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36 影を踏む

 昼時からやや外れているからか、待つことなく席へ案内された。リノリウムのような明るい床に、洗練されたウェイター。戸で区切られた個室には、肘かけのあるクッション性の高いスツールと、木製のシックなテーブルがあった。


 高級さに不慣れなせいか、どうにも落ち着かない気分になったが、それも料理が運ばれてくるまでだった。確かに言うだけあってどれも旨い!


「太陽光だけでなく、銀食器も平気なのですね」


 切り分けた肉を口に運ぶ俺をちらりと見て、同じく肉を切りながらクロアがこぼす。ミノタウロスのステーキらしいが、あんな見た目のくせに野性味は感じない。噛むごとにさっぱりとした脂の甘味と、肉の旨味が口に広がる。


 種族にもよるが、魔獣食は一般的らしい。二足歩行の牛を食べようとは豪気なことだが、ステーキの形で出てくれば美味しい肉だ。


 目を閉じて味に集中し、飲み込んでから答える。


「どうにかした。……というか、どこまで聞いてるんだ?」


 次の肉を切り分けながら、ふと気になって訪ねた。


 吸血鬼、迷宮主、稀人……くらいなら聞いていてもおかしくはないが、細かな情報まで詳しすぎる。あのバートンが「監視対象は金持ちだ」などとわざわざ言うだろうか。


「全部聞いています」


「全部?」


「あの場におりましたので」


 予想外の言葉に手が止まり、肉から顔が上がる。あの場とは、バートンたちと話していたギルドマスターの部屋だろう。天井裏か、デスクの下か、扉に張りついていたのか。ちょっと気になるが、聞いても教えてはくれなさそうだ。


 クロアは俺の目線を気にせず、眉一つ動かさずに肉を食べている。……奢り甲斐がないな。


「全く気づかなかった」


 食事に戻る。言いながらも、通りで、という気持ちもあった。ギルドから俺を監視していたとしたら、バートンから事細かな報告を聞く時間はなかったはずだ。


「それが仕事ですから」


 言葉通り、誇る様子は一切ない。プロフェッショナルな空気を出しているが、状況に全くそぐわないな。


「今は向き合って飯食ってるけど」


「食事が済み次第業務に戻ります」


 しれっと言ってステーキ肉を口に入れる。いいのかそれで。



 食後のお茶を飲む。魔獣肉があんなに旨いとは思わなかった。血はまずいのに。


「一般的に、上位の魔獣ほど美味しいと言われています」


 同じミノタウロスでも、上位種の方が味がいいらしい。含有する魔力が影響すると言われているが、詳しくはよく分かっていないようだ。


「魔力で味が変わる?」


 なら、血はもっと旨いはずでは。血液に魔力が含まれている、という話からすればそうなる。


 気になって聞いてみるも、質問の返答は非常に素っ気ない。


「他にヴァンパイアがいないので不明です」


 ごもっとも。


 ともあれ上位種は強く、倒せる者も限られる上に希少なため、上位なら上位なほど市場には出回りにくい。


「じゃあ、ギガントエンペラーミノタウロスって旨いのか?」


「エンペラー種の魔獣はどれも絶品だそうですが、食べられるのは王族くらいな……」


 話と、カップを持っていた手がぴたりと止まる。


「……持っているんですか?」


 探るように、真っ直ぐこちらを見ながら訊いてきた。珍しい反応だ。


「ああ、影の中に」


 影収納の話はバートンに、魔術書をどこに保管しているのかと聞かれた際に伝えている。あの部屋にいたならクロアも知っているだろう。


 ふう、と息を吐いてカップを置く。少し目を伏せて、


「びっくり箱みたいな人ですね」


 と、こっちがびっくりするような感想を述べた。


「地下九八階のミノタウロスとはエンペラー種だったのですね。それもギガント級……」


 独り言のようにクロアは言う。なんたら種、なんとか級と言われても何がなんだか。「とても強い」「とても大きい」くらいの認識でいいのだろうか。


 聞いてみようとしたが、先に向こうが口を開いた。


「エンペラー種の魔獣は、素材、肉、魔石など全て王族に献上しなければなりません」


「そんなに貴重なのか?」


 名前のイメージから上位っぽいとは思ったけど、まさかの最上位。


 というかミノタウロスだけで四体あるんだけど。贈られた方も迷惑なのでは?


 九九から九〇階の敵が全部「エンペラー○○」だったことは、黙っていた方がよさそうだ。


「当面の間は持っていることを伏せてください」


「ああ」


 馬鹿正直に献上したら、誰が手に入れたのか明かさないわけにもいかなくなる。ギルドとしても、俺の存在を明るみに出したくはないはずだ。


「そして、後でこっそり食べさせてください」


「欲望丸出しかよ」


「内々に解体、加工できる者を手配します。料理人も早急に」


「全力出すなそんなことに」


 リスクをまるで考慮していないクロアに戦慄する。今しがた肉を食ったのに、よくそんなに肉にがっつけるな。


「そんなことより」


 このままでは本当に飯を食いにきただけになってしまう。話を切り替えた。


「カテリナってのを追っかけなくていいのか?」


 E級冒険者で魔術師、迷宮発生の調査に同行した一人。


 倒れる寸前、バッシュは「カテリナに唆された」と言った。言った瞬間に、手や顔に紋様が浮いて死にかけた。


 呪術をかけたのがカテリナかはともかく、ただの同行者に収まらないのは間違いない。


「もちろん調査中ですが」


 らしくなく、歯切れ悪く答える。そのまま目線を逸らして黙ってしまった。ますますらしくない。


「どうした?」


 俺の問いに、身じろぎもせず無言を貫くクロア。無視されているのか、考えをまとめているのか。見た目からはさっぱり分からない。


 少しの間を置いてようやく口を開いたと思ったら、予想外なことを口にした。


「人間は闇術を使えません」


「え?」


「適性を持つ者がいないからです。使えるのはごく一部の獣人族か、魔族のみです」


 反対に、魔族は光術を使えないと言われています、とクロアが言う。だが前半の衝撃で耳に入らない。


 自然と前のめりになり、声が低くなった。ほとんど魔族にしか闇術が使えない、ということは。


「今回の件に魔族が関わってる?」


「その可能性はあります」

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