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22 ギルド出頭

 陽が昇り、朝日を街が照らし始めてからしばらく。


 からんからんと鐘の音が響いた。朝を告げる鐘だろう。ベッドから体を起こす。


 オーケーオーケー。


「暇潰しがいるなこれ」


 結局一睡もできなかった。迷宮をずっと歩き回って(飛び回って?)いたときは平気だったが、何もしない夜は長い。


 体調には何ら問題ないが、とにかく退屈だった。夜の度にこうではしんどい。


 前も思ったが、吸血鬼って日中は寝て過ごすイメージなんだけどなぁ。創作だと昼間は棺桶に入っていたり。


 窓を開く。差し込んでくる朝日が眩しくて目を細めた。


「まあ、気持ちよく朝日浴びてるヤツが吸血鬼語るなって話か」



 ダイニングで待っていると、レティも程なくして降りてきた。


「おはようございます。早起きですね」


 早起きというか全く寝ていないのだが「まあな」とだけ返しておく。


 鐘の音について聞いてみたが、どうやらあれは魔道具らしい。一定の周期で鳴るように調整されているとか。フォードカリアのような大きな街には大抵設置されており、時間の指標となっているようだ。


 この世界、時計と言えば日時計や砂時計で、機械式のものはまだないらしい。


 家を出てギルドへ。早朝から、それなりに人通りがある。皆、鐘の音を目安に活動しているのだろう。


 ギルド内も賑わっていた。剣や槍などで武装した冒険者たちが、掲示板や受付の前でがやがやしている。冒険者という言葉のイメージと裏腹に、結構勤勉だ。


「あ、二人ともこっちこっち」


 ギルドへ着くと、すぐに気づいたメルが手を振って呼びかけてきた。受付を離れ、階段の方へ案内される。


 職員用のスペースなのか、打って変わって静かだった。階段を上がりながら挨拶を交わす。


「おはよう、レティシスちゃん、タイチロウくん」


「おはようございます、メルさん」


「おはよう。朝からすごい人がいるな」


「というより、朝が一番いるのよ。新しい依頼が張り出されるから」


 気になって聞いてみるとそんな答えが帰ってきた。割のいい依頼は早い者勝ちらしい。なるほど。依頼の取り合いか。


 そんな時間に受付を離れて大丈夫なのかと思うが、朝と指定してきたのは向こうだ。代わりの人員くらいはいるのだろう。


 三階まで上がった。階下の喧騒が遠く聞こえる。メルは一番奥の部屋の手前で止まり、ノックした。


「入れ」


 簡潔な返事を聞き、扉を開く。


 中は広々とした部屋だった。黒い革張りのソファーに背の低いテーブル、壁には資料の詰まった棚。機能美のみを追求したような配置に、却って威厳を感じる。前世で見た社長室に似ている。


 奥には大きなデスクがあり、男が一人座っていた。


「マスター、お連れしました」


 いつになく丁寧にメルが言い、マスターと呼ばれた男は「うむ」と頷く。俺とレティを見てソファーに手を向け「かけたまえ」と言った。


 俺とレティが座ると、正面にマスターも腰かける。メルはその後ろに控えた。


 オールバックの黒髪と、何より、刺すような鋭い目つきが特徴的だ。年齢は三十代か、四十代か。顔に刻まれた皺や、人に命じることに慣れた様子はある程度の年齢を感じさせるが、伸びた背筋からは若さも感じる。


 その目つきから感じられる通り、身にまとう空気も油断なく張り詰めていた。


「バートンだ。フォードカリア冒険者ギルドのマスターを勤めている」


 向き合うや否や、前置きもなく名乗りを上げた。名乗り返そうとすると掌を向け「君たちの名前はメルから聞いている」と遮る。


「さて、まず聞くが、君は魔族だな?」


 言葉を失う。聖女の次はギルドマスターか。なんで誰も彼も俺を魔族だと疑うんだ!


 口振りからして確証を得ているようだが、そう易々と認めていいものか。


「……どうしてそう思う?」


「昨晩、街の中に魔族の反応があった。南西地区の住宅街……君たちが寝泊まりした方角だ」


 魔族の反応ってどんな反応だ。


 気にはなったが、それを問う前にバートンは続ける。


「反応は二度。夕刻の反応はごく短い時間で、夜半のもすぐに消えた。だがギルドの密偵は気のせいではないと断言している」


 ハイ俺だ。洗面台の十数秒と、血を補給していた一分足らずを捕捉されたのか。


 人化していれば魔族だとはバレないようだが、ここまで疑われてはしらばっくれるのも無理かな。


「俺が魔族だとしてどうする。俺を退治するか?」


「いいや」


 いざとなれば逃げるしかないと思いつつ訊いてみたが、軽く首を振ってきっぱり答える。 


「我々は神殿とは違う。全ての魔族を討伐すべきとは考えていない」


 相変わらずの無表情で、その言葉に嘘がないかどうかは判断がつかない。


 メルが呆れたような声で「マスター」と口を挟んだ。


「引き込むつもりなんですから、ちゃんとそう言ってください」


 引き込む?


「冒険者として登録するのなら、ギルドとして保護はする」


「それを先に言わなきゃ駄目じゃないですか。無駄に脅かしちゃって」


「脅したつもりはない」


「なら怖い顔しないでください」


「怖い顔をしたつもりはない」


 気の抜けたやり取りで、剣呑な空気が薄れていく。レティは目を白黒させていた。


 こちらを見てメルが微笑む。


「マスターの言ってることは本当よ? こっちだって、無駄に敵を作りたくないもの」


 魔族って敵じゃないのか? この世界における魔族の立ち位置が、よく分からなくなってきた。


「……俺が何か企んでるとか考えないのか?」


「君はうちの貴重な治癒術師を救助したと聞いている。悪事を企てる者がそんなことはすまい」


 信じていいのだろうか。


 こちらの葛藤を見て、相手は更に言葉を重ねる。


「信用を得るために、ある程度こちらの事情も開示しよう」


 バートンは腕を組んで背もたれによりかかった。


「先程魔族の反応があった、と言ったろう。あれは言い換えれば、同族の反応だ」


「同族の?」


「魔族の中でも魔力感知に優れた種族は、人と魔族の魔力を区別できるらしい」


「えっ」


 レティが思わず、といった具合に声を溢す。


 それは取りも直さず、ギルド内に魔族がいるということだ。


「まあ、わたしなんだけどね」


「ええっ」


 あっさりとメルが明かし、レティは素っ頓狂な声を上げた。


「マジ?」


「マジよー。て言っても、ほんのちょっと血が混ざってるだけなんだけどね?」


 親指と人差し指で「ちょっと」の形を作ってメルは言う。


 レティは呆然とした顔で「メルさんが……魔族……」と呟いている。


「ごめんなさい、びっくりさせちゃったわね」


「はい……とても」


 呆然とした顔のまま頷いてから、真剣な顔で「でも」と続けた。


「魔族でも、メルさんはメルさんです。わたしに取っては、親切な、お姉さんみたいな人ですから」


 メルはちょっと驚き、喜びを全面に出して笑みを浮かべた。「ありがとう」とレティを帽子の上から撫で、レティも少し恥ずかしげに受け入れていた。


 なごむ。

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