35 自由人
「念のため、D級冒険者オンドゥ氏、ライル氏、クレメン氏にも解呪をお願いします」
クロアに言われ、オンドゥを含めた手下三人にも解呪の魔術をかけた。バッシュ同様に黒い煙が立ち上ぼり、呪術がかけられていたことが判明する。一体誰が何の目的で。
「本当に使えるんですね、治癒術。それも無詠唱とは驚きです」
まるで驚いていないような顔で感想を述べるクロア。呑気すぎないか?
「人が死にかけてんだぞこの鉄面皮の鉄仮面女……とでも言いたげな顔ですね」
「いや、そこまでじゃないけど」
「『それ以上くだらねーことぬかすならお前もヴァンパイアにしてやろうか』」
「それは全然思ってない」
両腕を軽く広げ、両手の指を曲げ掌を上に向けて台詞を言う。動きだけは舞台女優さながらだが、言葉は淡白で顔は素のままだ。
しょうもない会話で気が抜けて、緊張も紛れる。……それを狙ってのこと……な、はずはないか。
「ギルドの諜報員が回収に来ますので、少し待ちましょう」
言いながら、服の下から俺に見せるように指輪を引っ張り出す。宝石のついたごつい指輪で、細いチェーンで首から下げていたようだ。
「通信用の魔道具です」
「へえ、そんな魔道具もあるんだな」
血液での識別や通信など、元の世界の遜色ない技術もあるな。
俺の返事を聞き、無言でじっと見つめてくる。……なんだ? 表情が全く読めないからちょっと怖いんだけど。
「あなたの住んでいた世界にも、同じような技術があったのですか?」
「うん? ああ、まあ、似たような物は」
急な質問に困惑しつつ返すと、やはり、と納得した様子で頷いた。
「通信という概念を理解しているようでしたので」
通信の魔道具は貴重で、存在すらほとんど知られていないようだ。疑似DNA鑑定と同じで、あまり一般的な技術ではないらしい。
「どんな拍子にあなたの素性が露見するか分かりません。お気をつけください」
……言っていることは正しいが、これまでの言動を省みると納得がいかない。
クロアは指輪に向かって口を動かし、それが終わると服のなかにしまい込んだ。彼女の言葉や向こうからの通信は、俺の耳でも聞き取れなかった。指輪を持つ者同士でのみ意思の疎通ができるのだろう。現代の技術と似通っていても、こういうところはしっかりファンタジーだ。
ほどなく一匹狼の巣に数人のギルド職員が入ってきた。男女とも、ギルドの制服なのかクロアと同じタイプの服装だ。倒れている四人を抱えていき、現場検証なのか、酒場をあちこち調べている。
そのうちの一人に、クロアは持ったままだった剣を「お願いします」手渡した。俺に顔を向け、
「それでは行きましょう」
と言って入り口へ向かう。行きましょうって、どこへ?
扉の前に立ち、さっさとついてこいと言わんばかりにこちらに目を向ける。……まあいいけど。
外に出ると、クロアはすたすた歩き始めた。並んで行き先を聞く。
「どこへ行くんだ?」
「お昼ご飯に決まっています。奢ってください」
真っ直ぐ前だけ見ながら話すクロア。その口調も相まって、会話というより一方的にぶつけられているような気分になる。
予想だにしない回答と、厚かましいお願いに面食らう。驚きすぎて足が止まり、数歩進んだクロアが振り返った。無表情のまま小首をかしげる。なにか変なことでも言いました? みたいなリアクションをするな!
俺が歩き始めると、クロアも再び歩を進める。
「なんで俺が」
「いいじゃないですか。金貨や大金貨がたんまりあるのでしょう」
「そんなことまで聞いてるのか? というか、外で言うなよそんなこと」
人通りがないとはいえ、どこに耳があるか分からないだろうに。
「大丈夫です。所持金と素性はそうそう結びつきません」
どんな拍子にバレるか分からないから気をつけろ、って言ってたよなさっき。
「今の俺はただのG級冒険者だぞ。大金貨をたんまり持ってたら怪しいだろ」
「ただのG級冒険者は、D級パーティを殴り倒せません」
綺麗に揚げ足を取られて言葉に詰まる。
「あなたが酒場に踏み込んだ時は目を疑いました」
「……まあ、自分でもちょっとアレだったと思う」
冷静さを欠いていた。……いや、冷静なまま理性的な判断を捨てていた。吸血鬼になってから時々ある、嫌な精神の動きだ。自分のやりたいまま動くというか。
「ですが、あなたが自分から踏み込んだ理由は概ね理解しています。だからこそ私も姿を見せました」
「だからこそ?」
「万が一の時は私が止める必要があります」
言っている意味が曖昧で問い返す。答えのようなそうでもないような言葉が返ってきて、少しかかって理解した。
俺がバッシュたちの命を奪うことをーーあるいは、吸血鬼に変えることを危惧したのか。
保護した手前、ギルドとしては、俺に人を殺させるわけにはいかないのだろう。
俺が理解したことを把握したようで、満足げに頷く。
「というわけで、あなたは私にご飯を奢らねばなりません」
手間賃か。押し売りしておいてその言い分はやっぱり厚かましいが、食事代を払うくらいは構わない。俺の都合で仕事内容を変えてしまったようだし。
「大通りに出たら、豪勢に辻馬車で行きましょう」
「豪勢にって、それ払うのも俺だよな」
「お金を持つ人はそれを使わなければなりません。摂理です」
どの店に向かっているかも分からないため、クロアについていく。冗談ではなかったようで、本当に辻馬車を拾って繁華街まで向かった。
店の前で馬車は止まった。出発時にクロアが馭者へ伝えていたのは「楓の朝露亭」だったか。……この世界の飲食店って、どれもこれもこんな名前なのだろうか。それとも辺境の流行りなのか?
豪華な作りの建物だった。二階建てでギルドより一階低いが、店の敷地は大差なく見える。真っ白い漆喰の壁に、暗い木目でアンティーク感のある木の扉と、赤い屋根がよく映える。入り口近くの床は大理石だった。豪華すぎない見た目に品を感じる。
「おい……高い店じゃないのかここ」
「ご安心ください。ドレスコードはありません」
あってたまるか。
クロアが言うには、本物の金持ちが来るような高級レストランではないようだ。子爵以下の下級貴族から商人、時々リッチな食事を楽しみたい一般市民にまで広く利用されている繁盛店らしい。……最高級でないにしろ、やっぱり高い店じゃないか。
「個室ですので、内密な話をするのにもちょうどいいでしょう」
言うや否や、足早に入り口へ向かい扉に手をかける。気が逸っているのが丸分かりだ。
こいつ、顔に出ないだけで感受性自体は豊かなのかも。




