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59 痛み

 ストレイガの説明は続く。だが、聞くほどに気分が沈むものだった。


 街の住人に呪術をかけて回ったのもただの遊びで、深い事情などない。聞くほどに心の底が冷えていくが、ストレイガは気づかず、むしろ自慢げに「手柄」を語った。


 どの相手にも「カテリナ」の名を口にした瞬間、命を奪われるような呪術をかけたらしい。実際、バッシュはそれで死にかけた。


「ほとんどは、発動前に神殿が解呪してしまったようですが」


 物足りなさそうな口振りで言い、口をへの字に曲げた。


「どうしてそんなことを?」


 ろくな答えが返ってこないことはもう分かっているが、それでも訊く。


「そうすれば、呪術をかけた人間に近しい者はこの体を追うでしょう」


 自分を、ではなく自分が操っている体を、か。言い方一つ一つに、人間への見下しが透けて見える。


 確かにカテリナは仇として追われるだろうけど、何の意味が?


「その中に強き術師がいれば、憑りつくのに申し分ないですから」


「憑りつく?」


 それは、カテリナの体を出て新たな人間に、ということか?


 そのままでいることに、何か不具合でもあるのだろうか。そう聞くとストレイガは「ええ」と少し困ったような顔で頷いた。


「実はこの体、もうほとんど限界でして」


 さらりと言ってのけた言葉にキアネアが息を飲む。


「どういうことだ?」


 デミリッチの憑依は宿主にも負担を強いるものらしい。魔族の魔力は体を蝕み、魂をすり減らし、やがて死に至らしめる。どれだけ持つかは宿主の魔力の強さ次第で、一般人ならば一日も持たないという。


「死んでしまっても動かすことはできますが、体は腐りますし、傍目には魔力のない存在になってしまいます。愚鈍な人間はともかく、一部の獣人や厄介なエルフ相手じゃすぐ見破られてしまいますから」


 新たな体を得るための餌。それがカテリナの名前を呪術のトリガーにした理由か。


 やれやれ、と首を振ってストレイガは口を開く。


「あれこれ騒がしかった声も、少し前からだんまりでして。これでは興ざめでしょう」


 共感を求められても困る。デミリッチ的なジョークだとしても、これっぽっちも笑えない。


 声が止んだのは、訴えかける力もなくなったからなのか。


「冒険者なのに数日しか持たぬとは、やはり人間は脆弱な……」


「ふざけんなっ!」


 言葉を遮ったのはキアネアの怒鳴り声だった。飛びかかりそうな剣幕で目を血走らせている。これまでの人生で、ここまで強く感情を込めた言葉を聞くのは初めてだ。


「おまえっ、おまえは! じゃあ最初から! おまえは!」


 強すぎる感情に振り回され、上手く言葉を紡げないでいる。そんなキアネアを見て、感情をぶつけられた当人は楽しそうに笑った。


 笑みに逆撫でされ、キアネアが吠える。殴りかかっても傷つくのはカテリナの体だと分かっているため、怒りの極致にあっても我を忘れない。忘れないよう拳を握りしめ、血が滴った。すごい胆力だ。


「出ろよ! 今すぐ、姉ちゃんから!」


「出たところで手遅れだ。魂は治癒術でもどうにもならん」


 限界いっぱいまで口角の上がった笑みを浮かべながら、現実を見せるかのようにゆっくりとストレイガは言った。


「う、そ……、嘘だ、嘘だ!」


 信じまいと、首を振って嘘だと繰り返すキアネアを、いっそう楽しそうに笑って見るストレイガ。直立の命令がなければ手を叩いて大笑いしていたろう。


 これ以上は聞くに耐えない。


「リリエラ」


「なあにい?」


 声をかけるとすぐに返事があった。声色は普段と変わりないが、顔には白けたような、冷めたような表情を浮かべていた。つまらないものを見た、というのが近いだろうか。


「他に何か聞きたいことはあるか?」


「あるって言ったらあ?」


 確認すると質問で返ってきた。申し訳ないが、俺の返事は決まっている。


「これ以上は無理だと謝る」


 言いながら、ストレイガに向き直る。けひっ、という笑い声を聞きながら手のひらを向けた。


 魔王ごっこはおしまいだ。


「我が王……?」


「セイントディスペル」


 悪霊をひっぺがすなんてニッチな術は本になかったため、とりあえず超級の解呪術をぶち込む。効果がなければ、出るまでいろいろ試せばいい。


 手を向けられて不思議そうな顔をしていたストレイガは、


「ぎっ、ぃいああああああああッ!」


 と叫んでうずくまった。そして、カテリナの体から茶色いローブをまとった骸骨が飛び出す。杖は持たず、首にはやたらと大きな宝石のついた首飾りを巻いていた。頭部の形は人のそれに似ていたが、額部分から前に向けて二本の角が生えていた。足から下は存在していない。


 これがストレイガの本体か。デミリッチという言葉通り、迷宮で見たリッチ系の敵によく似ている。


 不気味な姿だが、気配には何ら禍々しさを感じない。魔封具が魔力を隠しているからか? あの首飾りだろうか。


「あああ! ああああああああッ! 王! 我が王! なぜ……!」


 飛び出てからも痛みに悶え、しゅうしゅうと黒い煙を上げている。


 ろくでもないヤツだが、苦しめたいわけではない。顔を押さえて叫び続けているストレイガに、また手を向けた。


「エクソシズムレイ」


 光の線が延び、ストレイガを一瞬で焼き尽くす。断末魔の声もなく、街を騒がせた魔族はあっけなく消えてなくなった。


 がしゃん、と首飾りが落ち、一瞬遅れて赤い石……ストレイガの魔核が落下する。静けさを取り戻した部屋に、こおん、という音がやたらと響いた。


 この世界に来て、生き物の命を散々奪った。でも、会話のできる相手を殺めたのは初めてだ。更に言えば、俺が悪意を向けられていたわけではない。むしろ慕われていた。


 だと言うのに、驚くほど何も感じない。


 光術の連続使用で、右腕は肘近くまで焼け焦げている。命を背負うなんてつもりはさらさらない。だけど俺が俺であるために、この痛みだけは忘れないでおこうと、そんなことを治す前に思った。

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