26 看板娘
ピリカの父、ブロンブはリザードマンのハーフだった。顔つきや腕の鱗は父親からの遺伝らしい。
ピリカの見た目は人間そのものだが、瞳孔は猫や蛇のように縦に伸びていた。俺の目線に気づくと、目蓋を指でぐいんと広げて「お父さんとお揃い!」と楽しげに言う。
「レティシスが人を連れてくるなんて初めてだなあ」
ブロンブはカウンターから身を乗り出して嬉しそうに笑みを浮かべた。
よろしく、と会釈して話しかける。
「昔からの知り合いなのか?」
俺の疑問に「昔ってほどでもないがな」と答え、続けて言う。
「もうどうしようもねえって怪我を、メリシアさんに治してもらってなあ。その時からの付き合いだ」
メリシアさん、というのはレティの母だろう。
「母が亡くなってからも、いろいろ親切にしてもらっています」
レティの付け加えるような言葉に、ブロンブは両手を広げて返した。
「そりゃそうさ。メリシアさんがいなけりゃ死んでたし、そうでなくてもレティシスは怪我とか診てくれるからなあ」
「あたし! 熱出たときレティシス姉に治してもらった!」
手放しで誉められ、恥ずかしげにうつむくレティ。
あちこちで慕われているようだ。これは治癒術の成果のみならず、レティの人柄によるものだろう。
中央近くのテーブル席に着く。料理はレティと同じものを注文した。何があるのかも分からないが、おかしな物は出されまい。
カウンターの奥にはもう一人、人間の女性がいた。ピリカの母だろう。配膳や片付けなどをピリカが、調理をブロンブが行い、奥さんは双方の補佐を担っているようだ。
料理を待つ間、どうしても気になったことをレティに聞く。
「リザードマンって、魔獣じゃないのか?」
迷宮にも同型の敵がいた。【ブラストリザードマン】【リザードマンジェネラル】といった遺体が、今も影収納に入っている。
ブロンブは半分とはいえリザードマンだ。それどころかギルドには、完全にリザードマンの見た目をした冒険者もいた。街の結界に引っかからないのか。
内容が内容だけに、本人に聞くのは躊躇われる。
えーと、と整理しながらレティは説明する。
「魔族だったり、魔獣だったり、獣人だったりするそうです」
なんだそりゃ、と思ったが言葉通りだった。リザードマンは、魔族にも魔獣にも獣人にもいる。
元々、魔獣と魔族の区分はひどく曖昧らしい。ある程度の知能があって会話ができれば魔獣ではない、とされるようだ。
迷宮産のリザードマンは見かけるや否や飛びかかってきて、とても会話が楽しめるようには見えなかった。あれは魔獣になるのだろう。
そして、街の結界は魔石に反応するらしい。より正しく言えば、体内にある「生きた魔石」に。それによって弱い魔獣を阻んだり、魔族の侵入を感知する。獣人は魔石を持たないため、街の結界に引っかかることはない。
「うん? じゃあ、街の出入りに苦労するメルさんって」
「魔石がある、んだと思います。……魔族を祖先に持つ人は、時々そういう人も生まれるみたいですね」
高い魔力感知能力も、魔石によるものだろうか。
まとめると、魔石がなくて、コミュニケーションを取れるのが獣人ってことでいいのかな。雑すぎる……研究者とかいないのか?
「でも……見た目じゃ分からないよな、それ」
魔族か、魔獣か、それとも獣人か。外見からでは、魔石の有無なんて分からない。メルもそうだ。
そう口にしてみると、やや沈んだ顔でレティは頷く。
「そう、ですね……。ですから、神殿の影響を受けた人は、一部の獣人を下に見ていたりもします」
また神殿か。今のところ、神殿に関してネガティブな話しか聞いていない。
下に見る……ね。それはこの店が、人通りの割に客足が鈍いことと関係しているのだろうか。
ですが、と顔を上げ、真っ直ぐな目でレティは言う。
「人も獣人も、同じ街の住人で、差なんてない。……お母さんはそう言ってました。わたしもそう思っています」
「そうか」
自然と笑みが溢れる。
頭をわしゃわしゃしてやりたいが、さっきの今なのでやめておこう。
「お待たせしましたー!」
ちょうど話の終わったところで、料理が運ばれてきた。ピリカがテーブルに皿を置く。
これは……魚のクリーム煮だろうか。いい匂いだ。一緒に煮込まれた野菜も入っていて彩りもいい。
パン二つとサラダがついており、栄養バランスもよさそうだ。
食器も、水の注がれたコップも、全て木製だった。味がある……と俺は感じるが、むしろこれがスタンダードだった。ガラス製品や陶器はやや高い程度だが、銀食器は文句なく高級品らしい。
異世界に来てから、血と水と、血の乾きに対して一本だけ飲んだ霊薬と、昨日もらったお茶しか口にしていない。初の固形物だ!
「ピリカ、背、伸びました?」
配膳するピリカをじっと見てレティが聞く。疑問というよりは、確信に近い聞き方だ。
「伸びた!」
簡潔、かつ嬉しそうにピリカが答える。レティは複雑そうな顔で「そ、そうですか」と言って、小声で呟く。
「うう……わたしの方がお姉さんなのに」
年齢を聞いてみると、ピリカは九歳らしい。九歳……言動から子供っぽいとは思っていたが、まさかの一桁。流石はあの父親の子供ってことか。
あと、子供ががっつり働いていることに困惑する。この世界、労働に関する法律とかあるのかな……。子供は労働力! みたいな考え方がマイノリティとなっていた現代人からすると、ちょっと気になってしまう。
成人が十五歳。なのに冒険者登録が十二歳からというのも、改めて考えると恐ろしい話だ。
「へっへーん。そろそろ追い抜くかもよ?」
得意気に胸を張るピリカと、複雑そうなレティ。
本人が楽しそうなら、外野がとやかく言うことでもないか。
「そうなったらピリカがお姉さんになるのか」
「そうなの!?」
俺の軽口を真に受けて驚く。すかさずレティが叫んだ。
「なりません!」




