37 疑いと底力
お茶を飲み、逸る心を落ち着かせる。
魔族が関わっているとして、狙いは何なのか。いつ、どの段階でバッシュたちに呪術をかけたのか。
何事にも例外はあり、闇術は魔族のみの技術というわけではない。魔族は光術を使えないとクロアは言ったが、俺は吸血鬼だけど治癒術を使えている。
先入観は取っ払って考えねばならない。
「というか、レティは大丈夫なのか?」
バッシュたちと同様に、呪術をかけられている可能性はある。
思いつくと急に気になってきて落ち着かない気分になったが、クロアは冷静に答えた。
「光術の適性がある人は、闇術への抵抗力も高いと言われています。治癒術師のレティシス氏に呪術をかけるのは困難でしょう」
落ち着いてそう言ってもらえれば多少は安心できる。
「レティシス氏とモーグ氏は、現在ギルドの救護室にいます。何かあれば連絡が来ますし、そもそも職員が対応するでしょう」
二人はとりあえず大丈夫そうだ。残るはカテリナだが……。
「……カテリナは魔族なのか?」
「普通に考えればあり得ません」
クロアは首を振って否定するも、普通でないケースがあるような言い方をした。引っかかりはしたが続く言葉を待つ。
「魔族であれば、街の結界に引っかかります。カテリナ氏は何度も出入りをしていますが、結界が反応したという話はありません」
「確かにそうか」
「加えて言えば、ギルドの諜報員が感じ取るはずです」
レティの家で吸血鬼化した俺を感じ取ったように、か。
カテリナが実は魔族でバッシュたちに呪術を仕込んだ、という線は薄そう? ただ、カテリナの名前を出した瞬間に呪術が発動したのが気になる。
「一つ言えますのは、呪術をかけた何者かにとって『狼牙』の四人が生きているのは予想外ということです」
無詠唱の治癒術師なんて想定していないでしょうから、と言ってカップに手を伸ばす。
「それは大きなアドバンテージになり得ます。もちろん、これにも例外はありますが」
「例外?」
一口飲んでカップを置き、変わらぬ無表情のままきっぱりと言う。
「呪術をかけた者と、解呪した者が同じである場合です」
一瞬、言われている意味が分からず固まる。そんな俺を、じっと観察するようにクロアは見ていた。
「……一応聞くけど、冗談言ってるわけじゃないよな」
「産まれてから今まで、冗談を口にしたことはありません」
嘘だろう。エンペラー種のミノタウロス食わせろとかも本気で言っていたのか?
ではなく。
「俺がバッシュたちに呪術をかけて、それを治した? なんのために」
「ギルドの信用を得るため、あるいは神殿に取り入るため。推測できるのはこのくらいでしょうか」
ギルドはともかく、神殿? どうしてここで神殿が出てくるのか。疑問は沸いたが、口にする前にクロアが言った。
「あなたは神殿とも接触していたそうですね」
「なんで知ってるんだ?」
フォードカリアに来る前の神殿とのひと悶着は、ギルドに報告していない。意図して隠したのではなく、単純に言い忘れていただけだ。報告するまでもないと思っていた。
つまりそれを知っているのは、俺とレティの他には神殿関係者しかいない。
「神殿と通じてる?」
クロアの立ち位置が分からなくなってくる。どこまで信用していいのか。
「神殿もあなたを監視しています」
俺の質問にイエスというような返答だ。ただ、それをわざわざ明かしたということは……?
いや、それよりも神殿が俺を監視? 一遍に投げつけられた情報に、頭が追いつかない。
ただ一つ分かるのは、俺が疑われているということだ。
それがギルドとしてなのか、神殿としてなのか、クロア個人としてなのかは分からない。
「急に飯だなんて言い出したのは、俺が証拠隠滅するのを防ぐためか?」
「半分はそうです」
「もう半分は」
まさか普通に飯を食いたかったからではあるまい。
聞こうとした矢先、お茶に伸ばした手が震え、カップを倒してしまう。
「おっと」
木のテーブルに紅茶に似た液体が流れた。拭くものはないかと手元を見たところで気づく。手の震えが止まらない。
体から力が抜け、テーブルに肘をつく。その体制もつらい。
「ようやく効いてきましたか」
向かいから、クロアが落ち着いた声で何かを言った。だが頭には入らず、耳から抜けていく。
「ご安心ください、ただの睡眠薬と麻痺薬です。効き目が全く現れなかったので、かなりの量を盛ってしまいましたが」
「パナケイア……キュア……」
強烈な眠気に抗いながら、震える口で治癒術を唱える。超級光術、解毒の治癒術だ。
だが発動しない。妙な感覚だ。集まった魔力が散らされた? いったいどうして……。
「大丈夫です。悪いようにはしませんので」
突っ伏した頭の上からクロアの声がする。
諦めて意識を手放しかけた寸前、頭の片隅で思い出した。ーーこの個室には、窓がない。
人化をやめ、吸血鬼へと至る。
「これは……」
クロアが息を飲む気配がした。黒い煙が集まり、俺に吸い込まれていく。沈みかけていた意識が急激に引き戻され、覚醒する。
「ぶはっ」
体を起こした。ここにきても、相変わらず無表情なクロアと目が合った。見た目には分かりづらいが、急に飛び起きた俺に驚いているようで固まっている。
両手を見て、握って開いてを繰り返した。震えはなく、力も普通に入る。
「一つ聞きたいんだけど」
「……なんでしょう」
「魔術が使えなかったのはなんでなんだ?」
集めた魔力が散っていくような、妙な感覚が気になって聞いてみる。クロアは、ふう、と呆れの混じったような息を漏らした。
「この部屋の壁は、魔術の発動を阻害する物質でできています」
「発動を、阻害?」
首を捻る。どうやら魔力を吸い取る魔獣がおり、その魔獣の素材を使って作られているらしい。「Bランクの魔核も必要な高級魔道具です」と補足して教えてくれた。
「部屋全体が魔道具?」
周囲を見渡す。スケールの大きい話だ。
……感心している場合じゃないのは分かっているが、ちょっと現実逃避させてほしい。




