29 調査指示
「ええ、と」
レティと並んでソファに座り、バートンと向き合う。隣にはジェイクが座っているが、こちらは視線を斜め下に向けていた。メルは相変わらずバートンの後ろに控えている。
「……大丈夫なのか?」
「問題ない」
明らかにここにいたくなさそうなジェイクが気になったが、バートンはきっぱりそう言った。
「事の次第を考えると、彼にも知っておいてもらった方がいいと判断した」
「……僕は何も知りたくなかった」
ぽつり、とジェイクが言葉を挟む。
「今知るか後で知るかだ。どちらにしても変わりない」
「全部終わってから知った方が心に優しかったですよ」
「いい加減にしないか」
バートンが叱責する。声を荒らげているわけではないが、眉が寄ってちょっと迫力があった。ジェイクも流石に鼻白む。
「……分かってますよ。ちょっと愚痴りたくなっただけです」
「酒の席じゃないんだ。弁えろ」
その言い方だと、酒の席なら愚痴を聞いてあげるのだろうか。部下と酒を酌み交わすバートンを想像しようとして失敗する。
「慎重すぎるきらいはあるが仕事はできる。私が不在の時に何かあったらジェイクを頼るといい」
顔を俺に向けて言う。当のジェイクは、相談もなしに指名を受けて露骨に顔をひきつらせた。ほ、ほんとに大丈夫なのか……?
「ええと、副ギルドマスター?」
「……長いですし、副マスターでもサブマスターでも、好きな風に呼んでください」
「じゃあジェイクさんで」
ぎょっとした顔をされてしまったが、社交辞令なのは承知の上で距離を詰めているので気にしない。後ろでメルが笑いをこらえているが、それも気にしない。
「申し訳ないけど、あんまり迷惑はかけないようにするから。よろしく頼むよ」
「え、ええ……」
結局目は合わせてもらえなかったが、どうにか頷いてはもらえた。あとは冒険者として信用を得ていくしかない。
「今後の方針だが」
自己紹介が済むや否や、バートンがそう前置いて切り出した。
「君には迷宮の調査を依頼したい」
迷宮?
「それって、カームの迷宮のことだよな」
調査も何も、既に下から全部見ている。そう伝えるとバートンは「それに関しても後ほど詳しく聞きたいが」と前置きして続けた。
「迷宮は魔力溜まりによって発生する、というのは話したか」
頷く。そうならないように魔力溜まりの魔力を定期的に散らしている、とも。
「万が一迷宮になったら、それを潰すってのもメルさんに聞いたよ」
「そこだ」
どこだ? と聞き返す前にバートンは続けた。
「通常、迷宮は迷宮主を討伐することで消滅する。それが『迷宮を潰す』ということだ」
迷宮主ーー迷宮の奥にいるボス的存在。この場合俺だ。
「え、じゃあ俺が死なない限り迷宮って残り続けるのか?」
「普通に考えればそうなる」
表情一つ変えずに言い、更に悪い情報を重ねる。
「迷宮が潰せない以上、迷宮は成長し続ける。魔力溜まりから魔力が流れ込むことで、な」
それもメルから聞いた。生まれたての迷宮も、放置することで危険度が増していく。
……よくもまあ、普通に俺を受け入れているものだ。俺の呆けた顔を見て、無表情のまま言った。
「魔獣が氾濫するか君が街中で暴れでもしたら、私は至上最悪のギルドマスターとして語り継がれるだろうな」
「冗談を言っている場合ですか」
すかさずメルがつっこむ。い、今の冗談だったの? エグいジョークぶっ込んできたな……。
軽く咳払いして、
「君を受け入れる方が安全で、リターンも大きいと判断しただけだ」
淡々と言う。顔も声も、冗談を言っていた時との違いがさっぱり分からない。メルはよく分かったな。
「それに君が腹に何か抱えていようとも、ギルド預かりでいた方が対処しやすい」
無遠慮に言うバートンに、却ってありがたみを感じる。
バートンは間を置かずに話を戻した。
「ただ、迷宮主が単独で飛び出してきた例など聞いたこともない。これ以上成長しない、という可能性もある」
「だから調査か」
うむ、と頷く。迷宮を踏破した俺だからこそ、変化に気づけることもあるだろう。
「でもタイチロウくん、魔獣はほとんど倒してきたそうですよ? 中はあまり変わっていないのでは?」
後ろからメルが助言した。
迷宮の魔獣は倒してもまた湧いてしまうようだが、迷宮の成長は遅らせられるらしい。魔獣の復活にリソースが割かれるからか?
「それならそれで構わない。魔獣が増えていれば、迷宮に成長の余地があると考えられる」
魔獣が発生していたら、また倒してくれば迷宮の成長は停滞する。ただ……。
「そんな対症療法めいたやり方でいいのか?」
思わず口を挟んでしまう。いや、迷宮消滅のために死んでくれ! と言われても困るんだけど。
ただ、バートンは予想外なことを口にした。
「大丈夫だ。魔力の流れを変えればいい」
「流れを、変える?」
地形やその他の要因によって魔力が流れる。そこをいじくって終着点を変え、魔力溜まりの場所を変える。或いは溜まりそのものをなくそうと考えているらしい。
「そんなことができるのか?」
「前例はある」
言いながらジェイクに目をやる。全員の視線が集まったジェイクは、居心地悪そうに眼鏡に触れた。
「ええ、まあ。迷宮都市などはそうやって上手く調整し、迷宮資源として運用していますが……」
迷宮都市! 迷宮資源! 面白い単語が飛び出てきた。詳しく聞きたいが、後で常識先生に尋ねるとしよう。
「でも、この国での例はありませんよ。やり方だって何も……」
「どうにかするしかない。当然、タイチロウ本人にも協力してもらう」
そりゃあもちろん。でも、何からやったらいいのやら。地形を変えればいいなら、洞窟周辺で超級の地術でもぶっ放せばいいのか?
そう思いつつバートンとジェイクを見ると、しかつめらしい顔で話し合っていた。
「大規模な戦闘で地形ごと魔力の流れが変わったことはあるようだが」
「でも、それで街中に魔力溜まりが……なんてことになっても困りますよ」
「活性化する可能性も捨て置けん」
よく分からないが、やめておいた方がよさそうだ。
バートンは小さく息を吐き、こちらを正面から見据えて言う。
「対策はこちらで講じる。当面は迷宮の調査と、場合によっては魔獣の討伐を頼む」
「了解」
この国と外国の関係性は分からないが、例え良好だとしても、魔力溜まりのいじくり方が広まっていないということは、簡単に教えてもらえることでもないのだろう。
ノウハウが教われないなら、手探りでやっていく他にないだろう。かなり気の長い計画になりそうだ。
迷宮の話はまとまり、バートンが「次に」と言う。もったいつけず、前置きもなく言った。
「君には、光術の適性がある者へ治癒術を教えてもらいたい」




