47 不穏な気配
ひとしきり癒されたとこでカウンターに向かった。横ではレティが乱れた髪をくしくしと直している。
彼女の安全を思えば距離を取るべきなのだろうけど、それは一旦保留にした。どの道、人として生きていくなら人との関わりは絶てない。神殿や呪術のこともあるし、問題が解消されるまでは側にいた方が守りやすい。
「ただいま」
「はい、おかえりなさい」
戻ったことを報告したら、メルに呆れた目で言われてしまった。まあ、入り口ではしゃいでるとこ見られてたからなあ。
「あう……」
また恥ずかしくなってきたのか、レティが顔を赤くする。
「女の子の髪を乱暴にしちゃ駄目よ?」
「うっす」
素直に頷く。痛んだりしても治癒術でなんとかできそうだが、そういうことではないだろう。
「急なんだが、バートンさんはいるか?」
カウンターに少し乗り出し、顔を寄せて聞く。相談したいことがいくつかあった。
だが、メルは申し訳なさそうな顔をする。
「残念だけど、この時間はもうギルドにいないのよね」
そういえば昨日も夜にはいなかった。忙しいとのことだが、むしろ忙しいならギルドにいるのでは? と思ってしまうが……。
よく考えれば、ギルドマスターの仕事内容も知らないのだ。いないというなら仕方がない。
「伝言なら承るわ」
「んー……」
周囲にそっと目を向ける。夜なので人は少ないが、その分声は通りそうな気もする。内容的に、こんなところで話していいものか分からない。
俺の目線に気づいたのか、メルは「ちょっと待ってて」と受付の椅子から立ち上がった。後ろの職員に交代を申し出て、こちらに戻ってくる。
階段を指差す。
「行きましょう」
「悪いな」
「いいえ。ちょうど、わたしも話したいことがあったから」
三階のマスター室ではなく、二階の会議室のような部屋へ通された。広さに違いはないが、大人数が座れるように椅子と長机が正面を向いて並んでいる。前世で何度も見た形だ。世界が変わっても、こういったフォーマットに大差はないらしい。
レティはこちらが何か言う前に「それじゃあ、わたしは下で待ってますね」と言って受付に残った。今はメルと二人だ。
「いちゃいちゃを見せられる側にも立ってもらいたいわ」
「失礼な。癒されてただけなのに」
飽くまでアニマルセラピーのようなもので、邪な気持ちは一切ない。
そう力説すると、むしろ呆れの色を深めた。
「それ、本人には言わないようにね」
承知している。ペット扱いされて喜ぶ人間はいなかろう。
「それで、話したいことって?」
適当な椅子に座って聞く。言伝の前に、向こうの話をうかがうことにした。
「お昼頃『狼牙』の四人が運ばれてきたのは知っているでしょう?」
「えっ」
運ばれてきた? ギルドに?
「? あなたと話している最中、呪術で倒れてあなたが解呪した……ってクロアちゃんには聞いてるけど」
「あ、ああ」
不思議そうに小首をかしげるメルに、戸惑いながらも頷いて返す。
バッシュたちを運んでいったのは神殿ではなかったのか? ギルド職員に扮した神殿側の人間ではなく、本当にギルド職員だったらしい。
それと、当たり前のようにクロアの名前を出したのも気になる。俺が彼女を知っている前提、みたいな言い方だが、どういった報告をしたのだろう。
どう聞くか悩んでいると、メルがふふっと口を押さえて笑った。
「一緒にご飯も食べに行ったんでしょう。ご馳走してあげました、って言ってたわよ」
絶句する。確かに最終的に支払いはクロアというか、レストラン持ちにはなった。当たり前だ。毒入り料理に金まで請求されたら流石に怒る。それをまあ、よくもぬけぬけと。
内心で引いていると、メルがはっとした顔をした。うつむき加減に言う。
「その、ごめんなさいね? クロアちゃんのこと」
薬を盛られたことか? いや、あれは神殿関連だから知るはずないよな。
何が? と首をかしげてみせると、申し訳なさそうな顔のままメルは言った。
「疑うつもりはないけど、立場上どうしても見張りをつけないわけには、ね?」
そっちか。
「自分の立場は理解してるさ。むしろない方がおかしい」
「ありがとう」
気遣う気持ちもないではないが、概ね本音だ。探られても困ることはない。むしろ探る側が神殿と通じているのが非常にちぐはぐだ。
おたくの密偵、神殿のスパイですよとバラしても得はないので黙っておくけど。
「それで、バッシュたちがどうかしたのか?」
「彼らにかけられた呪術の痕跡から、魔族の魔力を検知したわ」
密室だが、声を潜めてメルは告げる。十中八九魔族の仕業なのは分かっていたが、これで確定か。
一応、後でレティとモーグにもディスペルをかけておきたい。その旨を伝え、メルからも了承を得る。
「念のためだけど、俺じゃないぞ」
自分から言うのは怪しいが、一応弁明しておく。メルは「わかってる」と薄く笑んだ。
「私もマスターも君を疑ってはいないわ。タイチロウくんとは魔力の波長も違ったし」
ありがたい後押しだが、俺の立場じゃ疑われた時点でアウトだろう。神殿や他の冒険者に糾弾されたら、バートンやメルでも庇いきれまい。
そしてクロアの言う通り、メルは個人の識別もできるらしい。逆に言えば、俺が何かやらかせばバレバレということでもある。
大人しくしていよう。
「どのタイミングで呪術をかけられたと思う?」
「普通に考えれば……街の外に出た時だけど」
考えながら、慎重にメルは話す。街に魔族は入れないので、呪術を仕込むなら街の外でしかあり得ない。
「でも、人に紛れられる魔族なら?」
「君みたいな魔族が、そうそういるとは思いたくないわね」
可能性としてなくはないが、滅多にあるものじゃないらしい。そうでなければ結界が結界として機能しない。
クロアが似たようなことを言っていたと思い出す。結界がある以上、カテリナは魔族であることは「普通に考えれば」あり得ない。
「そういえば、カテリナは? その人も迷宮の調査にいたんだろう」
名前が浮かんだので聞いてみる。彼女が犯人かそうでないかはともかく、「狼牙」と行動を共にしていたのだ。ギルドが追っていないはずがない。場合によっては呪術の被害者になっている、なんてことも考えられる。
話を聞ければと思ったが、メルは険しい顔になった。嫌な予感がする。
話すべきか迷いつつ、躊躇いがちに口を開いた。
「彼女は、調査に戻ってすぐ行方がわからなくなっているわ」
問題がまた増えた。まったく、話題に事欠かない街だ。




