43 冒険者のマナー
馬車に揺られながら、先ほどの話を思い返す。
ギルドの設立どころか、建国に関わっているのが稀人だとは。仮にあれが単なるおとぎ話だとしても、稀人がそういう存在という認識なのは変わらない。
C級では倒せないらしいドラゴンもーーそれもエンペラー種を初戦で倒している。
貴族にでも王族にでもなれそうな経歴だが、困ったことに魔族だ。元より偉くなろうだなんて思っていないが、自分の抱える秘密の大きさが、イメージすらできなくなってきたのが怖い。
辻馬車を拾って移動した先は住宅地だった。夕飯より早い時間帯、どんな店に連れてこられると思っていたが……。
「家?」
「いえー」
俺の端的な疑問に、同じく端的に答えたのはグラスマリーだ。新人が誘いに乗ったのが嬉しかったのか、馬車内でも気さくに話しかけてくれた。ちょっと引くくらいの美人なことに変わりはないが、おっとりした雰囲気もあって緊張は薄れている。
目の前には白い漆喰の壁に、グレーの三角屋根が乗った家があった。階数こそ二階だが、横の広さが今まで見た家の数倍ある。立派な門や庭まであり、家というより館と呼んだ方が適切そうだ。
ここが彼らが暮らす、いわゆるパーティハウスらしい。よく見ると、周囲の家も似たような大きさだ。高級住宅街? タルヴォスたちは貴族ではないし、貴族街ではないはず。
「すごいな」
「はっは、まあな」
家を見上げながらの感想に、タルヴォスは胸を張って自慢げな笑みを浮かべた。
「借家だけどね」
「長く留まるなら、宿暮らしより安く収まりますから」
その横を通りながら、カノンとロットンがシビアな現実をバラす。一瞬面白くなさそうな顔をしたタルヴォスだが、むしろ発奮した様子で鼻を鳴らした。
「いずれはもっとデカい家を構えてやるさ」
ソファーとローテーブルのある部屋に通された。応接間のような作りだが、全員思い思いに座っている。ただの休憩室か、もしくは会議室として使われているようだ。
「どうぞ」
と言ってロットンがお茶を出した。流石に室内ではフードを取っているが、ぼさぼさの髪の毛がより強調されていた。
ちなみにカノンは三角帽を被ったままだ。こだわりだろうか。
出されたお茶は薄い紅色で、レティが出してくれたものや、店で飲んだものに近い。この世界のお茶はこれが主流らしい。
「それにしても」
両手でカップを持ったグラスマリーが口を開いた。
「冒険者だったんだね。ギルドで見た時は、てっきり依頼者なのかなって」
「ギルドで?」
どのタイミングの話だと思ったところで、カノンが「ああ、今朝ね」と相づちを打った。グラスマリーは、
「治癒術師さんといたでしょ?」
と訊いてくる。人でごった返す中でよく気づいたなと言いかけたが、メルに呼びかけられて階段を上っていった俺たちは、確かに目を引きそうだ。
「神殿に頼れない貧乏貴族が、治癒術師を頼ってきたんじゃないか……なんてマリーと話してたわ」
「外れだったねカノちゃん」
カノンとグラスマリーが顔を見合わせて笑う。どこの世界でも、人は噂話が好きらしい。
「今日登録したばかりなんだ」
「そっかー」
俺の答えに納得したようにグラスマリーが頷くが、カノンにはうろんげな目を向けられた。
「ふうん、子供ならともかく、あんたくらいの歳で新人ってのも珍しいわね」
疑い……というほどではないか。疑われるようなことはしていないし、ちょっとうさんくさい程度の目つきだ。秘密を持っているとはいえ、敏感になり過ぎるのもよくない。
視線を気にせず問いかける。
「冒険者ってのは、やっぱり子供の頃から冒険者なのか?」
そうですね、と言った後に少し黙考し、ロットンが答える。
「そうとも限りませんが、そういう人が多いのは事実です」
「冒険者じゃなくても食ってけるヤツは、冒険者なんてやらねえからな」
後頭部で手を組ながら、トートロジーみたいなことを言うタルヴォス。まあ、必要もないのに危険な道に進む者はそういまい。
「そういや、あん時もはぐれの嬢ちゃんといたな」
「商業区でか」
思い出したようにタルヴォスが言う。あん時、というのは金貨をスリ取られた時のことだろう。
「ギルドの外でも? へえ……」
「珍しいね」
カノンとグラスマリーが興味深げな目をしている。タルヴォスの言っていた通り、レティが他の冒険者と一緒に行動することはあまりないらしい。
「ちょっと縁があってな」
言い訳じみたことを口にしてしまう。
今さらだけど、俺とレティのことってどこまで話していいのだろうか。新人が単身洞窟に乗り込んでレティを救出って、相当不自然だよな。
いや違う。登録前だから新人どころか一般人だ。尚さら怪しい! どうして洞窟に向かったんだって話にもなる。
冒険者としては未登録の格闘家だったってことにしようか。……防具も持たない格闘家は、それはそれで不自然か。
玄人らしく振る舞うには、知識と経験がなさすぎる。
新人らしく振る舞おうにも、神殿騎士の剣を叩き折っており、あれが知られたら弱いふりも意味がない。そもそもレティは「命の恩人」って隠さず話してしまっているし……。
……駄目だ。こんがらがってきた。明日にでもバートンに相談しよう。
我ながら雑なごまかしだと思ったが、それ以上つついてくることもなかった。カノンとグラスマリーも、
「ふうん」「そっかー」
とだけ返してくる。
グラスマリーは急に話題を変えて聞いてきた。
「タイチロウ、って珍しい名前だよね」
それは自分でも思っていた。誰にもつっこまれないから大丈夫だと思っていたが、ついに指摘されてしまった。
今のところ偽名を使うつもりはない。ある意味、元の世界との唯一の繋がりみたいなものだし。
「君って、いったいどこから来たの?」
今日一困る質問が来た。日本から来た稀人です、だなんて言えるわけがない。
「東の方、かな」
悩むのも怪しいと思い、咄嗟に出たのはそんな言葉だった。絶望的に怪しい。
「ひがしー? ニーレン領? それともリューゲン王国かな?」
首をかしげながら列挙される地名は、どれも聞いた覚えすらない。そりゃそうだ。この国の名前すらついさっき知ったのに。
「いや、もっと東……」
この世界の地理も知らずに答えるのは心臓に悪い。元より動いちゃいないけど。
「え? じゃあ大陸の……」
「その辺にしとけ」
好奇心に満ちた目で問いかけようとしたグラスマリーを、面倒くさそうにタルヴォスが止める。言われたグラスマリーも、やや不服そうながらも「はぁい」と引っ込めた。
タルヴォスは人指し指を立て、
「あれこれ詮索しねえのが冒険者のルールってやつさ」
覚えときな、と言って格好つけたように笑う。
あれこれ不明瞭な俺に何も聞いてこなかったのは、そういった暗黙の了解があったからか。
正直助かる、そのルール。




