25 観光案内
ギルドを出て街の中心方面へ歩く。せっかくなので何か食べてみたい、というとレティが先導した。今向かっているのは繁華街らしい。
食事の必要はないが、食べられないわけではない。お茶も美味しかったし、異世界料理はとても興味がある。
「ああそうだ、忘れないうちに」
「え?」
ポケットから大銀貨を一枚取り出してレティに差し出した。
街の通行料銀貨三枚と、昨晩の宿泊費だ。宿泊費の相場が分からないが、日本円換算で銀貨七枚は七千円。そう離れてはいないはず。
ぽかんとした顔のレティにそんなようなことを説明したが、両手と首をぶんぶん振って拒否された。
「そんな! 受け取れません!」
「いや、でもこういうのはきっちりしないとなあ」
金の切れ目が縁の切れ目、親しき仲にも礼儀あり。こういったことをなあなあにしていると、いつしかそれに慣れきってしまう。よくないことになりかねない。
まあ、この善性の少女に対し、本気でそう思っているかというとそうでもない。ただ、年下に奢られっぱなしなのが落ち着かないだけだ。
「でも、助けてもらったお礼もまだできていないのに……」
ご冗談をとつっこみたいが、顔を見るに本気で言っているのがちょっと怖い。通行料や宿泊はお礼の範疇ですらないのか。
「お礼なら十分受け取ってるよ。いろいろ教わってるし」
常識先生の授業は非常にためになる。今後ともお願いしたい所存。
だが俺の言葉になぜかレティは狼狽えてしまった。
「あ、あれは……お礼にはなりません」
「どうして?」
「その、……わたしも、楽しいから……」
顔を赤らめ、恥ずかしげにうつむく。
…………。
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
「ひゃああああああああ! た、たたタイチロウさん!?」
「今しかないかなって」
「何がですか!」
人にものを教えることの楽しさは分からないでもないが、それを素直に口に出すのは純粋すぎる。
「ううー……」
髪を押さえ、真っ赤な顔でジト目を向けてくる。流石に恥ずかしそうだ。天下の往来でやることじゃなかった。
でも駄目だとか、もうやるなとかは言わないんだよなあ。
「ごめん。もうやらないから。絶対」
軽く手を合わせて謝る。油断した頃にまたやろう。
結局俺が食事代を払うことで決着がついた。渋っていたが、俺の心のためにも、と頼むとようやく折れてくれた。
道すがら、異世界の町並みをぼんやりと眺める。俺の目は暗くても明るくても同じように見えるため、人通りがある以外は、最初に訪れた時と印象の違いもない。それでもまだまだ新鮮で面白い。
石畳の広い道を馬車が行き交い、人々が賑わいながら歩いている。その中には冒険者らしき一団もいれば、俺のような平服の住人もいる。
「乗り合い馬車もありますけど、どうしますか?」
乗り合い馬車! 心惹かれる響きだ。
乗ってみたいが、街並みを見て回りたい気持ちもある。徒歩だとそれなりに……聞いた感じは三十分程度歩くようだ。レティはその程度、問題ないらしい。ちんまりしていても冒険者だしな。
一分ほど悩み、行きは歩き、帰りは馬車でお願いする。
歩きながら、フォードカリアについて教えてもらった。
人口一万人の大都市で、入り口は北と南の二つの門らしい。俺たちが入ってきたのは南門だ。
南は住宅地が多く、北は鍛冶屋や魔道具工房などの工業地区。西は商業地区で、市場や商店が立ち並ぶそうだ。今向かっているのもこちららしい。
ちなみに東は歓楽街とのこと。興味がないと言えば嘘になるが、いたいけな少女に案内させるような場所じゃなさそうだ。どのみち、夜にならないと開かない店がほとんどだろうし。
中央は貴族街で、レティは入ったこともないらしい。領主である辺境伯の城は、その中心にあるそうだ。
遠目に見える高い城は、辺境のシンボルでもあるらしい。
「あの立派な城は、そのうち間近で見てみたいもんだ」
「でも、教会も貴族街の近くですよ?」
教会とは神殿の拠点のことらしい。……近づかないほうがよさそうだ。城はまたいずれ。
話しているうちに商業地区に入り、人の賑わいも増えてきた。レティの案内に従い奥へ進んで行くと、モダンな見た目をした、三階建ての木造建築の前で足を止めた。レティがよく利用するという店は、宿屋と一体になった食堂だった。「カナリアの止まり木亭」と看板が出ている。
「宿泊客でなくても利用できるのか?」
「はい。とても美味しいですよ」
答えながらドアを引く。からん、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ! ーーあ、レティシス姉!」
中へ入ると、少女がこちらを見て笑顔になった。三つ編みのお下げで、丈の長いワンピースにエプロンをしている。明るい声とおでこの出た前髪から、活発そうな印象を受けた。見た目はレティと同年代……つまりは十二、三歳くらいに見える。
「こんにちは。ピリカ」
「こんにちは! 最近見てなかったから心配してたよー、飽きられちゃったんじゃないかって!」
「飽きるなんてないですよ。ブロンブさんのご飯、美味しいですし」
少女、ピリカは印象通り元気に話す。洞窟で遭難していたことは伝わっていないらしい。レティも言うつもりはないようなので、わざわざ俺から話したりもしない。
「あれ? お兄さんは誰?」
後ろにいた俺にようやく気づいたようで、不思議そうな顔を向けた。
「こちらはわたしの恩人で、タイチロウさん」
レティは具体的には言わず俺を紹介する。ピリカはそれをつつくこともなく、
「そっかあ。レティシス姉の恩人ならうちの恩人だね!」
と笑った。前もあったなこのやり取り。
「おおい、話してないで手伝ってくれ」
店の奥からのんびりとした声がかかり「そうだった!」とピリカは背筋を伸ばす。
こちらにどうぞー、と中へ通された。それほど広くはないが、宿の客全員が入れるくらいの席数はある。背の高い観葉植物や、暖かみのある木目調の調度が、明かり取りの窓から差し込む光で照らされている。テーブル席とカウンター席があり、カウンターの奥が調理場となっていた。
利用客はまばらだ。閑散としているわけではないが、外の人通りを考えるとちょっと寂しい感じはする。
「お父さーん。レティシス姉が男の人連れてきたー!」
「ピリカ!?」
間違っちゃいないが、その言い方じゃまるで逢い引きだ。食堂中に響く声で注目が集まり、レティが顔を赤らめる。
カウンターの奥にいた男が「ほほう」と感心するような声を上げた。
「そうかあ。レティシスのお嬢ちゃんもそんな年頃か」
「ちがっ、違います!」
慌てて否定するレティを、ピリカは楽しそうに見ている。
ピリカの父は見上げるほどの大男だった。身長だけでなく、胸板、腕、脚と、体の全てに厚みがある。
シャツからむき出しになった腕は筋肉質で、緑色をした鱗のようなものが部分的に見えた。顔の造りは人間に近いが、全体的に突き出ているというか……どことなく爬虫類味を感じる。
恥ずかしさを引きずってか、やや早口でレティは言った。
「こちらは、同じ冒険者のタイチロウさんです」
「レティシス姉の恩人だって」
「ほう。ならうちの恩人だ」
もうええてそれは。




