49 助け合ってこそ
カテリナや「狼牙」に関して聞けることはもうない。最後は、
「魔族の魔力を感知したら君にも伝えるわ」
というメルの言葉で締められた。
バートンのへ言伝としては、稀人の詳細と迷宮の封鎖の可不可、俺の立ち位置というか、「設定」をどうするかの相談を伝えた。
地図をどこで見られるかも聞いたが、どうやら地図の閲覧には制限があるそうだ。軍事資料たり得るからとのこと。ギルドマスターならかなり詳細な地図を持っているそうなので、それも合わせてお願いしておく。
メルは了承しつつも、迷宮の封鎖に関しては難しいと返した。
「発生した迷宮は速やかに潰さなきゃならないから……」
「まあ、だよなあ」
迷宮の封鎖など、魔獣の氾濫を促すようなものだ。ギルドとしては難しかろう。
発生を確認した時点で、ギルド間で情報を共有するのが義務となっている。調査の結果危険度が高ければ、他の支部や国と合同で迷宮を消滅させる。
いの一番に稀人魔族が飛び出してくるとは思っていなかったため、発生の報告は規定通り済ませているようだ。じきに冒険者にも公開しなければならない。今のところ、調査の名目で一部の冒険者にだけ明かされているらしい。
タルヴォスの言葉から想像した通りだ。
「タイチロウくんのことや、迷宮が地下百階もあるってことは伏せてるけど」
それも時間の問題だろう。調査が進めば深いことも知られるし、最奥が空なら誰が迷宮主なんだと騒ぎになる。そうなる前に、俺が死ぬことなく迷宮を消せる手を思いつくしかない。
バートンとジェイクが模索しているようなので、そちらに期待しよう。
「そういえば」
ちょっと引っかかったことを聞いてみる。魔族の魔力を感知したら教えてもらえるようだが、
「今日は魔族を感知しなかったのか?」
「ええ、昨日のタイチロウくん以降は何もないけれど」
本当に? と突っ込んで聞きたいが怪しいのでやめておく。
だがどうしてだろう。今日の昼下がりに俺は吸血鬼化したのに、それは感知されていない様子。
魔道具の中にいたからだろうか。魔力が遮断されていたから、とか? 聞いてみたいが、それを話すのはなぜ吸血鬼化したのかを話さねばならない。
……ふむ。
「ちょっと思いついたことがあるんだけど」
相談と検証を終えて下へ降りた。思いがけず長話になってしまった。
「タイチロウさん、メルさん」
「おう、お待たせ」
「お返しするわね」
寄ってきたレティに、メルは微笑みながら言ってカウンターへ戻る。所有物みたいな言い方をしよって。
帰る前に救護室に寄りたいと言うと、レティは小さく首をかしげた。
「でも、聞き取りも終わってモーグさんは寝てしまったみたいですよ?」
それは好都合。
レティも連れ、戸を開けて救護室へ。診察用の机と薬品棚、二段ベッドがいくつか並んだだけの簡素な部屋だった。
明かりは消えていた。俺は問題ないが、レティはろくに見えていなさそうだ。患者が寝ているなら明かりを灯すわけにもいかず、申し訳ないが手を引かせてもらう。
「あっ……」
不意に手をつかんだら小さく声を上げた。先に何か言えばよかったか。
ゆっくりと室内を進む。入り口近くのベッドの下の段に、モーグは横たわっていた。穏やかな寝息を立てて静かに眠っている。ギルドに運ばれてきた時の、痛みと死の恐怖に歪む顔とは打って変わって安らかだ。若いとは思っていたが、寝顔は子供にしか見えない。
寝かされているのはモーグ一人だけのようだ。バッシュたちは他の場所に隔離されているのか、あるいはまだ取り調べが続いているのか。
「……タイチロウさん?」
かなり抑えた声でレティに呼ばれる。考え事は後にするか。
両手をそれぞれレティとモーグに向け、小声で唱える
「ディスペル」
「えっ?」
手のひらから漏れた光が二人をそっと包む。だが二人から、「狼牙」を解呪した時のような煙は上がらない。
レティとモーグは呪術をかけられていなかった。クロアが言うには、光術適性を持つレティシスに呪術をかけるのは難しいとのことだが、なぜモーグも?
