32 探偵風化け物
尾行。探偵小説や刑事ドラマなんかでは定番だが、自分がそれをやる日が来るとは。
男はぼさぼさの頭をがりがりかきながら、足早に歩いていく。見失わないように後をつけるが、どれくらいの距離を保つべきなのか。
「どうする……いっそ逃げるしか……いや、逃げても……」
不穏な独り言だ。後ろからなので顔は見えないが、その声にはありありと不安が表れている。やましいことがあります、と言わんばかりの態度だが、後をつけられているとは思っていないようだ。前だけ向いて歩いていくので、尾行素人としてはとても助かる。
当てどなくさまよっているわけではないようで、足の運びには迷いがない。フォードカリアに不慣れな俺は、どの方角に向かっているのかすら分からないけれど。
しばらく歩いたところで、東の歓楽街だと気づいた。大通りに酒場や娼館らしき建物が、無節操に立ち並んでいる。ほとんどの店は、まだ開店には早いようで閑散としていた。……尾行がバレそうだな。
俺の危機感に反し、男は俺に気づかぬままいそいそと一件の建物に入っていった。
木造で尖った屋根の、古びた酒場だ。看板がなければ店だとは思わなかったろう。
「一匹狼の巣……」
看板を読み上げる。なんだか妙な店名に思えるが、形式としては「カナリアの止まり木」と同じなのか……? まあ「Lone wolf’s nest」とか「Maverick’s den」と言い換えれば酒場っぽい、のかも。頭に「Bar:」とかついていれば完璧だ!
さてどうしよう。
店の陰で、腕を組んで考える。これが夜なら堂々と踏み入ったところだが、この時間じゃ流石に怪しいか。
尾行の次は張り込みか? 追跡のセオリーが分からないので二の足を踏んでしまう。
「人通りのない場所で突っ立ってるのも怪しいか」
買い物も済ませなければならないし……と言い訳じみたことを考え、店の横へ回った。開いた窓からそっと中を覗く。
店内は薄暗いが、俺の目にははっきり見える。
「なんできっちりトドメを差さねえんだ!」
「い、いや、その前に騒ぎになっちまって」
「ふざけんなよ! たかがE級に遅れを取りやがって!」
覗くや否や怒鳴り声が響いてきてちょっとビビった。
開店前なのか、言い争っている連中以外は誰もいなかった。憚ることなく大声を上げている。
廃墟か、身内の店なのか……。彼らがどうやってこの場所を利用しているのかは気になるが、聞ける相手もいないので胸にしまう。
「お、落ち着けよ、言い争ってる場合か」
「お前が言うんじゃねえよ!」
くそっ、と吐き捨てて椅子を蹴り飛ばす。
ここまで尾けてきた男が責められているようだ。彼も含めて四人、全員三〇よりは下だろうか。
「このままじゃどんな処分が下るか」
「最悪牢屋行きだぜ」
「どうする、バッシュ」
リーダーなのか、バッシュと呼ばれた男は鷹揚に構えている。落ち着きなく体を揺すっているその他三人とは対照的だ。
「落ち着け。証拠なんてありゃしねえんだ、しらばっくれてりゃいい」
「で、でもはぐれ術師の件は……」
「それだって同じだ。俺たちと向こうで意見が食い違っても、どっちが嘘かなんて分かりゃしねえ」
随分と甘い考えをお持ちで。信用の差、という言葉を知らないのか。それとも、自分たちがよっぽど信用されていると思っているのか。水かけ論は俺も危惧していたが、こんな連中ならレティの信用が勝つだろう。
だがバッシュの表情に、隠し切れない余裕のなさが見て取れるのが気にかかった。
長く息を吐いて、瓶のまま酒をあおる。まるで不安を酒で溶かすように。……考えを少し改める。バッシュ自身は、ある程度現実が見えているのかもしれない。
反対に三人は少し安心したようで、態度を落ち着ける。
「モーグの野郎、急に『事実を打ち明けましょう』だなんて言いやがって」
「あいつが目覚めちまったら何を言い出すか」
「今はギルドの救護室だ、流石に狙えねえよ」
ぼろぼろ話しますね……。これが証拠ってことにはならないか?
