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38 人である人でなし

 吸血鬼化によって、人化した状態での毒を無効化できるかは賭けだった。不死の化け物の不死性に助けられたとも言えるが、そもそもこんな目に合っているのも吸血鬼だからなのでありがたみは薄い。


 今日だけで金貨をスリ取られ、呪いを見せつけられ、ついには薬まで盛られた。どうなってんだ異世界。


「レストランもグルだよな」


「ええ」


 分かってはいたが一応確認する。「高級魔道具」のある部屋に、料理に盛られた薬、クロア単独では諸々不可能だ。


 クロアはごまかしもせずに頷き、淡々と続ける。


「いろいろと考えていたのですが、こんな力業でひっくり返されるとは」


「そりゃあ悪かったな」


 わざわざ治癒術の使えない店へ連れ込み、料理に薬を盛って食べさせたのだ。食事中に、何かの拍子で俺が魔術を使おうとすればおじゃんになる。気を揉んだろう。


 それが吸血鬼化で台無しとくれば、文句の一つも言いたくなるか。


 クロアは続けて明かした。


「あなたが倒れたのち、運び出す手はずになっていました」


「運び出すって、どこに?」


「教会までです」


 教会……中央地区、貴族街の近くにある神殿の拠点か。それじゃあやっぱり、


「クロアは神殿側なのか?」


「そうだとも、そうでないとも言えます」


 曖昧な返事だ。どういった意味なのか。続きを促すように視線を向けると、続きを口にした。


「私たちは、聖女様の側仕えです」


「私たち? 側仕え?」


「あなたも会っているでしょう、リィンリナラに」


 聞き覚えのない名前に首を捻る。この世界に来てから会った人間はそう多くないはずだが。


 リィンリナラ……リィン?


 はっとする。聖女……プラムベルと一緒にいたメイドさんだ。鉄の壁のように隙がないと思ったのを覚えている。


「リィンと私は双子の姉妹です。それと同時に、わたしはクロアでありリィンでもあります」


「双子? ……は?」


 前半はともかく、後半は意味が分からない。双子なのに同一人物とはどういうことだ。


「日によって、ギルドの職員と聖女様の従者を入れ替わっています。こちらでのわたしはクロアとなり、聖女様の前ではリィンとなります」


 事も無げに言うが、ちょっと理解が及ばない。


 目の前のクロアは、聖女の前だとリィンになる。今聖女に仕えているリィンは、ギルドの仕事をする際はクロアとなる。


 そんなことが可能なのか?


 リィンの見た目を思い出す。眼鏡をかけており、髪は薄いグレーをアップでまとめていた。顔はクロアに似ているような気がするし、全く似ていないような気もする。無表情という共通点はあれど、無表情の中にもユーモアを感じさせるクロアと、鉄の壁のような印象のリィンが結びつかない。


 あの時に会ったリィンが、目の前のクロアだったりするのか? 口振りからは分からない。


 すごいことを考えるものだ。ちょっとやそっとじゃバレないかもしれないが……。


「どうしてそんな危険なことを」


「聖女様のご希望と、私たちの希望の兼ね合いです」


 当然、といった様子で答えるが、詳細は語らなかった。言えないのか、言いたくないのか。


「これでお互いの状況を確認しつつ、情報を共有しています」


 言いながら、首から通信の魔道具を取り出す。


「ギルドとの通信用じゃなかったのか?」


「携帯式の通信魔道具なんて高級品は、ギルドでは賄えません」


 俺の疑問にすげなく答える。ギルドって貧乏なのか? いや、神殿が規格外に金持ちなのか。


 酒場に来たギルドらしき人員は、全員神殿の人間だったのだろうか。魔道具を堂々と見せてきたことといい、なんとまあ大胆な。


 しかし……なんとも困ったことになった。クロアが神殿側ということは、ギルドでの話も筒抜けじゃないか。


「神殿が俺を監視してるってのも、魔族として討伐したいからか? それとも魔術書を奪うためか?」


 眠らせて神殿まで運ぼうとしていたのも、同じ理由からだろう。


 そう思ったが、クロアははっきり「いいえ」と否定した。


「神殿はあなたを正体不明の人物としか考えておらず、抱えている秘密はどれも明かされてはおりません」


 監視されているのも、危険人物か否かを見定めるためらしい。剣を叩き折ったり、金貨に関しての問答なんかが取り沙汰されているようだ。……俺の不用意な言動のせいか。


「いや、でもクロアはギルドでの話を聞いていたんだろ?」


 彼女が報告すれば同じことじゃないか。俺の言い分に、クロアは首を振って答える。


「私たちは飽くまで聖女様に仕える者です。神殿に、ではありません」


「その言い方だと……」


 神殿と聖女が別、みたいじゃないか。


 俺の考えを肯定するように、クロアは言う。


「今の聖女様は、神殿に囚われているようなものです。私たちは、それをどうにかしたいと考えています」


「え、いや聖女って特別扱いじゃないのか? 囚われって……」


 言いながら気づく。俺は、神殿から離反した聖女の例を知っている。


 レティの母も神殿を抜けた「元聖女」だ。どんな考えの元かは分からないが、魔術書まで持ち出して。


 思えば、聖女がどういう存在か、そもそも神殿がどういう組織かもよく知らない。こういうところで常識知らずが足を引っ張るな。


 会話を切って申し訳ないが聞いてみる。クロアは素直に教えてくれた。


「神殿は、魔族に対抗するために組織されました。かつて人と魔族が戦争をしていた時代に」


「それで、光術の適性を集めてる?」


 魔族に光術がよく効くことは身を以て知っている。対魔族の戦闘集団が始まりと考えると、信仰もへったくれもないな。


「神殿の選ぶ聖女とは、光術の適正が高い女性への称号です」


 女性に限定されるのは、神殿の広告塔も兼ねているからだ、とクロアは言い切った。分かりやすい旗印みたいなものか。


「ですが残念ながら、神殿の上層部は理念を忘れて腐りきっています」


 続く言葉にやや面食らう。


「そんなことまで言っていいのか」


「構いません。あなたに眷族化されれば、隠し事に意味はありませんから」


 淡々と、とんでもないことを言い放つ。


 その言葉で気づいた。先ほどからの言葉は全て彼女の命乞い、あるいは遺言なのだと。やたらぺらぺらと話すと思ってはいたが……。


「君を殺すつもりも、ヴァンパイアに変えるつもりもない」


 きっぱり否定しておく。情報を引き出すためなら言うべきではないのだろうが、吸血鬼としての力なんて振りかざしたくはないのだ。それが例え脅しでも。


「力を持つものの余裕、でしょうか」


 そう言われてしまうと身も蓋もない。力を誇示しなくていいのが力を持つからだとは、なんとも皮肉な話だ。


 渋い顔で頭をかく俺を見てクロアは、


「変な人ですね」


 と率直な感想を述べた。ほっとけ。

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