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30 どうも吸血鬼です

「マスター、それは……」


 バートンの言葉に真っ先に異を唱えたのはジェイクだった。気持ちは分かる。恐らく同じことを考えているだろう。


 予想に違わず、


「……神殿に目をつけられますよ」


 と言った。同感だ。それは治癒術の独占を図る神殿の、まさに急所を突く行為と言える。バートンも分かっているのか、冷静に「ああ」と頷いた。


「無論、情報の秘匿には気を配る。ただ、どの道時間の問題だろう」


 神殿も馬鹿じゃない、と言って腕を組む。確かにそれも頷けた。


 今後全く治癒術を使わないならともかく、外で怪我人を見かけたら、そしてそれが自然治癒を待てないくらいの傷病者なら……見過ごすことはしないだろう。自分を善良な人間だと思ったことはないが、救える手段があるのに見捨てるほど人でなしにもなれない。


 説明するのも気恥ずかしいし嘘っぽくなるので「まあ、そうかもな」とだけ返す。


 横を見るとレティと目が合った。……誰かを助けるという考えは、この少女に感化された部分もないではない。


「ひゃあっ」


 わしゃっと一撫でして手を放す。レティは目を見開き、頭上に「?」をいくつも浮かべているような顔をした。


 説明は放棄して話を戻す。


「でも、教えるったって光適性は多くないんじゃなかったか?」


 正しくは、神殿関係者以外の光適性は。


「ああ。だからまずは希望者を募るところからだ」


「口の堅い子を、こっそりと、ね」


 バートンが言い、メルが少し困ったような笑顔でつけ足す。……今日明日、という話じゃなさそうだ。


「君が持っている魔術書は中級以上だったか。……そうなると、魔力量もある程度のものが求められるか」


 顎に手を当ててぶつぶつと呟く。中級より下の魔術書(下級? 初級?)はカームの迷宮からは出なかった。口振りからして存在はしているようだ。


 魔術自体、何級まであるのかも知らない。常識先生案件だな!


「条件に合う者が見つかるまでは、既にいる治癒術師に伝授してもらいたい」


 既にいる治癒術師、って一人しかいないよな。


「えっ、……ええっ」


 視線を集めていることに気づき、きょろきょろと視線をさまよわせる。


「強制はしない。だが君がより強力な治癒術を学ぶことは、冒険者全体の安全に繋がる」


「レティシスちゃん自身の安全にも、ね」


 不安げな顔をしていたレティだが、バートンたちの言葉を受けて頭を下げ、叫ぶように言った。


「お、お願いします!」


 レティ自身が望むなら断る理由はない。



 それから、迷宮のことを聞かれて思い出しながら答えた。


「最初にいたのは地下百階だな。そこから上がってドラゴンと戦って」


「百階?」


「ドラゴン!?」


 バートンが眉をひそめ、メルが大声を上げる。ジェイクは大口を開けてわなわな震えており、レティは両手を口で押さえていた。


「その上の階はデカいミノタウロスで、倒したら長い迷路だったな。大部屋は出入り口も塞がれて、強制的に戦闘だった」


 大部屋の敵を倒すと宝箱、地下五〇階まではその繰り返しだ。いや、地上から見れば「地下五〇階以降は」と言うべきか。ややこしいな……。


 そこからは常に迷路、五階に一回で大部屋&宝箱だ。中級の魔術書は地下三〇階で出た。


 迷路の敵は階によって異なるが、階ごとに一種類のみ。


「迷路の広さはまちまちだけど、歩いて抜けようとしたら結構かかるな。五、六時間……って言っても分からないか、ええと」


 タイミングよく、からんからん、と昼を告げる鐘が鳴る。窓の方を指差して伝えた。


「朝と昼の鐘の間くらい」


 体感的には間違っていないはず。二足歩行のカエル、ヴァリアントフロッグのいた階はそのくらいかかった。


「ふざけた難易度だ」


「S級の冒険者でもないと踏破はできないでしょうね」


 バートンが渋い顔で言い、メルが賛同するように言う。S級なら抜けられるのか? この世界、一部の人間もちょっとおかしいらしい。


「よく……上がってこられました、ね」


「飲まず食わず眠らずでなんとかなるからな」


 困惑するように言ったレティにそう返す。……血液の補給は言わんでもいいか。


 魔術書を読んだり、人化していたりした時間もあるが、概ねコウモリ化して飛んでいた。目覚めてから迷宮を抜けるまで、ざっくり四日か五日くらいだろうか。いろいろな意味で時間の感覚がないため、非常に曖昧ではあるが。


「飛んだ? コウモリ?」


「レティシスちゃんと会ってから半日で街に、と考えると、彼が目覚めた時期と、カーム洞窟に強い魔力溜まりを察知した時期は一致します」


 何がなんだかという声をジェイクが上げ、メルが分析を口にする。バートンはメルの言葉に「うむ」と返した。ジェイクの扱いが悪い……。


「各階の魔獣について、分かる範囲でーー」


「待ってください! ……そもそも、こちらの彼は何の魔族なんですか?」


 ジェイクが言葉を遮り、俺に手を向けながらバートンに問いかける。


「なぜ本人に聞かない」


 まさしく俺が思ったことをバートンがつっこむ。


「い、いいじゃないですか……」


 狼狽えつつ眼鏡をいじくるが、こちらに目を向けようとはしない。バートンは大きくため息をついた。


「まあいい、彼は……」


 しばしの静寂。バートンは後ろに顔を向け「メル」と呼ぶ。


「……はい」


「聞いているか?」


「……いえ」


「そうか」


 気まずそうなメルに対し、バートンは相変わらずの無表情だ。だが、対照的にジェイクは劇的な反応を見せた。


「聞いていないんですか!?」


「ああ」


 信じられない、という顔で身をのけ反らせる。


「どうして真っ先に聞かないんですか!」


「それは手抜かりと言わざるを得ない」


 まるで悪びれているようには見えない堂々たる無表情に、勢い込んでいたジェイクも閉口する。


「言い訳になるけど、いろいろ衝撃的なことが、ね?」


 自分を、というよりバートンをフォローするようにメルが言う。


 治癒術、魔族、迷宮主、稀人。確かにトピックが目白押しだ。外見的にはほぼ人間だし、忘れられてもしょうがない。


 そういえばまだ伝えていなかった。見ているのも面白かったが、そろそろ教えよう。横で、自分が言うべきかどうか悩んでいるレティも気の毒になってきたし。


「吸血鬼だよ。ヴァンパイアって言った方が通じるか?」


 三人揃って絶句した。あ、あれ。レティに教えた時と反応が違うな。


「ヴァンパイアって、あの、陽の光に弱い……?」


「それ以外のヴァンパイアを知らないけど……」


 なぜか恐る恐る問いかけてくるメル。


「たたた、太陽、出てますけど……」


「どうにかした」


 震える指で窓を指差すジェイク。


「血を吸った相手を支配できると聞いているが」


「試したことはないけど、多分やろうと思えば」


 眉根を寄せて緊張を滲ませるバートン。


 遅ればせながら気づいたけど、吸血鬼って結構ヤバめ……? レティも知らなかったということは、いわゆる一般常識には当たらないのだろうけど。


「先ほど、もしもの場合は至上最悪として語り継がれる、と言ったが訂正しよう」


 暗澹たる気持ちを吐き出すように長いため息をつき、続けて言った。


「語り継ぐ人類が誰もいなくなる」


「……冗談を言ってる場合ですかマスター」


 冗談で言ってみた。誰も笑わず、ただ沈黙が降りた。

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