41 赤雷
買い物はつつがなく終わった。武器や防具の良し悪しが分からない俺に対し、タルヴォスは根気よく、懇切丁寧に教示してくれた。予算との兼ね合いまで考えて選びつつ、その装備がどういった観点から優れているのかも教えてくれた。
十年来の友人みたいな行動だけど、今日が初対面だ。レティの評した「面倒見がよくて親切」という枠を超えていると思う。相変わらず物事をマイルドに言うなあの子は……。
「じゃあ、また明日来な」
タルヴォスの紹介してくれた「アーシャル工房」の主に、そう言われて送り出された。
防具は多少サイズの調整が必要らしく、翌朝の受け取りと言われている。
店を出る。店主と二言三言話し、タルヴォスも後から出てきた。
武器はそのままもらえたため、腰には革のベルトに、鞘入りのナイフが吊ってある。鉄製で装飾のないシンプルな品だ。
「武器は魔獣素材じゃなくていいのか?」
「ああ。武器ならある程度重さがあった方がいいからな」
そういうものか。
「魔獣素材の武器は、金貨十枚クラスでなきゃ役に立たねえ。レア鉱石や魔法金属ってのもあるが、そっちも値が張るしな」
神殿騎士の剣は金貨三〇枚だったか。あれは何で出来ているのだろう。
まあ、ともかく最初は鉄で十分ってことか。
ちなみに予算は全部まとめて金貨四枚と伝えてある。ポケットにあった金貨全てだ。影収納にはまだまだたんまりあるけれど。
四枚の金貨は綺麗に使い切った。宣言通り値引き交渉までしてくれたようだし、予算内で入る最高の物だと思っていいだろう。
「じゃあ、後の買い物は自分でなんとかしろよ」
雑貨屋のある方面まで戻ってきたところでタルヴォスは言い、踵を返した。
「ちょ、ちょっと待った」
急に立ち去ろうとするタルヴォスに戸惑い、咄嗟に呼び止める。面倒くさそうに振り向いて、
「なんだよ。武器以外の買い物も付き合えってのか?」
と言った。そこまで甘えるつもりはないが、面倒くさそうな態度と裏腹に、頼めばついてきてくれそうな予感はある。
「礼ぐらいさせてくれ」
「いらねえよ。ただの気まぐれだ」
その言い分はかなり苦しいのでは。
恩に着せろとは言わないが、もうちょっと素直に受け取ってくれないものか。そう思ったが、
「礼が欲しくてやったんじゃねえ」
意地でも強がりでもなく、平然とそう言われては返す言葉もない。彼の美学を優先するのが礼儀だろう。
そう思い、わかった、と頷こうとした矢先。
「やっと見つけた! どこほっつき歩いてたのよ!」
タルヴォスの後ろから金切り声が響いた。苦みばしった顔でタルヴォスが振り向く。
「うるせえなカノン、何怒ってんだよ」
「うるせえなですって!? 何怒ってんだですって!?」
言い返された声の主は、更に声を張り上げて言い返し返す。
身の丈ほどもある木の杖を持ち、大きなつばの広い三角帽をかぶった少女だった。レティよりもさらに小柄で、大きな杖がより大きく見える。ぶかぶかなローブを羽織っており、裾は地面をこすっていた。
艶やかな赤茶色の髪を左右二つで結んでいる。愛嬌のある顔立ちをしているが、今は怒りに眉がつり上がっていた。
早足でタルヴォスに近づき、つかみかからんばかりの勢いで捲し立てる。
「あんたが無駄な喧嘩したから、その後始末してたんでしょうが!」
そう言えば会った時に喧嘩していた。多人数に囲まれていたのに、理由を全く気にしていなかった。俺もだいぶ異世界に毒されてきたのかな……。
「無駄じゃねえ。あれはあっちが絡んできたんだ」
「どうせいつものでしょ!」
「誇りを馬鹿にされたんだ! ぶちのめして何が悪い! っつうかいつものって言うな!」
「いつもので通じるってことは、あんたもいつものことだって思ってんでしょ!」
「あぁん!?」
少女……カノンにつられて、タルヴォスもヒートアップしていく。かなり注目を集めているが、全く気にせず怒鳴り合っている。
