58 演技と本性
「あ、あれ……?」
目覚めたキアネアは、状況が飲み込めずに困惑しているようだった。いつの間にか部屋にいた俺とリリエラをぼんやり見ていたが、気を失う前のことを思い出したのかはっと体を起こす。
窓……と言っても窓枠すらない空洞だが、そこから差し込む月明かりに照らされる俺を見て「お、おまえ」と顔をひきつらせた。
「貴様! 我が王に向かってお前とはなんだ!」
すかさずストレイガが怒声を飛ばす。
「いいから、大人しくしてろ」
「はっ」
諫めると素直に口を閉じた。キアネアと向き直る。
「体の具合はどうだ?」
「…………」
無言にまま、警戒心を露に睨んでくる。ううむ、全く信用されていない。恩に着せるつもりもないが、治癒術をかけたのも気絶中だしなあ。
ぎりぎりと歯を軋ませる音が、後ろのストレイガから聞こえた。質問に答えないキアネアに腹を立てているようだが、言いつけ通り大人しくしている。
俺の指示に従うストレイガを見て、キアネアの瞳に敵意が宿った。ぐっと強く睨みながら、
「何者だよ、おまえ」
と低い声で言った。二度目のお前呼ばわりに、ストレイガはフーッ、フーッと食いしばった歯の隙間から怒りの息を漏らしている。
俺が何者なのか一言で表すのは難しい。だがキアネアは俺が言い悩むよりも前に、続けて言う。
「変だとは思ってたんだ。何発蹴っても効きやしねえし」
「け、蹴った!? 蹴っただと!?」
驚きのあまり口を利いてしまったストレイガ。思いの外限界が早かった。
リリエラは楽しそうな笑みで煽るように言う。
「ああー、蹴りまくってたねえ。お兄さんの××××を何発もお」
いきなりの発言にぎょっとする。やめんか! 年頃の女が恥じらいもなく!
わなわなと震えながら、まんまと乗せられたストレイガがおののくように言った。
「××××……! ××××を蹴ったのか! それも何発もだと!? 万死に値する!」
「繰り返すな! 大声で言うな!」
「けひっ、けひひっ」
「お前はお前で何笑ってんだ!」
ため息が出る。ぎゃあぎゃあと騒がしい空気の中で、キアネアだけが油断なく視線を巡らせていた。
「……おまえらもクソ魔族の仲間かよ。何企んでやがんだよ、ちくしょう」
声を震わせながら、射殺さんばかりの目つきで俺たちをねめつける。恐怖を怒りで抑え込んでいるような声色で、表情にもそれが現れていた。
何も企んでいないと言いたいが、魔族の王を演じている真っ最中だ。しばらく誤解していてもらうしかない。
「ストレイガ」
「はっ」
「その体の持ち主について聞きたいことがある」
気を引き締める。ここからが、俺にとっての本題だ。
「この体は、カテリナという名の冒険者です」
名前はあっさり明かされた。まあそうだろうと思っていたけれど。
「たまたま街を出ていたところを憑りついた、と言っていたな」
「ええ」
彼女が選ばれたのは全くの偶然、ということになる。
「それは迷宮を作る前? それとも後か?」
問いかけると、ストレイガはなぜそんなことを聞くのかという顔をした。だが一瞬だけで、すぐに答える。
「後です。迷宮を発生させたのち、街から出てきたこの女に乗り移りました」
淡々と答えるストレイガにキアネアは怒りで震え、拳を握り込んだ。姉ちゃんから出ていけという言葉から、カテリナとの関係がうかがえる。
気持ちは分かるが、もう少し待ってほしい。腹立たしいのは俺も同じだ。
迷宮発生から調査依頼までの間は長くない。バッシュたち「狼牙」に声をかけた時、カテリナはカテリナ自身だった。自ら志願したのは、レティがいると知ったからかもしれない。想像でしかないけれど。
そうして街を出て、ストレイガに目をつけられた。憑依されたのは、恐らく夜営の時ではないか。
確認すると「いかにも」と頷かれた。
「パーティ内に治癒術師がいたろう」
声に怒気が混じらないよう、平静を意識しながら問う。
「ええ。取るに足らない存在でしたが」
逆撫でするような言い方だが、ストレイガの忠誠ぶりからしてそんな意図がないことは分かっている。たまたまだ。
しかし、取るに足りないと言うのは随分手間をかけている。
バッシュたちに呪術を仕込み、迷宮に挑ませた上でレティ共々疲弊させ、わざわざ崖から押して置き去りにした。丹念に、そして遠回りに死へと導きつつも、自ら手を下すような真似はしていない。
その行動に、どんな意図があったのか。
「どうしてあの子を置き去りにしたんだ?」
神殿の指示なのか。光術師を排除したいという、本能めいた欲求なのか。
ストレイガは真面目くさった顔を歪め、くつくつと笑い始めた。
眉をひそめた俺を見て「申し訳ございません」と笑いを引っ込め、深々と頭を下げる。「頭を上げろ」と言ってやめさせた。……このやり取りもいい加減面倒だし、いちいち謝らないでほしい。
「この体の持ち主ですよ」
カテリナ? カテリナがなんだというのか。
続きを促すと、ストレイガは嬉々として話し出す。
「我はただ、目障りな光術師を排除しようとしたのですが……乗っ取ってからもしばらく、我に訴えかけてきたのですよ。その治癒術師に手を出すなと」
いよいよ楽しそうな顔で、自分の胸に手を当てて言う。
カテリナは、乗っ取られながらもレティの身を案じた。だから、ただ殺すのではなく置き去りに?
「で、あれば。絶望に叩き込んでやりたいと思うものでしょう?」
レティは親しい相手に裏切られた絶望を。
カテリナは、自分の体がそうするのを見ているしかない絶望を。
ただそれを味わわせる為だけに?
演技を忘れ、愉悦に歪む顔を呆然と見る。これが、これが魔族というものなのか。




