52 協力者
「は?」
リリエラから放たれた言葉に、その一文字だけ口から飛び出る。他は何も言えなかった。
とんでもないことを言った相手は、目の前で実に楽しそうに笑っている。俺のリアクションを楽しみ、次に何を言うかと待っている。
魔力が見える。それが事実なら、最初から全部見えていたということだ。
出会ってから一度も身体強化なんて使っていないことも。今の俺が魔力を隠していることも。
その上で、身体強化使ってるよね? とか言ってきたのか。
痒くもない頭をがりがりとかく。
「いい性格してんなあ」
「ごめんねえ。まあ、剣折られたお返しってことでえ」
「あれはそっちがしかけてきたんだろうが」
軽口を叩きながら、相手の出方を伺う。
一歩、足音もなく近寄ってきたリリエラに警戒を強める。顔を寄せ、囁くような声で言った。
「それでえ、わざわざ魔力を隠してるってことはあ、お兄さん、魔族?」
「そうだと言ったら、また斬りかかってくるか?」
首を盛大に曲げながらの質問に質問で返す。
彼女の腰元に目だけ向けた。装飾品のような細剣だが、恐らく実用性も兼ねているだろう。
「どう思うう?」
質問で返し返された。一貫して楽しそうな態度を崩さず、まともに話し合う気があるのか怪しくなってくる。
どう思うかと聞かれたら、答えは一つしかない。
「人通りも多いし、やめてほしいと思う」
喧騒は相変わらずだ。皆自分が楽しむことに精一杯で、道の端で顔を寄せ合う俺たちなど誰も気にしていない。猛スピードで逃げたスリ少女に対しても、ちょっと歓声が飛んだだけですぐ収まった。酔っ払いの頭は単純にできている。
ただそれも、刃傷沙汰となれば別だろう。騒ぎになると困る。
俺の答えを聞いたリリエラは、しばしにたにた笑いながらこちらを見ていたが、
「じゃああ、やめておこうっかなあ」
と言って身を引いた。
ほっとするには早い。何せ胸の内がさっぱり読めない。
「……いいのか?」
「こっちの剣まで壊されたくはあ、ないからねえ」
鞘を撫でながら、本気かどうか分からないことを言う。言外に「魔族を見逃してもいいのか?」と訊いたつもりだが、通じてんのかなこれ。
「ああでもお、代わりに一つう、お願いがあ」
首をふりふりさせながら、わざとらしい交換条件を持ち出すリリエラ。ちゃんと通じていたようだ。
頷いて促す。内容にもよるが、無条件で見逃されるよりはよっぽど安心できる。
「案内してほしいんだよねえ、キアネアちゃんの所までえ」
「キアネア?」
初めて聞く名前に首を捻ると、なぜか俺以上に首を捻ってリリエラは言った。
「さっきのスリの子だよお。追えるよねえ」
当たり前のように言われて少し驚く。確かに追えるが、そこまで見えていたとは。
先ほど首根っこをつかんだ際、コウモリを一羽少女の影に忍ばせた。俺の体の一部だが、見えない部分を削っているため傍目には分からない。そもそも一羽分の「欠け」など、小指の爪一枚分にも満たない。
コウモリは俺と感覚が繋がっているため、辿っていけば見つけられる。
逃がしてなるものか、と思った時に発現した。久々の勝手に吸血鬼能力だ! 吸血鬼化はこれが怖い。目立つような力でなくてよかった。
ちなみに本気で追跡しようと思っていたわけではなく、リリエラの登場で回収する隙がなくなった、というのが実情だ。
「構わないけど、どうして追いかけるんだ? 財布は取り戻したろう」
取り戻しても窃盗は窃盗ということか? 魔族は見逃して窃盗犯は追い詰める神殿騎士、というのも違和感があるな。
首をいっそうぐらぐら動かしながらリリエラは答える。
「結論から言えばあ、追った先に魔族がいるかもお、しれなくてえ」
「は?」
またとんでもないことを言われ言語野が止まる。そんな俺を見て、
「けひっ、けひひ」
とリリエラは笑った。ドレス姿には全く不似合いな笑い方は、しかしリリエラにはよく似合っている。脳がバグりそうだ。
衝撃的なことを言って絶句させるのはやめろと言いたいが、よく考えれば俺もバートン相手に同じことやってたな……。
並んで歩く。リリエラの靴はドレスに合わせた踵の高いミュールだが、歩き方に淀みはない。レティと歩く時のような、歩幅を合わせる気遣いすらいらなかった。
人波を抜け、段々と喧騒が遠ざかる。
予定とは全く異なる形での情報収集となった。魔族を追っている身としてはこれ以上ない情報源ではあるが、それもリリエラの言葉が真実ならば、だ。神殿関係者なのはクロアと同じだが、クロア以上に真意が読めない。
例によって間延びした口調で話すのを、油断なく聞く。
リリエラの所属する第一隊の主な任務は聖女の護衛だ。昨日出くわした時は、他の街からフォードカリアへの護送中だったらしい。
しばらくは辺境の街に留まるが、聖女の仕事が終わり次第また別の街へ向かう。
仕事内容や逗留期間についてはぼかされたが、嘘を見抜く聖女の仕事など、ろくなものではないと想像はつく。期間もそう長くはならないだろう。
……クロアが一服盛るなんて強行手段に出た原因はここにあるのか? 他の街へ行ってしまったら、流石に協力もしづらく……。
「いや待て」
「んん?」
思わず声が出て、リリエラの説明を止めてしまう。
「聖女が街を転々としてる? 昨日だけ、たまたま外に出てたとかでなく?」
「そうだよお。何かあ、変?」
当たり前のように問い返されるが、変に決まってる。それじゃあ、クロアはなんでフォードカリアで密偵をやっているんだ?
