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31 治癒術師

 大小、いくつかの指示を受けて部屋を後にした。


 魔族であること、稀人であること、魔術書を所持していることの三つは、人に話さぬよう厳命された。元より言いふらすつもりもないので問題はない。


「あとは、装備をそろえろ、か」


「あ、はは……」


 困ったようにレティが笑う。メル曰く、普段着の俺はまるで冒険者らしくないとのこと。方々で散々言われているので知っている。


 武器と防具を身につけ、冒険者らしく取り繕えとのこと。


 杖などの、触媒を用いずに魔術を使うのも割と目立つらしい。無詠唱などもっての他のようだ。


 要するに「目立つな」ということだ。治癒術の行使に関しては特に止められていないが、できるだけ人前での使用は控えた方がいいのだろう。


 ポケットには新たに金貨が一枚。


 部屋を出る前、カームの迷宮の、地下一階から十階までの敵を伝えた。その報酬だ。影収納に入れたお陰で、名前だけはしっかり把握している。


 商業地区にはギルド所縁の店があり、初心者用の装備を取りそろえているらしい。それなら金貨一枚で一式そろうと教わった。初心者用の装備として、これが高いのか安いのかがよく分からない。


 初心者は登録後、街中の雑用で金をためてようやく装備を得る……というプロセスを、本来は踏むのだろうか。


「武器かー……」


 実は迷宮産の装備がたんまりあるため、買う必要は全くない。影収納の中は、刃物に鈍器に杖に甲冑にと勢ぞろいしている。ただ、見る人が見れば普通じゃない装備だと分かってしまうらしい。できるだけ使用は控えるように言われた。


「まずは武具店から見てみますか?」


 並んで廊下を歩きながらレティが言う。当然のように同行する気らしく、その様子はこれまでと変わりない。


「怖くはないのか?」


 軽く腕を広げ、少し冗談めかして訊いてみる。


 吸血鬼……ヴァンパイアは、魔獣はびこるこの世界においても危険な存在らしい。……いや、むしろ魔獣や魔族のいる世界だからだろうか。


 血を吸った相手を支配する、というのは試したことがないし、正直やり方も分からない。だが間違いなく可能だろうと確信している。そんな吸血鬼らしい力が使えないはずがない。どうせまたその気になった際に、体が勝手に能力を発現するに決まってる!


 火を吐くドラゴンに、地下百階の迷宮も潜れるS級冒険者……個々の力が強いこの世界で、それら全てを支配できる力があったとしたら。


 それこそが、あの場におけるあの反応の答えなのだろう。


 バートンらは、過去にヴァンパイアによって何があったのかは言わなかった。だが想像は容易だ。


 レティも存在は知っていたが、それは「聞いたことがある」程度の認識だった。それも流石に改まったろう。何せ冒険者ギルドのマスターをして「人類が滅ぶ」とまで言わしめるくらいだ。


「? なにがですか?」


 ……心底不思議そうな顔で聞き返されてしまった。なにがと言われると、改めて言葉にするのも難しい。


 結局、子供みたいな説明が飛び出た。


「俺が悪い吸血鬼だったらどうするんだ?」


「そうなんですか?」


 そうではないですよね、という顔で問い返されて狼狽える。


「いや、そりゃ違うけど」


「なら大丈夫です」


 どうしてそう、打てば響くような早さで返事ができるのか。少しくらいは悩んだりしないのか?


 何を言うべきか悩んでいると、レティが薄く笑みを浮かべて「昔に何があったかはわかりませんが」と口を開いた。


「わたしは、今知っているタイチロウさんを信じます」


 どこか大人びた笑みに、不覚にも言葉に詰まる。


 俺はまだまだ、レティを理解できていないようだ。


 頭に両手が伸びかけ、階段に差しかかってきたので引っ込めた。ここでわしゃわしゃするのは危ない。


「あっ……」


「うん?」


 笑みが消え、どこか惜しい? 残念そう? な声を出すレティ。目線の先は……俺の手?


