34 闇を払い
「モーグ氏の件の証拠はそちらです」
おかしな空気に呑まれている俺とバッシュをよそに、変わらぬマイペースで壁を指差した。つい、そちらを見てしまう。
バーカウンターと空っぽの棚。カウンター越しで見えないが、俺が先ほど投げ飛ばした男が倒れているはずだ。
「尾行され男?」
「D級冒険者オンドゥ氏です」
俺の雑な呼び名をクロアが訂正し「正しくは、氏の持つ剣ですが」と続ける。
「剣?」
改めてカウンターの方へ目を向ける。投げ飛ばされた拍子に手放したのか、剣はカウンターの手前に転がっていた。
鉄の剣は血で濡れている。俺の血ではない。俺に切りかかる前から血がついていたし、剣は当たっていない。
「血……」
「モーグ氏の血痕と推測されます」
俺の呟きをご丁寧に拾って答える。いや、でも……。
「馬鹿馬鹿しい! それが証拠か? それがヤツの血だなんてどう証明できる!」
バッシュが口を歪ませて言う。俺も概ね同じことを考えた。現代ならともかく、この世界で有効な証拠になるのか?
そんな俺の疑問に答えるように、事も無げにクロアは言う。
「私では無理ですが、証明できる職員がいます」
「えっ」「なっ」
驚く俺たちに構わず淡々と続ける。
「血液には魔力が含まれています。魔力の性質は人によって異なるため、魔力知覚に優れた人なら誰の血かを判断可能です」
マジすか。そんなDNA鑑定みたいなことが。バッシュが思い至らなかったということは、一般に知られている技術ではないのか。
知覚に優れた人、というのはメルのことかな。人間か魔族かだけでなく、個人レベルで見分けられるのか。
「タイチロウ氏も血で見分けられるのでは?」
予期せぬ指摘にぎょっとする。おいおい! こいつどこまで話す気だ! 俺の正体を聞かされているっぽいけど、こんな口の軽いヤツに教えるな!
「……いや、やったこともないけど」
「そうですか」
興味があるのかないのか。追求はせずさらっと流す。
クロアはすたすたと、自然な動きでカウンターまで歩き剣を拾って振り返った。長い真っ直ぐな髪がさらりと揺れる。
「ということで、観念しましょう」
あっさりと証拠を確保したクロアに対し、腰を浮かせようとしたバッシュの肩をつかむ。恐らく反射的に動いただけだったのだろう。大した力を込めなくても動きを止め、椅子の背もたれにぐったりと身を預けた。
「往生際の悪いことです」
「往生しようとしてたんだよ、さっきまでは」
具体的には君が顔を出すまでは、と言いたい気持ちをぐっと堪える。
また口を閉ざしてしまったバッシュは置いておき、クロアに尋ねる。
「ギルドには、バッシュたちからどういう報告が入ってるんだ?」
「申し訳ありませんが、守秘義務がありますので」
まるで申し訳なさそうでない顔で言われてしまう。あるのか、守秘義務……。いや、そりゃあるんだろうけど、余計なことはぼろぼろ話す割に聞いたことには答えないとは。
そう思っていたらとんでもないことを言い出した。
「どうしても聞きたいのであればお答えしますが」
「……じゃあ、どうしても」
お答えしちゃうのかよ、というつっこみは飲み込んだ。職業意識が低すぎるが、そこをつついても得はない。
クロアはこほん、と咳払いして「んっ、んんっ。あ、あーあー」とチューニングを始める。
「それ必要? そんな長い話なの?」
「なんなんだよ、お前ら」
のろのろ顔を上げたバッシュが力なく言う。ら、とまとめるのはやめていただきたい。
冒険者ギルドはカーム洞窟に迷宮発生の予兆を感じ取り、冒険者に調査の依頼を出した。引き受けたのはD級冒険者バッシュ率いるD級パーティ「狼牙」。その他、E級冒険者で治癒術師のレティシスと、同じくE級の魔術師カテリナ、E級に上がりたてのモーグが荷物持ちとして随行した。
レティシスを同行させたのはギルドだ。街での活動が主な彼女に、外での訓練とパーティの経験を積ませようとした。本来、そのくらいの余裕がある任務だった。
レティシス以外を雇ったのはギルドではなくバッシュら自身だ。命を懸ける彼らには随行員選びなど、ある程度の裁量は認められる。トラブル防止のため、ギルドに報告する義務はあるが。
