39 未解決のままに
クロアはプラムベルを神殿から解放したいと考えており、そのために俺を利用しようとしていた。でもどうやって?
「ヴァンパイアの力で全てなぎ払ってもらおうかと」
「おいおい」
「冗談です」
しれっと言ってカップを手に取る。こいつ……身の安全を保証してやったらすぐこれか。
「冗談は言わないんじゃなかったのか?」
「実際、そうしてもらえれば全て丸く収まるのですが」
「どこがだ」
一応は魔族と戦うための機関を、魔族である俺が攻めたらどれほどの騒ぎになるか。戦争の幕開けじゃないか。
「あなた一人に注目が集まれば、私たちは安全になります」
「丸く収まってんのはそっちだけだろうが! 却下だ却下!」
俺自身も世界情勢も尖り放題だ。そんな殺伐とした世界に変えるわけにはいかない。
「と言いますか」
俺の反論を意にも介さずといった風に受け流し、逆に聞いてくる。
「それを聞くということは、私たちを助ける意思があるということですか?」
言われて、当たり前のように協力するつもりだった自分に気づく。
冷静に考えれば、協力するということは神殿と事を構えるということだ。
ただ協力しないとなると、何もかも知っているクロアがどう出るか……。
現状、俺の目的はそう多くない。それを踏まえて話す。
「……レティの身の安全と、俺の素性が明かされないこと。それを前提としてなら協力してもいい」
命の恩人なんて言ってもらっているが、思いっきり巻き込んでいるのもまた事実。神殿に俺が魔族だと知られれば、彼女もやり玉に上げられかねない。神殿とレティの微妙な関係を考えると、それは避けたい。
そこが守られるのならば手を貸してもいい。言い換えれば、レティに手を出したり、俺の素性をバラすつもりなら容赦はできない。そういう意図を込めて言う。
クロアは俺の言葉を見定めるように、じっとこちらを見た。信じていいのかどうかを決めかねているのだろう。
……まあ、普通に考えれば信じがたいだろう。ついさっき薬を盛ったばかりの相手だ。裏があると考えるのが当然と言える。
だが無理矢理にでも協力させようとした相手だ。自ら手を貸すというなら否やはないだろう。
結局決めかねたのか、
「一度持ち帰らせてください」
と保留した。姉妹か、聖女本人と相談するのだろうか。
なぜ魔族である俺を頼ろうとしたのか。神殿に連行して何をさせようとしていたのか。「囚われているようなもの」とはどういう状態なのか。
疑問は残るが、詳細は聞かずに中断した。向こうが俺を巻き込むつもりなら自ずと分かるはずだ。差し迫って知らねばならぬことでもない。クロアが結論を出せない以上、これ以上の議論も意味をなさないだろう。
正直に言えば、いろいろありすぎて頭がぱんぱんだ。
俺に薬を盛った件は、呪術をかけた犯人としての疑いとして処理されるらしい。食事中に疑いが晴れたと判断したため、解毒薬で起こしたことにするそうだ。
「あー……その問題もあったな」
「一応の確認ですが、本当にあなたではないのですか?」
口実ではなく、本当に疑われていたらしい。もちろん違う。
この街で、呪術を使える存在は確認されていないらしい。なら新参の魔族である俺に目が向くのも当然か。
当然俺ではない。つまり、正体不明の魔族がいる。
「問題だらけだなこの街」
「その最たるがあなたですが」
言うじゃないか。
クロアと別れて街を歩く。人化は個室を出る前に行っているので問題はない。割と長い時間を過ごしていたようで、人通りは落ち着いていた。
「力を持つものの余裕、か」
なんとなく、自分でも気づいていなかった図星を突かれた気分だった。
この世界に来てから、恐怖や危機感に鈍くなった自覚はある。人でなくなったらから、心の有りようも変わったのだと思っていた。それも間違ってはいない。
ただ、単純に力を得たから、というのもあるのかもしれない。
精神が侵食されているようで、愉快なことではない。
考えてもしょうがないことを考えている。眼前の問題を無視して悩みに耽るのは、人間的なのかそうでないのか。
「はあ、やめやめ」
今はすべきことだけ考えるか。
……なんか、迷宮内でも似たようなことを思った気がする。俺は吸血鬼だ! と開き直って生きない限り、一生付きまとう問題なのかもしれない。
気づけば飲食店街を抜け、雑貨や日用品が並ぶ店が増えてきた。
相変わらず硬貨はポケットに突っ込んだままだし、服も一張羅だ。勝手に綺麗になるし、そもそも汗をかかないので困りはしないが、街に溶け込むなら衣服の替えは必要だ。財布や鞄なんかも欲しい。
ショッピングと洒落込むか。金はある!
無理矢理に気分を上げ、まずは装備を整えようと武具店へ向かう。ギルドの勧める初心者武具店の名前は確か……。
「のわああああっ」
思い出そうとしたところで、背後から叫び声が近づいてきた。
振り向くと同時に、飛んできた男と衝突する。背中が思いっきり顔面に当たり「んぶぇ」と間抜けな声が出た。なんだなんだ。
飛んできた男はべしゃっと落ちて目を回している。道の先を見ると、一人の男を中心に、数人が倒れるか尻餅をついていた。
「今度からは相手見て喧嘩売るんだな」
「くそっ」
中心にいる男が、見下ろしながら威勢よく言い放つ。言われた方は悪態を一つつくと、倒れている仲間を肩で支えながら去っていった。投げ飛ばされた男も、ふらふらと頭を押さえながら立ち去る。
……喧嘩なんてしていたのか。考え事で気づかないとは。優れた五感も形無しだな。
「はっ」
逃げ去っていく数人を見ながら、勝った男が鼻で笑う。その顔と、何より特徴的な逆立った赤い髪に見覚えがあった。
「うん?」
向こうも俺に気づいたようで、すたすたと近寄ってくる。
「はぐれの嬢ちゃんと一緒にいたヤツじゃねえか」
赤雷のリーダー、タルヴォスは眉をひそめて荒っぽく言った。




