないが、少なくとも、ストレイガとその上司は「いいヤツ」とはほど遠い。


 人間にとってのいい魔族なんていないのかもしれない。少ない例だけ見て判断するのもよくないが、今となってはタルヴォスの思想にも理があると思い始めている。バートンは本気で魔族と交流できると思っているのだろうか。


 俺の言葉にも、キアネアは笑顔を崩すことなく「そっか」と言い、続けた。


「じゃあ、おまえはいいヤツだって思っとく」



 魔封具とストレイガの魔核はリリエラが持ち帰った。


 魔族の痕跡を街で見つけたリリエラは「単独で」それを追跡。呪術をかけて回っている魔族を発見し討伐した……ということにするらしい。カテリナとキアネアにも口裏を合わせてもらう。


「なかなか楽しめたよお、お兄さあん」


 そう言ってリリエラは去っていった。最後の最後までつかみ所のないやつだったが、今は信じるしかない。


 神殿内のゴタゴタには巻き込まれたくないが、クロアと聖女の件もある。全くの傍観者というわけにはいかないだろう。


 気が重いが、今は忘れよう。


 しばらく横になっていると、閉じたまぶたの奥に光を感じた。


 夜明けだ。レティが起きるまでは、もう少しかかるだろうか。

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