モーグを殺そうとしたのは間違いなくこいつらだ。実行犯は尾行してきた男だが、計画自体は全員で立てたものと見て間違いない。
襲った理由は、レティを見捨てた件を打ち明けようとしたからだろう。恐らく彼らは、レティに非があるような言い方で、レティとはぐれたことを報告したのではないか。マスターの部屋の前、レティの話を聞いたメルの反応からして、そうとしか思えない。
もう少し詳しく聞いてみよう。
そう思った俺は窓から中へ入る。
「なっ」「えっ」「うおっ」
三馬鹿は三者三様の声を上げる。バッシュは声こそ上げなかったが、驚いた顔でこちらを見た。
入ってみて分かったが、床には薄く埃が積もっている。ややかび臭いし、椅子やテーブルの傷も目立つ。やっぱり廃墟なのか?
「誰だお前は」
酒瓶を右手に持ち変え、低い声を出して立ち上がる。尾行してきた男が気づき、俺を指差した。
「あ、こ、こいつ。はぐれと一緒にいた……!」
ち、と舌打ちしてバッシュが睨む。
「バカが、尾けられたか」
睨まれた男が顔を青くする。でも、全員そろって盗み聞きに気づかなかったのだから大差ない。
「冒険者にゃ見えねえが……ギルドの調査員か?」
また言われた! でも、装備を買う前に不審な動きをしたそっちにも非があると思う。
ギルドの調査員が何かも知らないが、あえて肯定も否定もせず言い返す。
「提案するが、全部正直に公表した方がいい」
「ああ!?」
ずい、と身を乗り出して凄んでくる。肩をいからせ、濁った声で威嚇するバッシュは場慣れしているようで、変な言い方だが様になっている。厳つい顔と鍛えられた体も相まって、元の世界なら財布くらい差し出していたかもしれない。
だが彼にとって残念ながら、ドラゴンやミノタウロスとは比ぶべくもない。
余裕を崩さない俺に苛立ったのか、顔をぐぐっとしかめる。
「丸腰で来るたあ舐められたもんだな」
だからそれは買い物前だったからで。
バッシュは目線を横へ向け「囲め!」と叫ぶ。手下の三人が剣を手に手ににじり寄ってくる。
背には窓。逃げようと思えば逃げられそうだし、三人の顔にははっきり緊張が滲んでいる。神殿騎士ほどの練度はなさそうだ。
もちろん逃げるつもりはない。
対人戦は初めてだ。まずは動きをよく見る。
斬りかかってきた右の男を屈んで避け、正面の男の振り下ろしは懐に飛び込む。ぎょっとした顔を横目に、後ろへ回り込んだ。
俺を見失った男の背を、少し強めに押す。「ぐひゅっ」と息を吐き出して吹っ飛び、窓枠にだらんと引っかかって動かなくなった。
ごっ、と頭に固い物が当たった。痛みはほぼないが視界が一瞬ぶれる。バッシュが投げた酒瓶が転がっていた。視界の端で一人が剣を振ったが、殴って迎撃する。呆然と折れた剣を見る男の腹を殴った。「おぶぇっ」と沈む。
残った一人は尾行され男だ。その剣には既に血がついていた。けさ懸けの剣を避け、剣を持った腕をつかんで放り投げる。カウンターの奥の棚に当たり「ぐえっ」と声を上げて床に落ちた。
静寂。埃が舞い、開いた窓から差す光できらきら光る。見ているだけでくしゃみが出そうだ。
バッシュが恐怖を押さえ込むような声で言った。
「お前……化け物か?」
その通りだ。




