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6 郷愁とこれから

 吸血鬼。不死の化け物で血をすする怪物。体の一部をコウモリに変えられる。太陽の光と銀、ニンニクが苦手。


 俺の持つ吸血鬼像はそんなもんだ。力は強いが弱点も多く、映画なんかではそこを突かれて退治されているイメージ。


 自分が吸血鬼になる日が来るとは思わなかった。現代社会ならまともに生きていくことは難しいだろうが、ここは異世界! 吸血鬼だって受け入れて貰える可能性はないでもない。


 まあ、なんにしたってまずは迷宮から出てからの話しなんだけど。


 宝箱の中身は金貨と宝飾品だった。つんつんと指でつつく。聖銀の短剣以降、安全そうな物でも気をつけている。


 影収納には【トパーズ 3】【アクアマリン 4】など、不揃いの宝石が数種類ずつと【フィセルナ金貨 5500】と出た。


 金貨はこの世界の通貨だろうか。宝石も魔術的なアイテムではなく、ただの宝石らしい。


 迷宮の中では何の役にも立たないが、ここから出た時に使えるだろう。ありがたく頂戴していく。


「そういえば」


 さっき、また言葉に反応して変な技出たな……。


 影から黒い帯を伸ばす。拘束する相手がいないので、影の上でうねうねと蠢いている。


 最初に出した時と違い、言葉を出さなくても意思だけで発動できた。影収納やコウモリ化と同じだ。


 言葉を口にした瞬間に発動するの、ちょっと心臓によくない。いや、動いちゃいないんだけどさ、心臓は。


「ひょっとして」


 ひょっとして、言葉にすればなんでも実現できるのだろうか。吸血鬼ってそんなんだっけ?


 いやいや、ここは異世界。何があってもおかしくはない。


 すっ、と手を出して目をかっ開き、高らかに唱える。


「コーラが飲みたい!!」


 ……何も起こらない。まあ、そうだよな。本気で期待していたわけじゃない。


 よく考えれば、初めて霧化した時は言葉によってではなかった。ドラゴンに爪で切りかかられて、だ。その後は、他の技と同様に意思一つで発動できるようになったけれど。


 言葉が現実になるのではなく、元々出来ることが言葉(或いは敵の攻撃)をきっかけに起こると考えるのが自然か。


 吸血鬼的な能力なら、言葉にすれば実現するのかも。


 でも、吸血鬼がーーましてや異世界の吸血鬼が何をできるかなんて、考えても分からない。


 ……しばらくは振り回されることになりそうだ。


 血の問題をどうしようかと考える。あれだけ飲んだのだからしばらくは大丈夫だと思うけど、定期的に補給しないとまた暴走しかねない。少なくとも、ちょっと血の乾きを自覚した時点で飲んでおかないとまずい。


 非常に気が進まない。それは人でいたいという気持ちでもあるし、単純に味がまずいからでもある。


 血を飲まなきゃ正体を無くすのに、その血がまずいってどうなんだ。


 まあ、迷宮にいる間は怪物から血をいただくしかないだろう。全ての階に敵がおり、生き物には事欠かない。実体のない者もいないではないが、基本的には大きな動物型だ。


 あとは自分の気持ち一つだ。割り切る他にないだろう。ぎりぎりまで耐えても、いつか理性を飛ばして怪物に噛みつく。なら、そうならない内にちょっとずつ補給していった方がいい。



 迷宮を抜けていく。血の乾きは起こらなかった。やはり、コカトリスの血を大量に飲んだのが効いたのか。


 体は疲れないし腹も減らないし喉も乾かないので、ほとんど休むことなくさくさく進めている。


 景色は相変わらず岩壁で、敵は一撃、死体と宝箱を影に収納。代わり映えのない景色の中で同じことを繰り返す。


 単調な迷宮攻略。作業感が出てくると、つい益体もないことを考えてしまう。


「…………」


 やはり、元の世界の自分は死んだのだろうか。


 頭をぶつけた際は、その時はなんともなくとも時間が経ってから死に至ることがある、という話を耳にしたことがある。


 飲んだくれて転んで命を失うとはなんとも情けないが、寝ている間に逝けたことが不幸中の幸いか。


 平日は朝から晩まで働いて、恋人もいないし熱中できるような趣味もなかった。休日は暇潰しに本を読み、ゲームで遊び、ネットを漁る。そのくらいだ。生き甲斐があったかと訊かれたら即答はできない。


 だが、一人でも誕生日を祝う程度には、人生を楽しんでいた。


 たまに会う友人たちとの飲み会も楽しかったし、年に一度の帰省だって嫌ではなかった。


 録り溜めたままのドラマ、もう読めない漫画の続き、そういったものも頭をよぎる。


「はあ、やめやめ」


 追い出すように、ぶんぶんと頭を振る。戻れる者なら戻りたいが、そもそもどうやって来たのかも分からないのだ。


 しかも今や吸血鬼。


 さらに言えば、元の俺自身のまま吸血鬼になったのではない。いい加減見慣れてはきたが、元の体よりも手足が長くて指も細い。鏡がないので顔は確認できないが、なんとなく顎はシャープで鼻筋は通っている気がする。目にかかる髪も黒くない。


 十中八九、全くの別人だ。死んだ俺の魂が、この体に乗り移った?


 だとすると、元々いた中身はどこへ行ってしまったのだろうか。


 今の体の年齢は分からないが、二十より下ということはないだろう。これまでこの体で生きていた誰かがいなきゃおかしい。


 いや、吸血鬼が生まれた時から大人である可能性だって捨てきれないか。


 そもそも吸血鬼ってどうやって生まれるんだ? 吸血鬼が噛みついた相手は吸血鬼になるというが、俺も他の吸血鬼によって吸血鬼化したのか?


 ああ、でも俺が噛んだコカトリスは吸血鬼にはならなかったな。


「ふはっ」


 やっぱり分からないことだらけだ。ただ、どうせ益体のないことを考えるなら、今のことを考えた方が楽しい。


 呆気ない人生の幕切れに、予想外の続きがあった。これは素直に喜ぶべきことだろう。

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