45 暗い瞳の行く先は
魔族を根絶やしに。そんな物騒なことを言ったタルヴォスの言葉を「赤雷」の面々も否定せず、むしろ沈黙をもって肯定している。
感情の分からない顔でカップを持つロットンも、尊大な顔で肘かけにもたれているカノンも、なぜかにこにこ笑っているグラスマリーも。
同じ思想を持っていると言外に示していた。
タルヴォスは暴力的な笑みで俺の答えを待っている。なんてな、とか言ってごまかしてくれたらありがたいのに。
「……ギルドの方針は違うようだけど」
G級の発言としては不自然かもしれないが、口をついて出たのはそれだった。タルヴォスは特に気に留めなかったようで「それなー」と天井を仰ぎ見る。
「いい魔族なら協力できる、ってのが今のトップの考えだ。……ほんっと、邪魔くせえ」
ギルド所属の冒険者としては危うい発言だ。それだけに本気度合いが垣間見えるが、まだ底は分からない。
地雷原を歩くような気分で質問を重ねる。
「でも実際そうじゃないか? 戦わずに済むなら、その方が安全じゃないか」
「いいや」
俺の言葉にきっぱりと首を振り、考えてもみろよ、と続ける。
「魔族と相対した時に『この魔族はいい魔族かな悪い魔族かな』なんて考えてられるか? 相手は自分を殺す力を持ってるかもしれねえんだぞ」
「でも、だからって対話できるかもしれない相手も切り捨てるのか? 問答無用で」
「いねえよ、そんなヤツは。いねえと思わなきゃ駄目なんだ」
俺の反論を、それこそ切り捨てるように断じるタルヴォス。その態度は頑なで、まるで揺らいだ様子もない。
つけ足された言葉にも、自信に言い聞かせるような含みはなかった。ただ事実を語っているだけ、そんな語調だ。
「エルフという種族は」
唐突に横から、こちらに目を向けずにロットンが言う。
「弓の腕前と精霊魔術に長けています」
「精霊魔術?」
「人のそれとは体系の違う魔術だそうですが……」
言いながら、グラスマリーに目を向ける。見られたグラスマリーは、一つ頷いて説明を引き継いだ。
「精霊の声を聞いて、助けてもらう……力を貸してもらうって感じかな。いろいろできるよ、怪我を治したりとかも」
治癒術と同じことができる? それが本当なら、冒険者としてはかなり有利だろう。
いろいろ、の範囲が分からないのでなんとも言えないが、自慢げな態度からして応用は効きそうだ。基本的に一つしか属性を持たない人間より、魔術的に優れているのは間違いない。
「腕力こそ人に劣りますが、戦闘能力においては並の冒険者を凌ぎます。特に森では手も足も出ないでしょう」
「エルフが強いってのは分かったけど」
それがなんだというのか。続く台詞はロットンの言葉で止まった。
「グラスマリーさんの故郷を襲撃した魔族は、単独でした」
眼鏡をそっと直しながら静かな声で言う。その内容と、前髪の隙間からのぞいた眼の鋭さに息を飲んだ。
大多数のエルフは森で暮らしている、と先ほどロットンは言った。ならばグラスマリーの故郷も、やはり森の中だったのだろう。
その故郷が攻め滅ぼされた。森でこそ力を発揮するエルフがーーたった一体の魔族に。
「魔族ってのはそれだけ脅威的で、躊躇っちゃいけないのよ」
呆然としている俺に、カノンがそうまとめる。
個の力が強大なこの世界で、油断や逡巡は文字通り命取りになる。
故に、友好的な魔族はいてはならない。本当の敵に対しても、油断や逡巡を生むから。
「俺たちが安心して生きられる世界にはな、魔族なんていちゃいけねえのさ」
俺の考えたことを補強するようにタルヴォスは言った。
魔族は全て敵とみなす。それはまるで……。
「神殿みたいな考え方だ」
俺の感想にタルヴォスは、はっ、と笑いをこぼした。全く面白いとは思っていない笑い方だった。
「どうして冒険者に?」
つい、疑問を投げかけてしまう。そんな主義なら、なぜ冒険者をやっているんだ?
「我々が神殿寄りなのは事実ですが、あちらは攻め込まれた時を想定して備えているだけですから」
「ぬるいんだよ」
ロットンとタルヴォス、双方ともギルドへの呆れや物足りなさを感じさせる言い方だ。魔族への敵愾心はどうあれ、防衛に徹している神殿と積極的に滅ぼしたい「赤雷」では、微妙に思想が異なるらしい。
というより、方針だけで言えば神殿よりも過激だ。神殿がマシに思える考え方が存在するなんて。
「俺がギルドのトップに立てば、考え方だって変えられるかもしれねえ」
ぱん、と自分の手のひらに拳を打ちつけてタルヴォスが言う。予想外な言葉に内心で首を捻る。ギルドマスター? いや、もしかするとそれを束ねる存在か。ギルドのトップに立って、魔族と戦うつもりなのか?
「言っちまえば、貴族になろうってのもその手段さ」
「貴族が……手段?」
バートンはともかく、副マスターのジェイクは男爵家の三男だった。貴族の権限は、ギルドで登り詰める力になるのかもしれない。
冒険者としての活動も、迷宮に潜る目的も、新人へのお節介も、全ては魔族を滅ぼすためなのか?
魔族を恨んではいても、無闇に突っ込んで玉砕するような真似はしない。一歩一歩、リアルに滅ぼす道を選んでいる。
それが却って恐ろしい。
「ま、成り上がりてえってのも嘘じゃねえし、ロマンを感じてるのもホントだ。戦うためだけに戦ってたら疲れちまうしな」
言葉を失う俺におどけて笑う。ただ、それが本音だとはどうにも思えなかった。今も瞳に宿る暗い光が、受け入れることを拒否している。
「明日の迷宮で、いい感じの武器でも落ちて欲しいもんだ」
「あたしは魔術書が欲しいわね」
「火ならカノちゃん用で、他は売却?」
「光術の本が落ちれば、活動資金として申し分ないですね」
一見、和気あいあいと希望を語る「赤雷」の四人。だがその目的を知った今、そんなやり取りですら不気味に映る。
なあ、と知らず声をかけていた。
「なあタルヴォス。……いったい、あんたに何があったんだ?」
問いかけると一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに口を歪ませた獣のような笑みになった。
「詮索はしねえのがルールだ」
そう言われては、これ以上問い詰めることもできない。抱える秘密は、多分こっちの方が大きい。