「トラブル?」
「以前にあったのは、不当に報酬を安くしたりなどです」
なるほど。
余談だが、D級パーティというのは俗称というか、正式ではない称号らしい。所属する面子や実績でそう呼ばれているだけで、パーティそのものにランクは存在しないとのこと。
クロアが話を続ける。
予定通り洞窟を訪れた一行は、その最奥に迷宮の発生を確認する。引き返すさなかで複数の魔獣が強襲。背後から狙われ、後列で控えていた治癒術師がパニックを起こして逃走。戦闘終了後にはどの方向へ行ったかもわからなくなっていた。
戦闘の余波で食料などの物資もばらまかれてしまったため、パーティの安全を考え、やむなく洞窟を脱出して帰還……。
「ギルドは信じたのか? それを」
「個人的にでしたら、疑わしいと思った人がほとんどですが」
ギルドとしては、嘘だと言い切れるほどの根拠はなかった、か。
狼牙だけでなく、他の二人も口裏を合わせた。魔力溜まりで発生したらしい、強い魔獣がいたという報告もあった。外での活動が乏しい治癒術師なら、パニックを起こしかねないのではという納得もあった。
一つ一つは小さな要素でも、まとまれば「もしかしたら」と思わせる。
「それに、D級冒険者、というのはそれなりに実績があることを意味しますから」
D級というのも信用させるに足る要素らしい。にわかには信じがたい、と思う俺の顔を見て、
「B級が一つまみ、C級が一握りだとすると、D級は一すくいといったところでしょうか」
分かるような分からないような例えを口にするクロア。
AとSは? EFGは? と思うが話が逸れるので聞かない。
「A級は一つまみの中の一つまみ、S級は規格外ですね。E級以下に関しましては一まとめ、みたいなものです」
……聞かれる前に答えてきた。じとっとした目で見ても、やはり顔色一つ変えない。
D級以上が冒険者の上澄み、ということは理解できた。納得はしていないが。
とにかく、バッシュの報告については聞き終えた。当のバッシュも黙りきりということは、間違った点もなかったのだろう。
レティから聞いた話とは、当然ながら全く異なる。
しばしの沈黙。俺はじっとバッシュを見て、クロアは身じろぎもせず立っている。
「お、れは……俺は」
視線に耐えかねたのか、絞り出すような声でバッシュは話し始めた。
「唆されたんだ……あの女に、カテリナに……」
カテリナ? それは……E級の魔術師で、探索に同行したもう一人の冒険者じゃないか。
いい加減、苛立たしい気分になってきた。
「あのな、この期に及んで」
人のせいなのか? と言いかけた言葉が止まる。
「う、が、ぐぐ……」
うなだれていたバッシュが苦悶の声を上げた。喉を押さえ、ぜえぜえと息を吐く。
「はっ、はっ、はあっ」
「お、おい。どうした? なんなんだ?」
苦しげに上げた顔には、大量の汗が浮かんでいた。
ただそれよりも、顔と腕に黒い紋様が浮かんでいて怖気が走る。左右対称の幾何学模様で、魔方陣のようにも見えた。見るからに不吉な何かを感じる。これは一体……。
椅子から落ちて床に転がる。息はどんどん荒くなっており、シャツは汗でぐっしょりだ。
クロアが、すっと膝をついて観察するように見た。
相変わらずの無表情と抑揚のない声だが、しかし早口で告げる。
「闇術の呪術でしょうか。このままだと死に至るかもしれません」
「死!?」
唐突な展開に頭がついていかないが、考えている暇はない。倒れているバッシュに手を向けた。
「ディスペル!」
上級光術、解呪の呪文を唱える。掌から漏れた光がバッシュを包むと、黒い煙のようなものが体から抜けて消えた。体に浮かんでいた謎の紋様も消える。
今は人化しているため、俺への影響もない。
しばし息を荒らげていたバッシュだが、次第に落ち着いてくる。
「大丈夫、なのか?」
何せ初めて使う術だ。どう作用するかなんて分からない。副作用とかないだろうな。
呼吸と瞳孔、心音を確認したクロアが立ち上がって言った。
「気を失っていますが、命に別状はなさそうです」
「……そうか」
ほう、と息が漏れる。頼りになると思ってしまったが、口に出すのはなんとなく癪なのでやめておく。




