56 魔族の王
俺を王と読んだ女は、膝をついて頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。我はドラグネラの四将が一人、魔将グリュークス様に仕えるデミリッチ、ストレイガと申します」
それまでの粗暴さが嘘だったかのように丁寧に話し出す。我ってなんだよ、俺様って言ってたろうが。
そしてこいつの言ったことの、どれ一つを取っても聞き覚えがなくて反応に困る。
情報の洪水の中、どうにか拾った名前を呼んでみた。
「ええ、と。ストレイガ、さん?」
「王よ、敬称は不要です。どうぞ呼び捨てていただきたい」
真面目くさった顔で訂正される。呼び方を言うなら、俺を王と呼ぶのもやめてほしい。
「おい、ですとか、そこの、などでも構いません。いっそゴミ虫とでもお呼びください」
やだよ……人をなんだと思ってんだ。
これ以上エスカレートしても困るので、とりあえず普通に呼ぶ。
「……ストレイガ」
「はっ!」
元気の言い返事だ。顔を上げ、目を爛々と輝かせて命令を待っている。一般人メンタルの俺からすると、こんな態度は非常に落ち着かない。
「とりあえず立ってくれ」
「はっ!」
すかさず立ち上がり、ぴしりと軍人めいた直立の姿勢を取った。どうにもやりづらいな。騒がれたり、暴れられたりするよりはマシだけど。
聞きたいことは山ほどあるが、何から聞いたものか。
「ううん、忠臣ってえ感じだねえ。やっぱり面白いなあ、お兄さあん」
考えあぐねていると、後ろからリリエラが楽しそうな声で言った。真面目な顔をしていたストレイガが顔をしかめる。
「貴様ッ、王に対して馴れ馴れしいぞ!」
直立したまま、顔だけ向けて怒鳴る。「立て」という俺の命令を忠実に守っているようだ。
「王、王ねえ……」
リリエラは怒鳴られても楽しそうな顔はやめず、小声で独り言を呟いた。そんな彼女を見て、ストレイガはすん、と鼻を鳴らす。
「貴様、臭うぞ。この汚らわしい光術の臭い、神殿騎士だろう」
「せいかあい」
痛烈にディスられたリリエラだが、まるで堪えもせずに手を鳴らした。からかうような態度を受けてより顔を歪め、俺に顔を向けた。
「王よ、なぜ神殿騎士などを供に連れているのです。人間ごときに気安い態度をお許しになるのも……」
なぜと言われても成り行きとしか。あとリリエラは上司にさえ気安いぞ。かしこまった態度なんて取れるのだろうか。
「そりゃあもちろん、私があ、我が王の一の配下だからさあ」
「は?」
「なにぃ!?」
意味の分からないことを言い出すリリエラに、ストレイガはオーバーリアクションで驚く。一瞬直立が崩れ、はっとしてすぐに体勢を戻した。
だがどうにか真っ直ぐ立っているだけで、分かりやすく動揺したままだ。信じがたいという顔で、思わず言葉が漏れたような様子で言う。
「な、なぜ……忌むべき光術者などを……」
俺が聞きたい。いつの間に配下になったんだよ。
不可解という顔をしていたが、やがて何かに思い至ったような顔で呟いた。
「そ、そうか……! 我が王は神殿騎士を利用して……」
本人の中で何らかのストーリーが紡がれたようだ。そうか、そうかと繰り返し、にやりと笑ってリリエラを不敵ににらむ。
「ふん、今だけ甘い夢を見ているがいい。神殿の駒よ!」
「それはどうかなあ」
リリエラは挑発的に言い返す。すごい、一応俺のことを話しているはずなのにさっぱり理解できない。完全に置いてけぼりだ!
こほん、と咳払いをしてリリエラは平然と言った。
「王はあ、目を閉じてえ耳を塞げと仰せであるう」
またおかしなことを。
命じられたストレイガは、俺に顔を向けると「そうなのですか?」と確認してきた。そうなのですかも何も、真ん前にいたんだから言ってないことくらい分かるだろ。
横目でリリエラを見ると、にたにたしながら小さく頷いた。
「あー、うん。そうしてくれ」
「はっ!」
ばちん、と音が鳴るくらいの勢いで両耳を塞ぎ、目を力いっぱい閉じる。その様は健気というより狂信的で、美人系の顔立ちなのにただただ怖い。リリエラがけひっ、と声を抑えて笑った。
「いやあ、ほっといたらあ一晩中こうしてそうだねえ」
「……いや、ほんとになに考えてんのお前」
意図せず二人称があんたからお前になった。もう戻ることはないだろう。
リリエラは気にせず、楽しい遊びを提案するように言う。
「せっかく敬われてるっぽいしい。利用してえ、いろいろ聞き出してみようよお」
「ええー……」
盗み聞き(少女の痛めつけを添えて)の次は魔族の王ロールプレイか? なんだってこんなことに。
たった半日前のことなのに、バッシュ相手に尋問していた時が今や懐かしい。
「自信ないんだけど」
「だいじょおぶ。こういう手合いは慣れてるからあ」
「慣れてる?」
「身近にい、よく似てるのがいるからねえ」
首をかしげる俺にそう返す。そう言えば、ウォーグに報告していたもう一人の斥候も、今のストレイガと似た様子だった。名前はバンディだったか。彼のことを言っているのだろうか。
気が進まない俺を余所に、リリエラは「んぅー」と口に指先を当てて少し考える。
「王だってさあ。お兄さん、心当たりあるう?」
「あるわけない」
吸血鬼、稀人、迷宮主と肩書きは沢山だが、魔族の王になんてなった覚えはない。初対面だとストレイガ自身も言っている。
だというのにこの崇拝っぷりはどういうことだろう。
「だよねえ。じゃあまずはあ、その辺からあ?」
俺としてはレティやバッシュ、カテリナの件を問いただしたいところだが、いきなりそこをつつくのも不自然か。
「お兄さんはあ、王様っぽくねえ」
「無茶言うな」
王になんて会ったこともないのに。
……結局この路線で確定なのか。げんなりしつつも、目を閉じたままのストレイガに声をかける。
「ストレイガ……ストレイガ!」
大きめの声で呼びかけても微動だにしない。手のひらにそこまで遮音性はないだろうに、どれだけの力で耳を押さえているのか。
肩を軽く叩くと、はっと目を見開いて直立姿勢に戻った。
「お呼びでしょうか、我が王」
「それだ。まずその、王ってのはどういうことなんだ?」
ドラグネラのグリュークスに仕える、と自己紹介で言った。四将や魔将という言葉からしても軍か、下手すれば国レベルの組織が絡んでいる。そんな連中に王呼ばわりなんて不気味でしかない。
話のスケールが大きくなってきたことに戸惑うが、今は全容をつかむことに尽力しよう。




