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30・5 ギルドマスターとして(バートン)

 聞き取りを終え、タイチロウとレティシスを退室させた。足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなるまで誰も口を開かなかった。


「……本気ですか? マスター」


 ジェイクが弱々しい声を出した。顔を、いっそ泣き出しそうなくらい歪めている。四〇がらみの男にそんな顔をされても、気の毒さより情けなさが強調されて同情はしかねた。


「言ったろう。今さら放り出すわけにも」


「でも! ……ヴァンパイア、ですよ」


 言われるまでもなく承知している。ジェイクもそれを分かっていてなお、言わずにはいられなかったのだろう。


 迷宮主として「発生」した、すなわち真祖のヴァンパイア。


 ギルドの定める魔獣、魔族の等級において、文句なく特S級の怪物。発見次第討伐対象となり、ギルド本部や国のみならず、神殿にも呼びかけて事に当たる相手だ。


 ギルドが神殿に、あるいは神殿がギルドに救援を要請する。……それだけで、関係者からは異常性が手に取るように分かるというものだ。


 通常であればあり得ない、まさに総がかりで戦わねばならない化け物。他にいるとすればエンペラー種の魔獣くらいか。


「以前現れた時はどうなった?」


「……百年と少し前ですが、西の海沿いにあった国に現れ、討伐までに国が半壊しています」


 淀みなく答えるジェイク。この男の知識量にだけは舌を巻く。


「半壊と言っても、結局弱ったところを周辺国に飲み込まれています。崩壊したも同義です……」


 うめくような声で情報をつけ加える。その語調はあたかも、この国も同じ道をたどると言わんばかりに沈んでいた。


「今からでも救援を要請するべきでは?」


「ジェイク」


「弱点であるはずの太陽光まで克服しているなんて異常です」


「落ち着け、ジェイク」


「百年前は、街一つが不死の軍勢と化したんですよ!」


 知っている。眷族化……ヴァンパイアの持つ力の、最も恐るべきものの一つと言っていい。


 血をすすった相手を同じヴァンパイアと変え、手下にする。愛する人が、親しき友人が、馴染んだ店の店主が、化け物となって襲いくる。そうして襲われた者もヴァンパイアとなり、敵はねずみ算式に増えていく。悪夢のような光景だろう。


「魔王の再来とも言われたそうです。当時を知る長命種は、今でもその名を恐れているとか……」


「魔王か」


 おとぎ話の勇者と魔王。魔族の王の侵攻を、どこからともなく現れた稀人の勇者が食い止め、ついには打ち倒した。一応は史実だったか。神殿の稀人厚遇と魔族排斥も、それに端を発しているはずだ。


「危険なのは承知の上だ。だからこそ、目の届くところに置いておかねばならない」


 言外に、討伐はしないと告げる。


「しかし、もし街全体が……」


「落ち着け、そうはならない」


「何を根拠に言うんですか」


 根拠ならある。いや、根拠と言い切れるほど強いものではないが。


「タイチロウが稀人、ということを忘れるな」


 私の言葉に、虚を突かれたように呆けた顔をする。


「……それは聞いていますが、彼がそう言っているだけでしょう」


 そうだ。確証は持てないし、持つこともできないだろう。何を話させたところで、それが別の世界での記憶か、ただの妄想かの判断は難しい。


 神殿ならば証明できる……はずだ。真実の聖女などではなく、もっと万人に分かる形で。無論、稀人の診断に神殿など頼れない。それが魔族なら尚更だ。


 だからこれは根拠と言うより私的感覚ーー話してみた感想、と言う他にない。


 ヴァンパイアのような、恐るべき怪物と対峙している気分にはなれなかった。言い訳めいたことを言えば、だからこそ種族を聞き忘れたというのもある。


 タイチロウは人間じみていた。というより、人間そのものだった。


「思うに、元は人間だったんじゃないか?」


 それも、恐らくは善良な。少なくとも一般的な倫理観を持った。


 よその世界で人間として生き、こちらでは吸血鬼として生まれ変わった。


「ならば、考え方も人間寄りなはずだ。……それとも、レティシスを助け、この街に来て、冒険者となった全てが演技だと思うのか?」


 質問調だが、それがあり得ないことくらいは分かる。


 この街を滅ぼすならば堂々と滅ぼせばいいし。


 中枢を乗っ取りたいなら、対峙してすぐ眷族化していただろう。


 ヴァンパイアとは……歩く災害とはそういうものだ。


「で、ですが。そもそもヴァンパイアというのが嘘かもしれませんし。ヴァンパイアには劣るけど強力な魔族で、街を探っているとか……」


 あたふたと話していたと思ったら、急にはっとした顔で言う。


「そうだ! 彼が誰かにヴァンパイアにされた元人間という可能性だって……」


 よくもまあ、ネガティブな意見ばかり思いつくものだ。だからこそ、副マスターとして欠かせないという側面もある。


「でも、悪い人には見えなかったでしょう?」


 出し抜けに、ずっと黙っていたメルが言った。理屈抜きの説得に、ジェイクの熱がやや引くのを感じる。


「それは……悪人には、見えませんでしたが」


「レティシスちゃんも懐いていたし、今は敵対するべきじゃないと思うわ」


「今我々にできる最善は、良好な関係を築いて味方に取り込むことだ」


 気勢が削がれたのを見て、畳みかけるように言う。


「安心しろ、監視は続ける。……場合によっては、ギルドの手の者を同行させるべきか」


 街中で何かあれば、彼についた密偵から連絡が入る手はずだ。ただ、迷宮内などの様子も探るには同行させた方がいい。


 口実は不要だろう。自分の立場を理解していて、かつ後ろめたいことがなければ否とは言うまい。


 ジェイクはまだ何か言いたげだったので、最後に付け足した。


「万が一の時は、私がなんとかする」


 出来ないことは口にしない、という私の信条をジェイクもよくよく知っているため、それ以上の反論はなかった。


「マスターがそう言うなら……」


 どうやって対処するんだという顔は隠せていないが、とりあえずは納得させた。それでいい。


「お前も親しくしておくことだ。もしもの時は見逃して貰えるかもしれん」


 言ってみて、趣味のいい冗談ではなかったかと省みる。メルは呆れを浮かべ、ジェイクの顔は引きつっていた。


 ソファから立ち上がり、デスクへと戻る。


 完全に納得したわけではないのか、ジェイクはソファーで頭を抱えていた。


「地下百階の迷宮に、迷宮主のヴァンパイアですか……」


「同時に治癒術の使い手で、魔術書の持ち主だ」


 独り言にそう言い返し、それにな、と続ける。のろのろと顔を上げたジェイクに言った。


「おとぎ話の勇者と同じ、稀人でもある」


「……それは本気ですか? 冗談ですか?」


 失礼な男だ。先に魔王だなんて話を持ち出したのはお前だろうに。

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