46 慰め日和
「赤雷」のパーティハウスを出て歩く。日は沈みかけており、街は夕日に染まっていた。もうそろそろ門の閉じる時間だろうか。
仲良くなれそうな親切な先輩は、魔族絶対殺す主義だった。それも神殿以上の過激派で、ギルドのトップを虎視眈々と狙うくらいの周到さ。
彼らは皆、各々が魔族に恨みを持つ集まりだった。グラスマリー以外の三人も、暗い過去を持つのは間違いない。C級まで登り詰めたのも、ひとえにその執念の力と言えよう。根底に恨みつらみがあるなら説得は難しい。
レティやメルやバートン、なんならクロアも計算の上とはいえ、魔族の俺を受け入れてくれた。そのせいで少し油断していたのかもしれない。誰もが受け入れてくれるわけじゃないと、分かっていたはずなのに。
「人間のつもりなんだけどなぁ……」
言い訳がましいことを呟いてみても、現実は何も変わらない。
タルヴォスの言い分も分かる。分かってしまう。
例えば今、親切なふりをした魔族がレティに近づいたとして、彼女はどんな対応を取るだろうか。
元々人の良い少女だが、俺という魔族を知った今、より人と同じように接するのではないか。
俺がいたせいで危機にさらされる。……友好的な魔族というのは、いるだけでそういうリスクを孕む。
だからと言って根絶やしにするなんて。
そう思うのは多分、元の世界の感覚のままだからだろう。
会話のできる相手、コミュニケーションの取れる相手ならば話せば分かる。分かり合えずとも、お互いに距離を置いてトラブルを防ぐことができる。少なくとも、話し合う余地のある相手を問答無用で打ち倒そうとは思わない。
でもそれが、街一つを滅ぼせるような怪物なら? 相手のちょっとした気まぐれで、こちらの首が捻じ切られるかもしれない。そんな相手と親しくなろうと思えるだろうか。
常に刃物や拳銃で武装している……どころではない。元の世界では例えられないだろう。
この世界における魔族は、厄介な隣人という枠を余裕で越える。それを理解しきれていなかった。
失念していたのは、俺自身が力を行使する側だから。
……いい加減、自分の普通でなさは自覚している。金貨三〇枚の剣を砕き、D級パーティを軽くのし、薬だって半端な量では効果も出ない。
人化した状態でなおその力を発揮でき、吸血鬼化したら人類が滅ぶとまで言われる。
不死の怪物、吸血鬼。
力を持つものの余裕。また、クロアの言葉が頭を反芻する。考えても仕方がないと分かっているのに。
心なしか足が重い。薬は抜けているはずなので、これは気分の問題でしかないと分かっている。
今はギルドに向かっている。パーティハウスを出る際、タルヴォスは近くに乗り合い馬車の停留所があると言った。俺が歩きたいというと、大まかな方向を教えてくれた。
会話の締めには「まあ、魔族と戦うも戦わねえも今は考えるな。もし会っても全力で逃げろ」と助言された。
とことんまで親切な男だ。魔族への敵対心だけでなく、ああいった面倒見のよさも彼の側面なのだと思いたい。全てが打算ではないはずだ。
ギルドへ戻ってきた頃には日が沈んでいた。扉を開けて入ると、受付にいたメルが「あ」と気づいた。メルと話していたレティが振り向き、にこやかな顔で駆け寄ってくる。
「タイチロウさん!」
「よう、何もなかったか?」
ついそんな聞き方をしてしまう。こっちはいろいろあり過ぎた。
「はい。モーグさんも意識が戻って、今は救護室でギルドの人と話しています」
とりあえず、レティもモーグも呪術の効果は表れていないらしい。二人には、後でこっそりディスペルをかけておくべきだろうか。
モーグの口からレティ失踪の件が語られるだろうが、事は冒険者を罰して終わりという話じゃない。バッシュたちにかけられた呪術に、未だ正体の知れぬ魔族。E級魔術師、カテリナの動向も気になる。
神殿の監視や、それとは別のクロアたちの狙い、迷宮の調査と「赤雷」の動き。俺個人に絞っても問題は多い。
「あの……タイチロウさん?」
「うん?」
山積みな問題にげんなりする気持ちが、顔に出てしまったようだ。レティが気遣うような目で呼びかけてくる。
「何か、ありましたか?」
俺の問いかけをほぼそのまま返された。ただし、何かあったのだと確信している聞き方で。
「いや、何も」
「……そう、ですか」
平静を装って返したが、安心させる効果はなかったようだ。
話題を変えようと口を開く。
「そういえば夕飯は」
「あの!」
その途中ではっきり遮られた。両手をぎゅっと握り、俺の目を見上げるように真っ直ぐ見る。
「わたし、味方ですから。頼りないかもしれないですけど、困ったらお力になりますから!」
決意の込められた言葉に、呼吸が止まる。人だった時の習慣でしているだけの、元々必要のない呼吸だが。
少し恥ずかしげに顔を赤らめ、やや前のめりだった体を戻して続ける。
「ですから、その、一人で抱え込まないでくださいね。『話すだけでもすっきりする』って、お母さんもよく言ってましたし」
「…………」
「あ、わたしだけじゃなくて、メルさんとか、ギルドマスターだって……いえ、むしろお二人の方が力になれるかもしれませんが」
しどろもどろになっていくレティの頭を、撫で回すようにわしゃわしゃした。
「ひゃああああああああ!」
「ひゃああああああああ!」
「なんで真似するんですかあ!」
怒られた。レティの叫びをぶっつけで真似ただけなのに。
恥じらいで顔を真っ赤に染めている。俺の手を離れ「ううー……」と唸り声を上げながら髪を押さえた。
「ごめん、誓ってもうやらないから」
軽く手を合わせて謝る。もちろんまたやろう。
思いっきり茶化してしまったが、それくらいは許して欲しい。
何せ、全く言い訳の余地もなく慰められてしまったのだ。茶化さずにはいられなかった。どうしてこうも、欲しいときに欲しい言葉をくれるかね。
ただまあ、それだけじゃあまりに礼を欠くというものか。
「レティ」
「はい?」
「何もなくはなかったけど、ちょっと自分で整理したいんだ。手に負えなくなったら助けてくれ」
何せどこまで話していいかも分からない。
俺の頼みを聞いたレティは、少し考え、ちゃんと飲み込んでから頷いた。
「はい。でも、手に負えなくなる前に相談してくださいね」
手櫛で直しただけの、少し乱れた髪のままそう答える。当然、と言わんばかりの表情で。
嬉しくて、うっかりまた両手が伸びた。わしゃわしゃ。
「ひゃああああああああ!」
「はっはー、二度はないと油断したろう」
「しましたあああ!」
撫でられながら、律儀に答えるレティ。油断はよくない。もう少し、魔族の恐ろしさを刻み込んでおこう。
「仲良いわねえ」
メルの呆れたような声を、俺の耳だけが聞き取った。




