53 情報共有
神殿と魔族が繋がっている。
なんてこったと思ったが、ギルドやクロアも俺という魔族と繋がっているし、今はリリエラとも取引中だ。どの口が言うと責められたら閉口するしかない。
上層部は理念を忘れて腐りきっています……クロアの言葉が脳裏をよぎる。あれはこのことを言っていた? 魔族には魔族を、ということなのか?
反応からして、リリエラが同じ結論に至ったのは明白だ。だがそれでも疑問は残る。
「でも、魔族は街に入れないはずだろう? 結界が……」
「ごまかす魔道具があるんだなあ、これがあ」
あんのかい! 夜道ででかい声を上げそうになって口を押さえる。これまでの前提がいろいろ崩れるじゃないか。
「ちょうお高いしでっかいしい、普通に買えるわけじゃあないけどねえ」
魔封具と言い、魔力を封じ込めて、いわゆる今の俺と同じ状態になれるようだ。
この街で言えば、北門に一基ある備えつけの魔道具らしい。メルのような魔石を持つ存在は北門からしか出入りできず、それも長々とした手続きがいる。確実な身分証明が求められ、時には心付けなんかも必要になる。
扱いがほぼ犯罪者だ。思った以上に面倒くさいな。
さらに驚くべきことに、その魔道具はとっくに小型化されているらしい。備えつけの物が大きいのは盗難対策だ。万一魔族の手に渡れば悪用されかねない。使用どころか、所持も製作も違法な代物。
だというのにその小型化された魔封具を、神殿は秘密裏に持っている。
「しかも、魔族に使わせてる……?」
「ほんとならあ、世も末だよねえ」
そう思うなら、もう少し末ってる顔をすべきだろうに。なんでにたにたしてんだ。
クロアはカテリナが魔族であることを否定した。ただし、普通に考えれば、と頭につけて。あの時の含みはこういうことか。
状況は完全に、カテリナが魔族であることを示している。しかも神殿と組んだ上でレティを狙った……。
ため息が出る。レティに色よい報告はできそうにない。
俺の憂いなど気にせず、リリエラは話を続ける。
「ちょうど時間もあるしい、遊びがてら見て回ろうと思ったらあ」
「たまたまあの子……キアネアから魔族の魔力が見えたってか? ーー嘘つけ」
先回りして答えた上で否定する。リリエラは驚きもせず一層笑みを深めた。
それだとキアネアの名前を知っている理由にならない。聖女にくっついて街を転々としている第一隊が、子供一人一人まで把握してはいないだろう。
初めから知っていて、キアネアに目をつけていた。目の前の女騎士がしていたのは謹慎という名の休暇ではなく、潜入捜査だ。
「建前タテマエえ。大事なんだよお、組織的にい」
あっさり認める。リリエラの独断ではなく指示されてのことだと。指示を出したのは直属の上司であるウォーグだろうか。神殿側も一枚岩ではないようだ。
魔族と密約している派閥もあれば、教義通り魔族を滅ぼさんとする派閥もある。
それがいいことなのか悪いことなのかはまだ分からない。
リリエラは鞄から財布を取り出してごそごそ漁る。中から赤い宝石のついた細い指輪を取り出した。右手の薬指に、全く同じ指輪をはめている。
「これは魔道具でねえ。対になる指輪の場所が分かるう、優れものお」
発信器。こんなものまであるのか。血液鑑定、通信機に次ぐ異世界テクノロジー。現代に匹敵する技術もあるのに車も火薬もなく、道には馬車が走り剣と魔法で戦っている。一度この世界の歴史を勉強してみたい。
「財布をわざと盗ませたのか?」
「ここ最近、急にい、スリの被害が増えたらしくてさあ。調べてみたらあ、犯人は一人のお嬢さんだってえ、いうじゃあない」
性格の急変。ここでキアネアと魔族が繋がるのか。
「実際、キアネアから魔族の痕跡が見えたのか?」
「うっすらとお、だけどねえ」
