44 共通点
注意されてしょげているグラスマリーの、長い耳がぴこぴこと上下に揺れている。つい目を向けていると、タルヴォスに指摘された。
「エルフを見るのは初めてか?」
「ん? ああ」
やっぱりエルフなのか! という驚きを飲み込んで答える。
ギルドでも街の中でも、彼女のような種族はいなかったように思う。耳を隠していたら分からないけど。
「だろうな。人里にいるやつは少ねえし」
「大多数は森で固まって暮らしてますから」
タルヴォスがやっぱりかと頷き、ロットンがつけ加える。都市部においてエルフは希少らしい。
自分の話題が嬉しいのか、えへへー、とグラスマリーの口元が緩む。耳がまたぴこぴこ動いた。嬉しくても動くのか。
また目で追っていると、目線に気づいたグラスマリーと目が合った。やや顔を赤らめ、両耳を隠しながら、
「えへへ、えっちー」
と言われる。え! 耳を見るのってえっちなのか!?
異世界トラップを踏んだような気分になっていると、タルヴォスがにやにやした顔で言った。
「触ってみようだなんて考えるなよ?」
「駄目なのか? ……メルさんは触ってみろって言ってくれたのに」
「なにぃ!?」
からかうような口振りだったタルヴォスだが、俺の呟きに驚いて立ち上がる。
「さ、触ったのか!? 耳……メルさんの耳に!」
「いや、条件に三食昼寝つきって言われて終わったけど」
正しくは、交渉中にレティが割り込んでうやむやになった。
というか、俺もメルも冗談で言っていただけだ。メルとて、本気で初対面の相手に触らせようと思っていたわけじゃないだろう。
「そうか……」
タルヴォスは、俺の答えに安心したように腰を落ち着ける。
ちょっとした軽口のつもりだったのに、思った以上の反応でこっちが驚かされた。
「もし本当に触ってたら、俺はお前を斬らなけりゃならんところだった」
なんでやねん。真顔とマジトーンでふざけたこと言うタルヴォスに心の中でつっこむ。異世界一年生相手に、本気か冗談か分からない発言はやめて欲しい。
グラスマリーがけらけら笑っていたので、多分冗談だろうと捉える。
「メルさんって人気なのか?」
「そりゃそうさ! あの愛嬌と優しさ! あの美貌! そして何よりあのスタイル!」
美人て肉感的だとは俺も思った。タルヴォスの寸評も概ね同じだし、美醜の基準に世界の垣根はないようだ。
「依頼終わりで報告に言って、メルさんがいると癒されるんだよなぁー。俺はあの瞬間のために働いてるのかもしれん」
ビールのために働くサラリーマンみたいなことを言い出した。思った以上にメルに入れ込んでいるらしい。
美人さならグラスマリーも。愛嬌ならカノンも負けていないと思うがどうなのだろう。気にはなるが、口に出すのは憚られる。やっぱりパーティ内でそういうのはご法度なんだろうか。
「高嶺の花ね」
馬鹿馬鹿しい、という気持ちを全面に出してカノンが言う。
「うるせえな、ぺったん娘は黙ってろ!」
「ぶっ殺すわよ!」
立ち上がってにらみ会う二人。あっという間に火がついた!
