57 カームの大迷宮
俺の質問に、いかにもといった面持ちでストレイガは頷き、直角に近い角度で頭を下げた。
「ご説明が遅れて申し訳ございません。本来であれば、お目見えするのはもう少し後だと思っておりましたゆえ」
お目見え、なんて言葉を使われる日が来るとは。
ストレイガはじっと頭を下げ続けたまま固まっていた。数秒して、俺が言うまで上げないと気づき指示をする。
「頭を上げてくれ」
「はっ」
直立に戻る。……早くもやめたくなってきた。ずっとこの調子だと気疲れしそうだ。
「それで、王ってのは?」
内心でのうんざりした気持ちを隠しつつ訊くと、ストレイガは誇らしさすら感じる顔で言った。
「あなた様を目覚めさせたのは我々です。正しくは、グリュークス様の指示で我が行ったことですが」
「目覚めさせた?」
俺の疑問に対し「はいっ」と嬉しそうに頷いて続けた。
「大迷宮を作り上げ、迷宮主として王を生み出す。それが我に与えられた任務です」
大迷宮を作り上げて迷宮主を生み出す。それが任務だとストレイガは言った。
そのために魔力溜まりに干渉して迷宮を発生、成長を促した。言うほど簡単なことではない。秘宝である巨大な魔核に、数万人規模の魔力を込めた物が必要となる。そのうえ魔族領には魔力溜まりがなく、儀式は人の領域で行わねばならない。
選ばれたのが人族の辺境の街、フォードカリアだった。
儀式をトラブルなく行うため、人族の街に潜入して情報収集を行った。デミリッチのストレイガが抜擢されたのは、人に憑りつける幽体だからだ。光術の適性持ちか、自身を越える実力者でなければ体を奪える。たまたま街から出ていた魔術師に憑りつき、街への潜入を果たせたのは幸運だった。
あらかじめ神殿の内通者から受け取った魔封具を身につけており、気取られることもない。
神殿と言えど魔封具は希少で、一つしか用立ててはもらえなかった。ギルドには魔力を探知する密偵がいるというため、単独での任務となる。失敗の許されない任務ではあったが、予定通り秘宝を用いて大迷宮を作った……。
「いや、待て、待ってくれ」
説明を途中で遮る。目の前の魔族が迷宮を作り出した? 俺も、迷宮と共に生み出された?
バートンは言っていた。異空間化させないよう定期的に散らしている魔力溜まりが、周期より早く溜まっているのを感知したと。
そしてメルは、生まれたての迷宮は浅く魔獣も弱いと話していた。
しかし実態は、突如現れた地下百階の迷宮にエンペラー種の怪物、そして最奥には吸血鬼。
この矛盾は、迷宮が意図的に作られた物だったからなのか。
「だからって、なんで俺が王なんだ」
「なんでとは、どういうことでしょう」
ストレイガは不思議そうな顔をするが、どうして分からないのかこっちが不思議だ。同じ魔族だからって、縁もゆかりもない連中の王を勤めたりするものか。
疑問を口にする前に「ああー」とリリエラが思いついたような声をだした。
「魔族ってえ、実力主義なんだっけえ」
「いかにも。魔族領では力こそが全てである」
鷹揚に頷き、リリエラに向けて「いいか小娘」と教授するように言った。
「魔族に生まれたのならば上を目指すのは本能のようなもの。力を持つ者ならば尚更だ」
戦闘民族かよ。じゃあなんだ、ゲームよろしく魔王が一番強いのか?
心の中でつっこみつつ、なぜストレイガが疑いもせず、俺が王になると考えているのかは理解した。魔族は本能的に支配者に立ちたがり、文字通りの実力主義で強いほど偉くなる。
恐らく、いや、ほぼ間違いなく彼らにとって想定外だったこと。
それは俺が稀人ということだ。
俺は元人間で、今も人間的な考えを持っているつもりだ。当然魔族の王になんてなるつもりはない。
「ふううん。あなたあ、なかなか偉いんだねえ」
「ふん、人間ごときに認められても嬉しくはないがな」
リリエラは物怖じせず疑問を投げかけ、ストレイガは文句を言いつつも答えている。今はリリエラ相手に、自分がいかにして今の立場に登り詰めたかを熱弁していた。
胸がざわつき、動かないはずの心臓が鼓動するような錯覚を覚える。吐き気のするようなこの気分の元は、怒りか恐怖か、不信感か。
俺は稀人だったから、レティを助けフォードカリアを訪れ、他の人々とも交流を持った。
でも、もし彼らの想定通り、ただの魔族だったら?