キアネア自身が魔族ではないが、近しいところに存在を感じるといったところか。
「取り返されててえ、びっくりしたけどお」
わざと財布を盗らせて追跡するはずが、俺が取り返している上に衛兵に突き出すなんて言っている。流石のリリエラも驚いたらしい。
捜査の邪魔をしただけだったのか……いや、俺にとっては結果オーライなんだろうけど。
徒労感に肩を落とす俺をひとしきり笑い、リリエラは「ところでえ」と話題を変える。
「お兄さんはあ、何の魔族う?」
興味津々、といった眼差しで問いかけてきた。まあ、そりゃ聞かれるよなあ。
どう答えたものか。リリエラは上の指示で魔族を追っている魔族排斥派だ。クロアと違い、俺の協力を求めていることもない。こうして情報を共有してくるのが不気味なくらいだ。
細められた目、広角の上がった口、直角に近い首にふらふらと安定しない体勢。それら全てが何も考えていないようにも、深謀遠慮が巡らされているようにも見える。素なのか演技なのか、俺の人生経験では計れない。
「答える前に聞きたいんだけど、俺をどうにかしようとは思わないのか?」
「どうにかってえ?」
日和った聞き方をしたらすかさずつつかれた。言いたくないがはっきり答える。
「殺すとか、討伐するとか、退治するとか」
「滅するとかあ、排除するとかあ? それ全部同じだよねえ」
自分で言ってまた笑い、それが収まってから言った。
「私はあ、どうもするつもりはないよお。命令も街を騒がせてる魔族のお、調査だしい」
お兄さんはあ、騒がせてないよねえ……と言う態度は、やはり本当か嘘か分からない。
「ぶっちゃけるとお、私は『楽しい』が最優先なんだよねえ」
種明かしをするように、立てた指をふりふり振ってリリエラは言う。
彼女自身は魔族排斥に傾倒していないという。神殿騎士をやっているのも、それ以外に生き方を知らないし稼げるし、まあまあ楽しいから。キアネアを追うのも、彼女の影にいる存在を追うのが楽しいから。
俺のことは黙っている方が楽しいと判断した。だから放っておく。
混沌、という言葉が思い浮かぶ。まさに今見えているリリエラを言い表すのにぴったりだが……。
「いまいち信用できないんだよなあ、って思ってるでしょお」
「まさしく」
「けひっ。ひっどおい。これでも結構お、大きな秘密話したのにい」
捜査情報のことかと思ったが、両手の人差し指で両目を指差している。魔力を視認できる目は、彼女的に大きな秘密らしいが、
「さらっと明かされ過ぎて、秘密感が薄いんだけど……」
「ええー」
わざとらしくのけぞり、そのまま倒れそうなくらい不安定な体勢を取るリリエラ。
気の抜けたやりとりをしつつ覚悟を決める。
敵対されぬよう信頼関係を築くなら、今は明かす他にない。
「ヴァンパイアだ」
「えっ」
「だから、俺はヴァンパイア……うおっ」
のけぞっていた体を勢いよく起こし、思いきり顔を近づけてくる。今度は俺がのけぞらされた。近い近い!
笑顔が消え、驚き百パーセントみたいな顔でじっと見つめてくる。視線で穴が空きそうだ。
少しの間固まっていたが、
「けひっ、けひっ、けひひっひゃははっははは!」
今度は壊れたように笑い出した。近所迷惑も考えず腹を抱えて笑っている。
「騒がしくするなよ」
「いやあ、ごめっ、ごめんっ、けひゃ、ひっ、ひっ……」
口を押さえて痙攣しつつ、たっぷり一分以上は笑い続けた。……予想外すぎるリアクションだ。早まったかな。
はーっ、と息を漏らして顔を上げる。目尻に浮いた涙を指で擦っていた。
「いやあ、いっつも予想を越えてくるなあ、お兄さん」
「楽しんでもらえたようで何よりだよ」
楽しいことが最優先なら、これで味方になったと思っていいのだろうか。