「どうし」た? と言い切る前に、レティは慌てたように、


「いっ、いえ、なんでもないです!」


 と首を振って足早に階段を降りてしまった。なんぞや。



 レティを追って階段を降りる。ちょうど降りた所で待っていた。


「行きましょう!」


 やや赤い顔で勢い込むレティ。先ほどのことは聞いちゃ駄目そうだ。


 外に出ようとしたところで、表から慌ただしい声が近づいてきた。


 なんだ? と思ったところで、数名の冒険者が駆け込んでくる。そのうちの一人が叫ぶように言った。


「怪我人だ!」


 ざわつくギルド内に、開いた扉から人が担ぎ込まれてくる。床に置かれた男は腹部を押さえ、うめくような声を上げている。息は荒く、脂汗が流れていた。押さえた腹部からは血が滲んでいる。


 顔に見覚えがあり、思わず「あ」と声が出た。朝、レティを見て逃げた若い男だ。


「回復薬を! 急げ!」


 運んできた男が指示を飛ばすが、レティが「待ってください!」と言って前に出た。


「治癒術師です、わたしが治します!」


「おお!」


 レティに気づき、指示していた男が破顔する。


 床に膝をつき、杖を患部に向けて目を閉じた。


「天地に宿りし光の精霊よ、天の光を、奇跡の御業を授けたまえ。その慈愛をもって……」


 詠唱を始めると、ぼう、とレティの体が淡く光り出した。誰かがそれを見て感嘆の声を漏らす。


 これが真っ当な治癒術か。……よく見ておこう。


「ヒール」


 最後に呪文名を口にすると、杖の先から光が溢れて倒れている男を包んだ。心なしか呼吸は緩くなったが、まだ腹を押さえているままだ。傷は思った以上に深いらしい。


「もう一度唱えます。……天地に宿りし光の……」


 再度治癒術をかけると、ようやく傷はふさがったようだ。息は穏やかで、生気のなかった顔にも朱が差している。


 それを見てレティは、ふう、と息を吐いた。


「う……」


「モーグ!?」


 モーグと呼ばれた男は、薄く目を開けて声を漏らす。知り合いらしい別の冒険者が駆け寄った。


「傷はふさぎましたが、ちゃんと休ませてあげないと……」


「救護室へ運ぼう。手伝ってくれ!」


 複数人で抱えて奥の部屋へ運ばれていく。治して終わり、というものでもないらしい。治癒術でも流れた血は戻らないのか?


「ぼ、く……は……」


「じっとしていろ! 喋っちゃいかん!」


 虚空へ向け、よろよろと手を上げようとするモーグ。その手は血でべったり濡れていた。何があったんだ?


 何かを言おうとしていたが、運んでいた一人が遮った。


 運ばれていくのを見送っていたレティがこちらを見る。 


「大丈夫だとは思いますが……わたしも、様子を見ていようと思います」


 その表情は買い物に付き合えないからか、やや申し訳なさそうだった。まあ、子供じゃないし一人でも構わないが……。


 あくまで俺の考え……というか、ほぼ勘だが、モーグはレティを見捨てたうちの一人だろう。それをこの場で口にするのは気が引けて、


「大丈夫か?」


 とだけ尋ねる。


「はいっ」


 込めた含みを分かっているのかいないのか、レティはきっぱりと頷いた。まあ、恐るべきヴァンパイアですらあっさり受け入れた少女だ。どんな因縁があろうと見捨てはしないか。


 ぺこり、と頭を下げて小走りで追っていく。


 残された俺の耳には、治癒術を目の当たりにした冒険者たちが口々に感想を述べている声が聞こえた。


「やっぱりすげえな、治癒術は」


「ウチのギルドは恵まれてるわね」


「回復薬代だってバカになんねえしなあ」


 その中で。


 称賛の声に混じって、ちっ、という舌打ち音を聞き取った。入り口付近にいた男が、雰囲気にそぐわない苦々しい顔をしている。俺以外は誰も気づかなかったようだ。


 その顔のまま踵を返し、ギルドを出ていった。


 ……ほほう。

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