27 変わった冒険者
料理は旨く、元いた世界と比べても遜色ない味だった。塩や砂糖などの調味料や、胡椒などの香辛料も普通に流通しているらしい。酵母なんかも伝わっているのかパンもふわふわだ。この食文化の貢献に稀人が関わっているとしたら拍手を贈りたい。
ただし醤油も米もなかった。少なくともこの国では食べられていないらしい。存在は知っていたので、世界のどこかにはあるようだが……。
「レティシスのお連れさんから金は受け取れねえよ」
支払おうとした際、値段を聞いた俺にブロンブはそう返した。
そりゃラッキー、ごっそさん……というわけにはいかない。飯は旨かったし、今後も気兼ねなく利用したいから、ということでどうにか受け取ってもらう。二人分で銀貨一枚と破格の値段だったが、これは割引価格でなく定価らしい。物価が安いのもあるだろうが、
「肉や魚は自分で取ってくるから、値段も押さえられるんだ」
とのことらしい。
ブロンブは太い腕を見せ、にっこりと笑った。調理だけでなく仕入れも担当していたか。いや、バイタリティすげえな。話し方や身にまとう雰囲気はのんびりしているのに。
カナリアの止まり木亭を出ると、外は来たとき以上に賑わっていた。昼が近づいて、繁華街に人が流れてきたためだろう。俺たちと入れ替わりに止まり木亭に入っていく者とすれ違う。偏見を持つ者ばかりではない。
ちょっと嬉しくなってレティを見ると、向こうも嬉しそうな顔で俺を見ていた。
「ひゃっ」
頭をぽんと軽く撫でる。わしゃるにはまだ早い。
馬車の停留所は繁華街の入り口付近で、少しだけ歩くらしい。レティの示す方向へ向かう。
乗り合い馬車の料金は、区間問わず大銅貨一枚らしい。安くないかと思ったが、歩こうと思えば歩ける距離ならそんなものか。
金持ちは自前の馬車を、小金持ちは辻馬車を使うため、乗り合い馬車は一般市民しか使わないそうだ。価格設定にはその辺の事情もあるのだろう。
というか、その辺は元の世界の交通機関と変わりないな。
ポケットから硬貨を取り出す。確認してみるが大銅貨は持っていない。銀貨で払って嫌な顔をされないだろうか。
まあ、断られたら歩いて戻ってもいい。そう思いつつ、また硬貨をポケットに押し込む。
もう間もなくというところで、走ってきた子供とぶつかった。
「いてっ」
「おっと、すまん」
反射で謝ってしまったが、俺悪くないな。
「人混みで走るのは」
やめた方がいいぞ少年、と言う前に走り去ってしまう。人波で見えなくなってしまった。
再び歩き出そうとしたところで、横から声がかかる。
「おいおい、鈍いなお前」
見ると、冒険者風の男がやや呆れた顔で立っていた。革鎧を身につけ長剣を背負っており、上背がある。若く見えるが、顔にある幾つかの傷跡は歴戦の戦士を思わせた。鉢金によって逆立った真っ赤な髪が非常に目を引く。
「鈍い?」
「スられたぜ、今」
ズボンの横をぽんぽん叩いて男は言う。
すら……? え、スリ!?
何を言われたのか分からなかったが、ようやく気づいてポケットを漁る。
大銀貨九枚に銀貨六枚。使った金額と照らし合わせるとこっちは合っている。取られたのは金貨か! 確かに一枚足りないような。
て、手際いいー……。いや、多分偶然で、選んで持っていったわけじゃないだろうけど。
人生で初めてスリ被害に遭った。街生活二日目でこれとは。異世界怖ぁ……。
「まあいいか」
「いいのかよ! 金貨だったろ今の!」
擦り取った瞬間を見ていたにしても、よくまあはっきり気づくものだ。というか、そこまで見ていたなら止めてくれればいいのに。
信じられない物を見るような目をしていた男は、横のレティに気づくと意外そうな顔をした。
「お? そっちははぐれの嬢ちゃんじゃないか」
はぐれ?
「こ、こんにちは……」
変わった呼び方をされたレティは、おずおずと会釈する。
「知り合いなのか?」
「そりゃフォードカリアで冒険者やってりゃ、顔会わせるくらいはするさ」
レティに訊いたが、答えたのは男の方だった。
治癒術師としての主な活動は、ギルド内での怪我人の治療らしい。レティのお陰で休業、失業せずに済んだ冒険者は少なくないようだ。
「はぐれっていうのは?」
「神殿の駒じゃねえってことさ」
神殿に属さない治癒術師は、はぐれ、またははぐれ術師と呼ばれることもある。レティがそう補足する。
どちらかというと、神殿側が揶揄するニュアンスで使うことが多いようだが……。
「治癒術師、より言いやすいだろ?」
さらりと言う顔に悪気は感じられない。
ふと見ると、レティはなんとも微妙な表情をしていた。まあ、ガサツ……と言うと失礼だが、雑なタイプは苦手そうだ。
「無事でよかったぜ。仕事は一個なくなっちまったけどな」
一瞬なんのことかと思ったが、どうやらレティ捜索の一員だったらしい。
同じく気づいたレティが「すいません」と頭を下げると、あっけらかんとした顔で「謝るこたねーよ」と言った。
「むしろ感謝してんのさ。報酬も出たしな」
うわっはっは、と大口を開けて笑う。中止でもギルドが報酬が出したのは、レティに批判が行かないように? ……いや、穿ちすぎか。
「しかし、はぐれの嬢ちゃんが誰かと一緒は珍しいな」
「タイチロウだ。よろしく」
「ふうん……」
自己紹介に取り合わず、値踏みするように俺を見る。「金はあるのに財布はない……細い……服……」と、口に手を当ててぶつぶつ呟いた。
服がどうしたのだろう。汚れてはいないと思うが……。この服、汚れても気づいたら綺麗になっている優れものだ。血まみれの口元を拭ってもいつの間にか真っ白になり、今は血の匂いすらしない。羨ましかろう。
この世界に来た時から着ているが、素材すら知らない。
「貴族にしては庶民染みてるし、成り上がり商会のお坊っちゃんか?」
俺を指差して言う。なんだ、分析していたのか。目の前にいるんだから直接聞けばいいのに。
庶民染みてるのは庶民だからだ。
「いや、同業者だよ」
「同業……は? 冒険、者? マジで?」
露骨に驚かれるとどんな顔をすればいいのか困る。とりあえず曖昧に笑い返してみたが、疑わしい顔をされただけだった。
しかし、やっぱり冒険者には見えないのか。武器や防具を持たないのが駄目なのか。
男はさっとレティを見る。
目を向けられたレティは「は、はい。冒険者です」と頷いた。それでも信じられなさそうだったので、胸ポケットからギルドカードを取り出して渡す。
冒険者証を受け取り、つまらなそうにこぼした。
「新米か」
米を食べる文化がないのに新米とは。多彩な自動翻訳だ。
冒険者一日目だ、とは空気を読んで言わない。
「言いたかないが、死なない内に他の仕事見つけたほうがいいぜ。戦えるようには見えねーし、それに……」
ギルドカードを俺に放って返し、背を向けて歩き出す。
「金に執着しない冒険者は長生きできないぜ?」
そう言い残すと、結局名前すら名乗らず、背を向けたまま片手を上げて立ち去っていった。




