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33 尋問……?

「まあ、とりあえず座ってくれよ。殴り合いにきたわけじゃないんだ」


 適当な椅子を引いて座り、立ち尽くすバッシュにもそう勧める。バッシュはぎり、と歯を軋ませていたが、やがて俺の正面に椅子を持ってきてどっかりと腰かけた。


「……何が望みだ?」


「最初に言ったろう。全て公表しろ」


 声を潜めて言うバッシュに言い返す。思いがけず素っ気ない声が出た。場所のせいか、物々しい空気がそうさせるのか。


 俺の言葉を受け、言い返せずに忌々しげに睨みつけてくる。目を逸らさず俺は言った。


「分かってるんだろう? 逃げ切れるはずなんてないと」


 治癒術師のレティと彼ら四人、どちらの言葉をギルドが信じるか。仮に信じないとしても、どちらを忖度するか。


 手下三人に言ってのけた方針が不可能なのは、バッシュ自身でも分かっていると察せられた。


 そうだ。本来であれば、俺が踏み込む必要なんてない。彼らの人となりが分かった時点で引き返してもよかった。


 それでもわざわざ姿を見せたのは。


 一つは直接問いただしたかったからで。


 もう一つは直接物申したかったからだ。


 バッシュはしばし無言のまま睨んでいたが、ふいっと目を逸らして言った。


「証拠なんて何もねえ」


「そうでもないさ」


 ノータイムで言い返してやると、ぎょっとした顔をした。してやったり、という気分にならないと言えば嘘になる。


「迷宮一階の魔獣は蛇……グレーパイソンだそうだな」


 俺自身が迷宮に入ったとは言えないため、伝聞の形で言う。


 一階は灰色で大きな蛇だった。毒も持たず、一体一体はそれほどでもないが、群れる性質があるので厄介……らしい。バートンがそう言っていた。


 何も知らないバッシュは、当然レティが証言したと思うだろう。


「それが事実だと確認されれば、お前らが迷宮に入ったこともはっきりするだろう」


 されればも何も事実なのだが、知っていることを知らない風に言うのも面倒くさいな。


「そ、れは、俺たちまで入ったことの証明には……」


「へえ……ちっこい治癒術師が一人で入って、蛇と戦って生き延びて、洞窟まで戻ったと? ギルドでもそう証言してみるか?」


 うつむいてしまうが、露骨な舌打ちも忘れない。まだまだ元気じゃないか。


「モーグも一命を取りとめた。俺もこの耳でお前らの会話を聞いた。もうおしまいだ」


 なぜだか俺をギルド関係者だと誤解しているようなので、そのまま利用する。正直なところ、俺が聞いたところで何の証拠にもならないだろう。


 バッシュは拳を握り、分かりやすく憤る。だがまだ折れない。


「……例え迷宮に入ったとしても、それだけだ。他には何もやましいことなんて」


「聖女の前でもそう言えるか?」


「……あ?」


 諦め悪くうめくバッシュを、遮るように言ってやる。


 予想だにしていない言葉が出たからか、うつむいていた顔を上げる。困惑どころか、明らかに混乱していた。収まるのを待ってやらずに続ける。


「真実の聖女の前で証言させてやる」


 口を二度三度とぱくぱく開き、前のめりになって大声を出す。


「ハッタリだ! 神殿がギルドのいざこざに首突っ込んでくるわけねえ!」


「普通ならな」


 神殿とギルドってやっぱり仲悪いのか? と思いつつ、余裕を崩さず反論する。


「俺はツテがあるのさ。第一隊の隊長と交流がある。ウォーグ=ニコライ・アンダレイ子爵だ、知ってるか? 何かあったら訪ねてこい、とまで言ってくれている」


 嘘と真実を交えて話す。畳みかけるように。


 もちろんバッシュの言う通り、ただのハッタリだ。俺が神殿なんて頼れるはずもない。


 だがそれを言ったバッシュ自身が、ハッタリじゃないかもと思い始めている。今は明白に、瞳に怯えの色が見えた。


 具体的な名前と、神殿や貴族の名を持ち出すリスク。そんなリスクを抱えるはずがないという先入観。その幻想に怯えている。


 実際はバッチリ抱えているので、広まれば大問題だが知ったことか。


「話せよ、全部」


 目を覗き込むように見て俺は言う。


「状況証拠と証言のみで、物的証拠は確かにない」


 あえて不利になるようなことも言い、だがな、と続ける。


「証拠なんてない方がつらいかもしれないぞ」


 法治国家の日本でさえ、取り調べの苛烈さが取り沙汰されることがあるのに。


 話せば楽になる。バッシュだって分かっているはずだ。


「それとも、本当に神殿を巻き込んでほしいのか?」


 どのくらい大事になるのか想像もつかない。バッシュも同様だろう。


 だからこそ勝手にイメージを肥大化させ、恐れる。


 うなだれて、逡巡するように「ああ」とも「うう」とも取れるようなうめき声を上げた。


 もう一押しか、と思った時、


「少なくとも、E級冒険者モーグ氏に対する傷害の証拠はあるでしょう」


 窓から声がかかった。バッシュと二人、そちらをはっと見やる。


 薄い青の真っ直ぐな長髪を、真横に切りそろえた女が立っていた。見た目は若く、一六歳前後に見える。


 上下とも黒のベストとスラックス。長袖のぴたっとしたブラウス……ギルド職員の服を着ていた。


 両手を前で組んで丁寧に頭を下げる。非常に折り目正しいそれは、寂れた酒場に場違いすぎて浮いて見えた。


「はじめまして。D級冒険者バッシュ氏、G級冒険者タイチロウ氏」


「冒険者? G級?」


 バッシュが眉をしかめる。そこは拾わないでいいのに。


「登録初日でD級パーティ相手に大立ち回りとは恐れ入ります」


「初日だと?」


 さらに険しい顔を見せるバッシュ。個人情報をぽろぽろ話さないでほしい。


 これ以上余計なことを話す前に尋ねる。 


「どちら様?」


「申し遅れました。私はクロアレムル。フォードカリア冒険者ギルドに席を置いております」


 クロアとお呼びください、と言ってまた頭を下げる。服装で分かってはいたがやっぱりギルド職員か。コンプライアンスについて問い詰めたくなるが、何を言っても動じなさそうな無表情だ。


 ここに来てから表情一つ変えず、話し方にも抑揚がない。顔立ちは整っているのに、それが却って作り物めいた不気味さを感じさせた。機械のようだ。


「ギルドの人がどうしてここに?」


「窓越しだと話しづらいので、失礼します」


 質問を無視して窓から入ってくる。……窓枠に引っかかったままの一人を踏み越えて。かなりマイペースだなこの子。


 店内に入ると唐突に、


「ギルドマスター、バートン様の指示でタイチロウ氏を監視しておりました」


 と問いかけに答えた。


「ギルマスの指示で監視……?」


 バッシュが宇宙人でも見るような顔で俺を見ている。その目はありありと「何者だこいつは」と物語っていた。


 ……このクロアって子、人選ミスじゃなかろうか。言わんでいいことを次々漏らしているぞ。


 しかしそれよりも、


「尾けてたつもりが尾けられてたとは」


「あれは酷い尾行でした」


「言わなくていいよねそれ」


 おかしいな、空気が緩んでいる。さっきまでのハードボイルドな尋問シーンはどこへ……。

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