カノンは、背丈が頭二つ以上違うタルヴォス相手に一歩も引かない。小型犬が吠えているようにも見える。
「後始末押しつけて遊んでたことには変わりないわよね!」
「遊んでねえよ! ……おい、説明しろよ」
カノンと言い合っていたタルヴォスが振り向いた。急に話を振られて言葉が出ず、俺? と自分を指差す。
「お前以外に誰がいんだよ」
「なに一般人に絡んでんの!」
「絡んでねえよ!」
噛みつくように言われたタルヴォスが言い返す。いや、だいぶがっつり絡まれたと思う。もちろん悪い意味ではなく。
そしてまだ俺は一般人か。ナイフを吊り下げているのに。
「ってか、同業者だ同業者!」
「え、あ。そう、なの?」
タルヴォスが俺を指差して言った情報に、分かりやすく戸惑う。怒りが引っ込むほど意外か。
「初めまして、太一郎です」
「え? ああ、どうもご丁寧に……」
会釈しながら挨拶すると、戸惑いつつもそう返ってくる。小声で「……ほんとに冒険者?」と囁くのが聞こえた。
「あ、いたいたー」
「何してるんですがあなたたちは」
タルヴォスに装備選びを手伝ってもらったことを話そうとしたが、二人の声に遮られた。
「もー。道の端っこまで響いてたよ二人とも」
おっとりとした声を上げたのは、背の高い女だった。胸当て以外は防具らしい防具もない軽装だ。背中に弓を背負っているが、矢筒はない。
スレンダーで手足が長く、長い金髪を頭の後ろで一まとめにくくっている。ちょっと気後れするくらいの美人だ。見た目はほぼ人間だが、尖った耳が左右に伸びていた。
エルフ、というやつでは? ファンタジーとの遭遇にちょっとわくわくする。
「往来で怒鳴りあうC級なんてギルドの恥ですよ」
もう一人、神経質そうな声を上げたのは若い男だ。ぼさぼさの頭を隠すようにフードを被っており、長い前髪と大きな眼鏡によって顔の半分は隠れている。
ローブの下の革鎧には、至る所に試験管のような細い瓶が入っていた。けさ懸けにかけている鞄は、妙に年期が入っている。
「大体、今日は明日の打ち合わせだって言っていたじゃないですか。それが喧嘩なんかして、しかも後の始末はこっち任せってどういうことですか。私やグラスマリーさんがどれだけ頭を下げたと思っているんですか? あなたが遊び歩いていた間にどれだけの嫌味をもらったか教えてあげましょうか? そんなことを聞く時間でどれだけのことができたと思いますか? 時間の損失は人生の損失といっても過言では……」
「わかったわかった! 悪かった! 長えんだよ!」
言い足りないくらいですが……と男はこぼす。
「こちらはー?」
俺を見て、おっとりエルフさんが訊く。タルヴォスは我が意を得たり! といった顔で俺の肩を叩いた。
「新米だよ。装備選びを付き合ってやったんだ」
なっ、と顔を向けてくる。急に恩着せがましい。いいんだけど「礼なんていらねえ」とかっこ良くキメていたのが台無しだな……。
「へー。新人さんかー」
「はあ……相変わらず面倒見がいいですね」
二人と、それからカノンもそれだけで納得したようだ。やや呆れた顔をしているものの、文句は言わない。
今日みたいなことは、それほど珍しくないのか?
「太一郎です」
と名乗ると、
「グラスマリーですー」
「……ロットンです」
「カノンよ」
おっとり、不審げ、不遜な、と三者三様の返事が帰ってきた。これまでの言動からして、タルヴォスとはただの知り合いじゃなく……。
推論を口にしようとしたところで、タルヴォスが思いついたように言った。
「そういや、まだ名乗ってなかったか」
確かにそうだ。タルヴォスの名前はレティから聞いたもので、本人からではない。
不敵に笑い、鎧の肩の雷のマークを親指で差して言った。
「俺は『赤雷』のリーダー、タルヴォス・タルヴォットだ」