ロットンが顔を覆っている。日々、こんなやり取りを仲裁しているのかと思うと頭が下がる。
「そういや、明日は早いのか?」
しばしのんびり話したところで、タルヴォスがふとそう言った。
「本来、日中にその話をするつもりだったんですけどね」
ため息混じりにロットンが答え、顔をしかめたタルヴォスが「悪かったって」と返す。
「明日? 何かあるのか?」
冒険者らしく、依頼でも受けるんだろうか。そう思ったが、答えは意外なものだった。
「迷宮だよ」
「迷宮?」
「ここだけの話、近くに迷宮が発生したそうでな」
どこかわくわくした顔で話すタルヴォス。間違いなくカーム洞窟の迷宮だよな、それ。
「ちょっとタルヴォス」
「機密ですよ、一応」
気軽に話したタルヴォスを、カノンとロットンが咎める。
この口ぶりからすると、単なる噂話として聞いたわけではなさそうだ。レティの救出に関わる予定だったそうだし、それに伴ってギルドから情報を公開されたのだろうか。
「いいじゃねえか。どうせすぐ知れ渡るさ」
「まったく……」
タルヴォスは呑気に返し、カノンは呆れた様子で鼻から息を吐く。その様子から、重要機密というよりは、アドバンテージ的な意味合いが大きいのかもしれないと感じた。いち早く潜れば、中の魔獣素材や宝箱が優先的に手に入れられる。
実際は魔獣も宝箱も、俺が粗方狩りつくしてしまっている。教えてあげるわけにはいかないが……。
「その迷宮に潜るのか?」
「おうよ。ロマンあるだろ?」
口角をにぃっと上げた、暴力的な笑みを見せる。
そうだな、と返しながらも内心は戸惑っていた。そんな話は聞いていない。調査中に出くわす可能性を考えると厄介だが、迷宮へ潜るのに申請が必要なければ、ギルドも把握していない可能性もある。ギルドの権限で封鎖とかしてくれないものだろうか。
「ガキみたいなこと言って、油断しないでよね」
「男はいつまでも少年なんだよ」
「それは賛同しかねます」
ロットンがすげなく言う。俺としてはちょっと賛同できるところもあるのだけれど。
「あはは、ガキガキー」
「一番のガキが言うな!」
グラスマリーが指差して笑い、タルヴォスが吠える。言われたグラスマリーは、ええー、と不満げな声を上げた。
「拾われた時は子供だったけどー」
「まだ子供でしょ、あんたは」
懐かしげなグラスマリーの言葉に、カノンが辛辣に返す。「ひどいっ」と、わざとらしいショックを受けた顔をした。
ただそれよりも、
「拾われた?」
耳に残ったところを口に出してしまう。途端に、微妙な空気になるのを感じ取った。
あ、詮索はマナー違反か。
「いやすまん。なんでもない」
「んーん、いいよ」
手を振って話題を変えようとしたが、当のグラスマリーがそう言った。
「マリー……」
カノンの気遣わしげな目に、グラスマリーは「大丈夫」と頷いて返し、話し出す。
「わたしの故郷、魔族に襲われちゃってね」
目尻を下げた困ったような笑顔で、さらっとすごいことを言う。財布を忘れて家を出ちゃってね、くらいの軽さに、一瞬何を言われているのかが分からなかった。
言葉も出ない俺を余所に続ける。
「わたしだけが生き残って、その時にリーダーたちに拾われたって、それだけ」
「どうして……」
どうして襲われたのか。どうして彼らが居合わせたのか。どうしてそんな軽く話せるのか。何を聞こうとして出た「どうして」なのかは、俺にも分からない。問いかけにならない問いかけは、宙に吸い込まれるように消える。
「パーティを組んだばかりのあたしたちが、倒れてたマリーを保護したの」
「懐かしい話です」
「あん時ぁまだ、Eに上がりたてだったっけか」
他の三人も平然と語る。だが、グラスマリーも含めた全員の瞳に、暗い光が宿っていることに気づいた。
怒り、憎しみ、恨み、どれでもあるようで、どれとも違う負の輝き。
つつくんじゃなかったと思ってももう遅い。
「程度の差はあれど、俺たちには共通点があってな」
体を前のめりに倒しつつ、タルヴォスが唐突に言う。口調は平然としているのに、妙な迫力というか圧力があった。
多分、俺が人間なら冷や汗が流れていただろう。手のひらに汗の一滴もにじまない体が、今はありがたい。
タルヴォスはぎっ、と拳を固め、もう片方の手でそれを押さえながら言った。
「魔族を全員根絶やしにしてやりてえのさ」




