45・5 赤き雷(タルヴォス)
タイチロウを見送り、居間へと戻る。俺はまあまあ楽しかったが、もう来ないだろうという予感がある。
変わった男だった。最初に見かけた時との印象は、今はかなり違っている。
初めは冒険者らしくない男だと感じた。向いていないとも思い、辞めるように勧めた。どんなヤツにだって死ねば悲しむ者がいる。
細い体に青白い顔は戦う者の見た目じゃないし、何より金への執着が薄いのが致命的だ。稼いだ金で装備を整えることは、そのまま自分の命を繋ぐ。
遊びに使ったっていい。いい物を食って、いい酒を飲んで、いい女を抱いて……そういう経験が、次の冒険の活力となる。
だから冒険者は金に意地汚くなきゃいけない。自論だが、D級以上で生き残っている面々には概ね共通している。
金貨をスリ取られて「まあいいか」では長生きできないだろう。
仕立てのいい服を見るに、金に困ってはなさそうだ。困ったことすらないのかもしれない。さっさと引き返して安全な道を進んだ方がいい。
だがタイチロウは冒険者を選んだ。
二度も止めてやるほどお人好しではない。だが初心者用の武具点を目指していたので、ちょっと修正してやった。後はあいつ自身だ。訓練室で出くわしたら、ちょっと稽古をつけてやるくらいはしてやろうか……なんて考えていた。
グラスマリーの誘いについてきた時も、こいつ肝が太えなあくらいにしか思わなかった。上の誘いを断るのが暗黙の了解みたいになっているが、俺たちとしては来るもの拒まずだ。
まああいつに関しちゃあ、そんな暗黙の了解も知らなかったようだが。
明確に変わったのは、俺たちの思想を話した後か。
別に隠しちゃいないが、ギルドと俺たちの魔族に対する考え方は異なる。向こうは表向き保守的で、その実利用できるものは利用するスタンスだ。
俺たちの賛同者はあまりいない。今の時代、魔族に命を奪われる者は多くないからだ。ほとんどの冒険者がギルド寄りか、せいぜい中立なのがもどかしい。
だが、真っ向から否定してくる相手はそういない。等級が下なら尚更だ。
そのはずが。
ギルドの方針とは違う。そんな言葉を皮切りにしっかり反論してきたのだ。登録したてのG級が、C級相手に堂々と。
その顔からは驚きや戸惑い、恐れなんかも読み取れたが、空気に呑まれている様子はなかった。
「軽く威圧してやったのにな」
ぽつり、とこぼした言葉をロットンが拾う。
「ただの新人とは思えません」
眼鏡を拭きながら言い、うつむいて前髪をよけながらかけなおす。いつ見ても邪魔くさそうだが、こいつは散髪を嫌がる。
それはともかく、俺も全く同じ感想を抱いていた。ただの新人なら、軽い威圧でも息くらいは荒らげているはずだ。あいつは気づいてすらいなかった。
肝が太い、なんて言葉では片付けられない。
二度目に会った時、投げた男があいつに当たった気がした。その時は見間違いと思ったが、今は本当に当たっていたのかもと思っている。
「でも、やっぱ戦えるようには見えねえんだよなあ」
「あいつ自身が魔族なんてオチはないでしょうね」
すっかり冷めたお茶を飲み干してつまんなそうにカノンが言う。まさか、と笑う前にグラスマリーが答えた。
「んー、魔力の感じは人間だったと思うよ? でも……」
「でも?」
言い淀むグラスマリーにカノンが促す。
「魔力の量はかなり多いと思う。……多分、カノちゃんよりも」
「おいおい、マジか」
グラスマリーが言うなら本当だろうけど、つい言葉が出てしまう。カノンと、傍目には分かりづらいがロットンも驚きの表情を浮かべていた。
訓練されたC級魔術師より魔力が多い? 何者だよあいつ。
魔力に関してエルフが間違えるはずがない。人間なのも、魔力が多いのも事実だろう。
「魔術を使うなんて聞いてねえけどなあ」
「武器もナイフだけだったね」
「あれも今日買ったやつだ。戦い方は素手とか言ってたぜ」
その体でと思ったが、身体強化ができるならある程度は戦えるのかもしれない。防具がないのも、魔力にモノを言わせて防いでいるからか?
でも、それならそうと言えばいいはずだ。戦えることを隠すためだけに、武器や防具を用立てたりするだろうか。
「そう言えば」
ふと、思い出したように顎に手を当ててロットンが言う。
「ギルドに治癒術の使える新人が現れた、と小耳に挟みました」
「治癒術だあ?」
予想だにしない言葉に、調子っぱずれな声が出る。
曰く、昨晩自称治癒術の使える男が訪れ、しかし登録はせずに帰ったのだと言う。
「なんだよそのハチャメチャな話は」
「詳細があまりにつかめず、ただの冗談だと思っていました」
「それがタイチロウだってのか?」
「そこまでは分かりませんが」
どうにもはっきりしない。だからこそ、今まで話題にも上げなかったのだろうが。
グラスマリーが首をかしげながら言う。
「治癒術師さんといたのも、その関係かな?」
「魔術について伏せているのは、ギルドの指示かもしれません」
「治癒術を使えるって知れたら騒ぎになるからか?」
おいおいなんだよ、辻褄が合ってくるな。ちょいと想像が行きすぎている気もするが……。
はぐれの嬢ちゃんが、どうやって洞窟から生還したのかは伏せられている。ギルドからは「帰還したため捜索は中止」としか言われなかった。救ったのがタイチロウで、治癒術に関連するからと思えば……。
と、それまで黙っていたカノンがうろんげな顔で、
「魔術師なら、杖は必須なはずよ」
立てかけてある木の杖を横目で見ながら言った。伝導性だか魔力効率だか、詳しくは忘れたが、杖は魔術の行使に重要な役割を持つと話していたのを思い出す。
以前カノンは「杖を持たずに魔術を使うのは、素手で魔獣を引き裂くようなもの」と言った。それだけ効率が悪く、不確実なものになると。
裏を返せば、馬鹿げた魔力量なら使えなくもないということだ。だがそれだって、わざわざ無駄遣いする意味はない。
魔術と剣術を併用する使い手もいるにはいる。ただそういう手合いは剣の他に杖を持っていたり、剣が杖代わりになったりと、杖の役割は欠かせない。
タイチロウが買っていたのは普通のナイフなので、それもない。
「エルフの血が混ざってるってこともねえよな?」
「絶対ない」
即答だ。俺の疑問にグラスマリーはふるふる首を振る。エルフなら杖なしでも精霊魔術が使えるが、同族の魔力に気づかないわけがない。
そもそもハーフやクォーター程度じゃ純粋なエルフに及ばない、か。
「ふっしぎー」
グラスマリーが楽しそうに言う。
「明日にでも問い詰めてみるべきでしょうか」
「やめとけ」
思案げなロットンを止める。力がものを言う世界だ。脛に傷を持つ者は少なくない。
あれこれ話し合うのは勝手だが、本人に詮索はしない。それがルールだ。
「私たちに意見してくるくらいですよ。彼自身が魔族でないにしろ、動向くらいは把握するべきでは?」
「必要ねえよ。障害になるなら……たたっ斬ってやるだけさ」
そうだ。魔族は殲滅する。邪魔するヤツは斬る。
俺がタルヴォス・「タルヴォット」になったあの日にそう決意した。それは何も変わっていない。