クロアとリィンは双子であることを利用し、日ごと入れ替わっているはずだ。同じ街にいるからぎりぎり成り立つそれも、遠く離れた場所じゃ不可能だ。クロアが旅人や冒険者ならともかく、ギルドの密偵じゃ街から自由には出られまい。
気にはなるが、リリエラに聞くわけにもいかない。考えても答えは出なさそうなので一旦胸にしまう。
「いや、それで?」
ごまかして続きを促す。俺が何かを隠しているのはバレバレだろうけど、にんまり笑っただけでつっこまれはしなかった。
「ええっとお、そうそう。だからこれはあ、聞いた話しになるんだけどお」
同僚からの話や風の噂によると、ここ数日、街で不可解なことが起きているらしい。
曰く、街の中で魔術をぶっ放して取っ捕まった魔術師がいるとか、領主の城に単身乗り込もうとした馬鹿者がいたとか、仲睦まじかった恋人が急に別れたとか。
「最後のはただの痴情のもつれじゃないのか?」
「急に女性の方があ、お腹をぶっ刺したらしいよお。前兆もなくねえ」
手を刃物を握る形にし、ぶすう、と言いながら俺の土手っ腹を刺す真似をしてけひけひ笑う。いや、絶対に笑うとこじゃないよね。
前兆もなしに、となると喧嘩をしていたわけでもないのか。なぜ急に。
「城に乗り込もうとした人はあ、前日まではあ、真面目な石工だったってえ」
石工って、石材を切り出す人だっけ。街で暮らしているなら、領主に不満でもあったのか?
そう聞いてみると帰ってきた答えは「ぜえんぜん」だった。
辺境を治める領主は人道的で、重税を課したり、労働者に不利な制度を決めたりなんてことは一切ないらしい。
「魔術師なんてえ、実力以上の術を使おうとしてえ、ぶっ倒れたらしいよお」
暴走した魔力で自らも傷ついて半死半生だとか。普通じゃない。
「全員に共通してるのはあ、急に人が変わったようなあ、性格になったってとこだねえ」
聞き覚えのある話だ。不自然な性格の変容。それは、
「呪術?」
俺の端的な指摘を、肯定も否定もせず笑う。
「へええ、知ってるんだあ。流石は魔族う」
「……言っておくけど、俺自身がかけたことなんてないからな」
信じるかどうかはともかく一応言っておく。むしろこれまでで一番使っている魔術が解呪だ! ほんとどうなってんだこの世界!
リリエラはにやにやしながら続ける。
今は全員が、なぜあんなことをしたのかと言っているらしい。バッシュたちと全く同じだ。
「でもお、呪術にかかってたなんて話はあ、一切出てこないんだよねえ」
「出てこない?」
性格が戻っているということは解呪されたということだ。この街で呪いが解ける者は、俺を除けば神殿の術師しかいない。レティは初級の魔術書を、それも途中までしか読んでいないはずだし。
「変でしょお、変だよねえ」
首どころか、上半身を左右に揺らしながらリリエラが言う。笑顔も相まって煽っているようにしか見えないが、俺を煽る意味はないし素なんだよな、多分……。
そして、彼女の言う通り不自然がすぎる。
神殿にとって魔族は絶対の敵だ。呪術はほとんど魔族の代名詞で、住人に呪術の痕跡があったら静観しているはずがない。
混乱を招かぬよう、住人に明かさないのはまだ分かる。ギルドと仲が良くなさそうなので、ギルドに隠すのもまだ飲み込もう。
でも、リリエラを含む構成員にまで伏せられているのはおかしい。
「術者自身が解除した?」
治癒術師が解呪する前にかけた術者が呪術を解けば、もしかすると隠匿できるのかもしれない。
「そうかもねえ。でも、そうじゃないかもお」
とりあえず「二つ目に」思いついたことを言ってみるが、返ってきたのは曖昧な言葉だった。その流し目が、それだけじゃないだろうと言っている。
促されるまま、やむなく「最初に」思いついた考えも口にした。
「……神殿と魔族が繋がってる?」
「けひっ、けひっ、けひひひ」
愉しそうに笑うリリエラに、今度は言葉に出してつっこんだ。
「笑うとこじゃないだろ、絶対」




