42 野望を抱いて
名字? 名前とパーティ名、ランクはレティから聞いているが、名字持ちだなんて初耳だ。そんなことを言い忘れるだろうか。
「あんたね、やめなさいよそれ」
「俺が俺の名前を名乗って何が悪い」
疑問に思ったところで、カノンが渋い顔で言った。タルヴォスも似た表情で言い返す。
どういうことだと思っていると、グラスマリーがにこやかに言った。
「リーダーのこれは、勝手に名乗ってるんだよね」
「勝手に?」
「貴族になるのが目標らしくてですね……」
ロットンがため息をつきながら補足する。貴族に憧れているから、貴族でもないのに名字を名乗っているってことか? 確かに、タルヴォスという名にタルヴォットはできすぎだとは思ったが……。
「いいのか? そんなことして」
「ダメに決まってるでしょ」
ロットンに訊いたが、答えたのはカノンだった。腰に手を当てて「当たり前」を主張している。グラスマリーとロットンが後押しするように続けた。
「ギルドからも、注意されてるんだけど」
「いくつかの功績がなければ降格になっているでしょう」
降格とは穏やかじゃない。思った以上に重い罪というか、タブーらしい。ギルドの査定する「強さ、安定感、素行」の最後に引っかかるのかな。
「馬鹿にされたら怒るし、トラブルになるし。馬鹿なのよ、馬鹿」
吐き捨てるようにカノンが言った。「いつもの」と言っていた通り、結構悩まされているようだ。俺と会った時の騒動もそれが原因だろう。
対するタルヴォスは不満そうだ。
「なんだよ。夢はでっかく持つべきだろうが」
「貴族を目指すのが悪いとは言いませんが」
「勝手に名字名乗るなって言ってんのよ」
「貴族になれたとしても、名字って偉い人がつけるんじゃないの?」
三人に突っ込まれ、ちょっと落ち込むタルヴォス。
「家紋まで考えてんのに……」
言いながら肩を見た。その雷のマーク、家紋にする気なのか? この世界の貴族の家紋って、そんなピクトグラムみたいな感じなの?
「と言うか、冒険者って貴族になれるのか?」
「功を積んで貴族位を得た例は、確かにありますが……」
俺の質問に、ロットンが歯切れ悪く答える。グラスマリーが「うーんと」と唸りながら続けた。
「ごく一部っていうか……かなり珍しい?」
「街を襲ったドラゴンを倒すくらいの手柄はいるでしょう」
「少なくともC級ごときじゃ無理ね」
ロットンが付け加え、最後にカノンが辛辣に締めた。タルヴォスは顔をしかめる。
「夢の無え連中だな」
「貴族の護衛として取り立てられる、ってのは結構あるみたいだけどね。いい暮らしがしたいならそっちの方が現実的でしょ」
「いい暮らしとかじゃねえんだよ! ロマンの欠片も無えこと言いやがって!」
あまりに賛同を得られないからか、反発心を燃やして熱くなるタルヴォス。
「俺はのし上がりてえんだよ。冒険者なら憧れるだろう、グランニスタの初代の王とかよ!」
「グランニスタ? 初代の王?」
気になった単語を思わず口にすると、タルヴォスが訝しむ顔でこちらを見た。
「なんだよ、知らねえのか? この国の成り立ち」
成り立ちどころか、国の名前がグランニスタということを初めて知った。もちろんそんなことは言えない。
まさか国の名前すら知らないとは思わなかったようで、建国の歴史について話し出す。どうやら、魔族の王を倒した稀人がグランニスタの初代王らしい。小国家郡だったこの地域をまとめ上げ、魔族に対抗したとか。
そんな建国の立役者への憧れっぷりを熱く語るタルヴォスに、カノンが水を差す。
「馬っ鹿じゃないの。おとぎ話じゃない」
「んだとぉ!」
呆れたカノンに小馬鹿にされ、タルヴォスが憤る。
「道端での言い合いはやめろと言っているでしょう」
ロットンがこめかみを押さえながら嗜めた。苦労してそうだな。
……結局、国の成り立ちが史実なのか、それとも単なるおとぎ話なのかは分からない。バートンあたりなら知っているだろうか。
場所を変えましょうというロットンの提案に従い、一同は歩き出した。さて俺はどうしようと思ったら、グラスマリーが振り向いて手招きする。
「新人さんも、よかったらご一緒しよう?」
お呼ばれされてしまった。そうだな。せっかく知り合ったのだし、先達に指南願いたいところではある。
「迷惑でなければ」
「えっ」
頷いて返したら意外そうな顔をされた。しまった、社交辞令だったか。
「いや、無理にとは。忙しそうだしやっぱりやめに……」
「ええっ、来ないの?」
慌てて断ろうとしたら、先ほどより大きな反応が返ってきた。今度はなんか残念そうな顔だ。え、え……どっちなんだ。行っていいのか悪いのか。
「C級ともなると、誘っても断られることが多いのよ」
困っていると、カノンが心なしか胸を張って言った。つい先ほどは「C級ごとき」なんて言っていたが、それなりの矜持はあるようだ。
「邪魔しちゃ悪いー、とか思われてるみたいでね」
「気後れしてんのさ。俺たちゃ気にしねえんだけどな」
グラスマリーがやや困ったふうに、タルヴォスが肩をすくめて言った。
すごいな、アイドルかよ。流石は一握りの冒険者といったところか。
というか俺は、周囲の慣習を無視しているってことになるのか? 今さらだけど敬語とか使った方がいいのだろうか。……まあ、表のルールすらよく知らないのだ。今は裏のルールというか、暗黙の了解までは気を回さなくてもいいか。
「つうかお前、買い物はいいのか?」
忘れてた。ただまあ装備はそろえたし、それ以外は急ぎではない。
そう伝えると、タルヴォスは口角を上げてにぃっと笑った。
「なら来いよ。ロットンもそれでいいだろ?」
黙っていたロットンはそう振られると、そうですね、と言って顔を向けた。
「彼らの相手をしてもらえると助かります」
言いながら、タルヴォスとカノンにちらりと目をやった。冷静ながらも切実さを感じるその言葉に、狼狽えながら頷くしかできなかった。しゅっぱーつ、というグラスマリーののんびりした声が響く。