大人しく魔族領に引っ込んでいたかもしれないし……街へ攻め入っていたかもしれない。
そういったケースを、ストレイガや指示した者が想定していなかったとは思えない。
俺はどんな顔をしていたのだろうか。目線を俺に戻したストレイガが、恐る恐る声をかけてくる。
「我が王……? ど、どうされましたか?」
「ああ……」
頷きはしたが、続く言葉が出てこない。リリエラがからかうような口調で言った。
「王をほっといてえ、私と話してるからあ」
「なッ!? 貴様がべらべら話しかけてくるからだろうが!」
申し訳ございません! と勢いよく頭を下げる。リリエラには言い返したものの、俺には言い訳の一つもしない。厚い忠誠心の裏で、人を人とも思わぬ考えを持っているのかと思うと気味が悪い。
目が合ったリリエラが、しっかりい、と口の動きだけで言った。
分かっている。気が進まないなんて言っている場合ではない。
「いい。頭を上げろ」
「はっ」
あえて命令口調に変えると、ストレイガは却って嬉しそうに口角を上げた。なぜかリリエラもにたにたと笑う。
何を聞くべきかを整理しつつ口を開く。
「本来ならもっと後に会うはずだった、と言ったな。どういう意味だ?」
「はい。本来であればお迎えに上がりたいところでしたが、我の実力では単独での迷宮攻略は難しく……」
忸怩たる思いをにじませて言い、語尾を濁す。迷宮の魔獣は俺にさえ襲いかかってきた。侵入者に対し、人か魔族かなんてくくりはないのだろう。
「ですから、魔獣の氾濫に合わせて出てこられると思っていました」
入れないなら出るのを待つしかない。そして、まず飛び出てくるのは低階層の魔獣だ。迷宮主が出てくるまでに、どれだけの魔獣で溢れかえるか。
それも計画の内とか、やっぱりろくでもないなこいつら。
そして真っ先に迷宮主が飛び出てきたのは、魔族からしても予想外だったらしい。
「馳せ参じるべきかと思いましたが、何やら人に紛れているご様子。……この器でお会いするのは、少々不都合になるかと思いまして」
自分の体を見ながら渋い顔をするストレイガ。その「器」は十中八九カテリナだ。カテリナの体でやったことを考えると、白昼堂々出歩くわけにはいかなかったようだ。レティといる時に現れたらどうなるか。
会いに来なかったのは、目立ちたくなさそうな俺への気遣いだったらしい。
「よくう、お兄さんが王だってえ気づいたねえ」
リリエラの目から見ても、人化している俺は人間にしか見えなかったはずだ。ストレイガは尊大な態度で、
「ふん。いかに人に紛れていようと、同胞ならば分かるに決まっておろう」
と返した。
ストレイガは加えて、街に「目」を張り巡らせていると言った。俺のコウモリのような、独自の技能を持っているようだ。
街に来た時点で、俺の存在は知られていた。
「俺がヴァンパイアだってのは分かってるのか?」
そう訊くと、ストレイガは目を見開いた。動揺しつつも首を横に振る。
「い、いいえ。……そうなのですか?」
ああ、と頷くと、
「恐れながら申します。我が王は太陽にさらされておりましたが、それは……」
「どうにかした」
やっぱりそこは気になるのか。適当に答えたがストレイガは疑いもせず、小声で「素晴らしい」と呟いた。
「迷宮で生まれし真祖のヴァンパイアが、太陽さえ克服なさるとは。まさに我らを導くのにふさわしい……」
真祖というのは、生まれながらのヴァンパイアということだろうか。気にならないでもないが、今はどうでもいい。
さて次は、と思ったところで、後ろから小さくうなるような声が聞こえた。
「ん、んん……あ、あれ……?」
気を失っていたキアネアが目を覚ましたようだ。治癒術がちゃんと効いていることに、ひとまずはほっとする。




