28 再びギルドへ
「その……いいんですか、金貨……」
男が去り、再び停留所まで向かおうとしたところで、レティが躊躇いがちに言った。
「大丈夫だ。まだ手持ちはあるし」
もちろん大金があるからといって、金貨一枚の価値が変わるわけではない。お金の大切さだって重々承知している。ただ、往来で不用意にじゃらじゃら硬貨を取り出した俺も悪かった。あれで目をつけられたに違いない。
少年の顔は憶えたし、取り返すのは今度でもいい。
レティは何か言いたげだったが、俺がそう説明すると「わかりました」と頷いた。
歩きながら、今の男について聞いてみる。
「今の人はタルヴォスさんです。Cランク冒険者で『赤雷』というパーティのリーダーをしています」
「赤雷?」
パーティを組む際はパーティ名をつける慣習らしい。パーティを組むメリットは、なんといっても安全性の向上だ。複数の敵と出くわしても対応できるし、夜営だって交代で眠れる。受けられる依頼の幅が広がるのだ。
もちろん、単独なら報酬は独り占めできるし、パーティは仲間内の不和だって起こりうる。気心の知れた間柄でないと連携だって取りにくい。一長一短だ。
赤雷……タルヴォスの逆立った赤髪を思い出す。名前の由来はそこからか? いや、まさかな。
Cランクがどういう扱いかは分からないが、冒険者ランクがピラミッド型だとすると上へいくほど少ないはずだ。上から四番目はまあまあの地位なのでは。
スリの少年が金貨を盗ったところまで見ていた。若く見えて結構な実力者なのだろう。
「ちょっと荒っぽいですが、面倒見がよくて親切な人、なんですが……」
歯切れ悪く言う。レティの目から見て、去り際の言動はタルヴォスらしからぬように見えたのだろう。
「確かに親切っぽかったな」
「えっ」
俺が率直な感想を言うと、意外そうに目をぱちくりしていた。
初対面の俺の身を案じて、冒険者を辞すことを勧めてきた。粗野ではあるが悪人ではない。
スリ行為は見過ごしたので、完全な善人とも言えないが……取られてから教えてくれた辺り、何か彼なりの信条があるのだろう。
乗り合い馬車に揺られる。石畳が滑らかだからか、馬車の性能か、乗り心地は悪くなかった。揺れを抑える構造がこの世界独自で生まれたのか、稀人から伝わったのかは分からない。レティも知らなさそうだった。
馬車内で聞いたが、レティはどのパーティにも属していないらしい。まあ、そうだろうとは思った。レティは冒険者にも、街の住人にも隔てなく治癒術を施している。パーティでの活動は難しかろう。ギルドとしても、特定のパーティの肩入れしてほしくはないだろうし。
ギルド近辺の停留所で降り、そのままギルドへ戻る。街の賑わいに反してギルド内の人は減っていた。朝が一番多いというのは事実らしい。
……レティを見て顔を青ざめさせた、若い男も見当たらない。
あの冒険者……少年と青年の間くらいの男は、あの後でそそくさとギルドを出ていった。無事生還したレティに声をかけることもなく、だ。その様子に、あの時の直感の正しさを確信する。
レティは彼に気づかなかったようだ。俺もわざわざ後を追いかけはしなかった。ギルドがまともなら、時期に全て明るみに出る。
……と思うのは浅はかだろうか。言った言わないなんて水掛け論だしなあ。
「あ、お帰りなさい」
カウンターのメルが先に気づく。俺たちを待っていたようで、また先導されて三階へ。
「話はまとまったのか?」
「一応ね」
レティの件も気になるが、ひとまずは置いておく。
「詳しくはマスターが話すけど、放り出したりはしないから安心してね」
それは心強い。
メルがノックをし、朝と同様に「入れ」と簡潔な返事を聞いて入室する。部屋にはバートンの他にもう一人、見たことのない中年の男がいた。四十と五十の間くらいだろうか。
「何度もすまないな」
デスクに座っていたバートンが立ち上がり、軽く頭を下げる。それはいいのだが、もう一人の彼は誰だろう。
こちらの困惑を読み取って、問いかける前にバートンは紹介する。
「彼は副ギルドマスターのジェイクだ」
「ど、どうも。ジェイク・パーマーです……」
露骨におどおどしながら頭を下げる。中肉中背で、不細工ではないが美形でもない普通の顔だ。特徴が無さすぎて、憶えるまでに三回は会う必要がある気がする。細身で張り詰めた空気のバートンと並んで立っていると、より平凡さが際立って見えた。親近感が湧かないでもない。
緊張しているのか、かけている丸い眼鏡をしきりに触っている。
名字持ち? ということは、
「貴族なのか?」
「男爵家の三男坊で、相続権もない名ばかり貴族だ」
「その通りですけど、もうちょっと手心のある言い方をしてください……」
バートンが無遠慮に答え、ジェイクがおずおずと反論する。「大体いつもマスターは端的すぎて人の気持ちを……」とぶつぶつ溢した。
「どうも、タイチロウです」
「れ、レティシスです……」
レティも初対面らしく、ぺこりと頭を下げて自己紹介する。この街で三年冒険者をやっていて知らないということは、人前に出てくるタイプではないようだ。
「え、ええ……」
目を合わせないように軽く会釈し、バートンに向き直って小声で言う。
「その、彼は……魔族なんですよね。本当に……」
「ああ」
バートンのシンプルな返事に、口に手を当てて首を振る。「本当に魔族が……」と、思わず漏れたような口調で言った。
「本気なんですか……? ギルドに加入させるなんて……」
「放り出す訳にはいくまい。それこそ街に火種を撒くことになりかねん」
「それは、そうですけど……ただでさえ、神殿には目をつけられているのに……」
「決定事項だ。済んだ話を蒸し返すな」
「僕抜きで決定した話でしょうそれは……」
相変わらず内緒の話もしっかり聞こえてしまうお耳だ。まあ、バートンは普通の声量で話しているので、いまいち内緒感もないのだけれど。
上司と部下だけれど、お互い遠慮がない。バートンは言わずもがな、ジェイクも気弱なようで割とずけずけ言っている。気安い仲ではないが、一方的な関係でもないようだ。不思議な間柄だな。
これが、魔族に対する通常の反応なのだろう。魔族全体のイメージアップ、というほど大それたことは考えていないが、ちょっとずつでも馴染んでいくしかない。