また考えにふけりそうになるが、ひとまずは救護室を出ることにした。不安げに瞳を揺らすレティにも、説明が必要だろう。
メルに挨拶してギルドを後にする。時刻は昨日よりやや遅いくらいか。ギルドから住宅地への道には、やはり人通りはほとんどない。
「夕飯はもう食べたのか?」
「はい。本当は、タイチロウさんを待とうと思っていたんですが……」
少し申し訳なさそうに言う。早寝早起きが基本のこの世界、夕食の時間も早い。メルに誘われ、既に食事は済ませたらしい。もちろん何の問題もない。本来食事は必要ないし。
メルに連れられた店は美味しかったそうだ。そう言えば朝、いい店を知っていると言っていた。そこだろうか。
しばしよもやま話に興じていたが、会話が途切れて沈黙が降りた。数瞬の間を挟んでレティが言う。
「あれは……解呪の治癒術、ですよね?」
「……ああ」
知っていたか。上級の術まで把握しているとは。
意外な驚きが顔に出てしまったのか、こちらを見てくすりと笑う。
「お母さんが使っているところを見たことがあります。もちろん、その時はちゃんと詠唱していましたけど」
後半は苦笑しながらだった。無詠唱はやっぱり異常か。
「念のためかけただけだ。君とモーグはなんともなかったよ」
「でも、呪術をかけられた人がいたんですね」
沈んだ面持ちで言い切るレティ。一日ギルドにいたのなら、バッシュたちが運ばれてきたのも知っているはずだ。誰がかけられたのか、既に察しているのだろう。
自分が置き去りにされた裏に、悪意を持った魔族の影がある。心中穏やかにとはいかない。
本音を言えば何も知らせないままでいたいが、それは彼女への侮辱になる。
「これまで聞いた話をまとめると、カテリナが怪しいと俺は思ってる」
できるだけ重苦しくない口調を心がけたが、それでもレティは息を飲んだ。
「調査から戻ってすぐ、行方をくらませているらしい。……知ってたか?」
信じられない、という顔で首を振る。メルは話さなかったようだ。
何かを言いかけ、開いた口から吐息だけが漏れる。それでも何かを伝えようとするレティを、ただじっと待つ。
「カ……テリナさんは、優しくて、お姉さんみたいな人で」
「ああ」
「ギルドで会ったら、いつも挨拶してくれて。困ってたら、声をかけてくれて」
「うん」
「静かに笑う人だけど、全然、暗い感じはなくて、むしろ暖かい人で」
「そうか」
カテリナというのがどういう人物か、思えば初めて耳にした。魔族、呪術師、敵。そんな印象ばかり見ていて、彼女というパーソナリティに目を向けていなかったと、そこでようやく気づく。
「だから……」
相槌を打って聞いていたが、レティはそこで言葉を詰まらせてしまう。だから、ともう一度口にして、同じように言葉を詰まらせた。
俺の顔を見上げ、目が合ってぱっと逸らす。その一瞬の表情と瞳で、彼女が何を言いたいのか分かった。
それを口にしていいのか、と葛藤しているのも。
「なあ、レティ」
呼ばれたレティは、こちらを見ようとせずうつむく。叱られている子供のように。
「力になる、って言ってくれたろ?」
「……えっ?」
思いがけないことを言われ、ようやくこちらに顔を向ける。
人と魔族のどうしようもない溝にへこんでいた時に、励ましの言葉をくれた。どれほどわしゃってもわしゃり足りないくらい嬉しい言葉を。
「俺だってそうだ。俺に出来ることなら力になりたい」
目を見開く。そんなに驚かれても困る。
一方的に助けられるつもりなんてない。俺なんかに遠慮するな。
「言ってくれ、レティ」
足を止め、真っ直ぐ目を見て訴える。レティは震える吐息を吐き出した。今度は、泣くのを堪えている子供のようだと思った。
うつむき加減に二、三度呼吸を繰り返し、こちらを見た時には震えは止まっていた。目に力が宿っている。
「わたし、カテリナさんを疑えません。会って、話したいと思っています。……力を貸してくれませんか?」
もちろん。助け合ってこそ人間だ。




