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21 お宅訪問

 宿泊施設に案内されていると思っていたが、まさか自宅とは。


 流石に申し訳ないと断ろうとしたが、半ば押し切られる形で招き入れられた。「明日はギルドに呼ばれていますし、一緒の方が都合がいいでしょう」と言われてしまえば、返す言葉もなかった。初めての街で、今から他に宿を探すのも現実的ではないだろう。


 住宅街に並ぶ、こぢんまりとした一軒家だった。赤レンガの壁の二階建てで、小さな屋根が乗っている。


 一人暮らしのようだ。母親は三年前に亡くなったと聞いたが、父親もいないらしい。


 先に入ったレティシスが壁に手を触れると、室内に明かりが灯った。光の魔道具だ。


 入ってすぐにキッチンとダイニングがあり、ダイニングの奥に扉がある。右手には二階への階段があった。


 どうぞ、と言われダイニングの椅子に腰かける。レティシスは奥の扉に入り、すぐに出てきた。


「お風呂、貯めてますので、お先に入ってください」


「え、風呂あるんだ」


 この世界の発展度合いがいまいち分からない。


 昔は貴族の屋敷や裕福な商人の家にしかなかったそうだが、魔道具の普及によって、一般家庭にも風呂が導入されたようだ。


 火と水の魔道具を組み合わせることで、魔石に触れるだけでお湯を出せるとか。近代的だ。


 ちなみに排水も下水道を通って処理されるようだ。


 あるのか、下水道……。確か日本の下水道って、明治とか、なんなら本格的には昭和になってからじゃなかったか?


 歪な文明の発展は、やはり稀人によるものだろうか。加えて、魔術のある世界だと科学が発展しにくいのかも。


 まあ、便利なものはありがたく享受しよう。


「ごゆっくり」


 タオルを受け取って奥へ。一番風呂とは申し訳ないが、押し問答になりそうだったので大人しく頂く。


 洗面台の鏡で、初めて自分の顔を見た。さらりとした白髪に、切れ長の赤い瞳、シャープな輪郭。年齢は二十歳くらいか。


 なるほど、いい男……かも? 中性的で、怪しげな魅力がないでもない。ただ、自分の顔ながらちょっと冷たい印象を受けるような。血色もよくないというか、病的に白いため不健康そうにも見える。


 あれ、吸血鬼って鏡に写らないんじゃなかったか。人化しているからかな。


 試しに吸血鬼化してみると、案の定鏡から消えた。服ごと消えるのってどういう原理なんだろうか。


 再び人化して、大口を開けたり、笑顔を作ってみたり、変顔をしてみたりする。当たり前だが、鏡の中の顔も同じ表情になった。


 これが俺の顔かあ。急に別人になると違和感がすごい。黒髪黒目の典型的日本人だったことを思うと尚更だ。そのうち馴染んでいくのだろうか。



 お互い入浴を済ませ、ダイニングでお茶をもらう。明らかに手慣れておらず、人を招いたことはほとんどないのだろう。


「す、すいません。時間がかかっちゃって」


「いや、大丈夫だ。お茶もうまいよ」


 色は紅茶に近い。やや渋味があって不思議な味だが嫌いではない。思えば、初めて異世界でまともな物を口にした。


 しばし間があって、レティシスが口を開く。


「今日は……いろいろとありがとうございました」


 何度目かのお礼を口にした。


「いやいや、こっちこそ。ありがたいやら申し訳ないやら」


 いろいろ教えてくれた上、家にまで泊めてくれている。だと言うのに、俺といたせいで神殿騎士相手に気を揉み、街への通行料を支払わせ、果ては俺のうっかり発言に巻き込み、そのせいで過去の話までさせてしまった。


 反省。


「なんか、レティシスさんにお詫びできればいいんだけど」


「そんな、タイチロウさんが謝ることなんて……」


 腰を浮かせかけたレティシスだが、言葉を切り、あ、と小さく声を上げる。


「でしたら、その……一つお願いしたいことが、あるんですが」


 人にものを頼みなれていないのか、躊躇いがちに口を開く。


「レティ、って呼んでもらえませんか?」


「うん?」


 構わないが、それがお詫びになるのだろうか。


 小首を傾げていると、レティシスは手をいじいじさせながら小声で言った。


「レティシスさん、って呼び方、なんだか、距離を感じると言いますか……」


 俺もタイチロウさんと呼ばれているのだが、そこはどうなんだろう。


 こちらの言わんとすることに気づいたのか、あわあわし始める。


 正直すぐにでも呼んでいいのだが、面白可愛いのでもうちょっと見てみよう。


「そ、その、タイチロウさんは大人ですし……さんづけで呼ばれるのって、なんだか……」


 落ち着かない、ということかな。こちらの世界だと、年上が年下をさんづけするのは目立つのかも。


 そういうことなら断る理由はない。


「レティ」


 呼び掛けてから、名前だけというのもあれだなと思い「改めて、よろしく」と付け加えた。


「あ……はいっ」


 俺の言葉に、花が開くような笑顔を見せた。



「おやすみなさい。また明日、お願いしますね」


「ああ、おやすみ、レティ」


 寝室は二階だった。部屋は二つあり、階段を上がって奥と手前に別れている。


 しっかり頭を下げ、レティシス……レティは奥の部屋へ入っていった。


 朝は何時集合なんだろう。時計の有無も分からないままだ。


 まあ、俺は寝ないからいいんだけど。


 俺も自分の部屋へ入る。ベッドが一台と背の低いサイドチェストがあるだけの、簡素な部屋だった。


 客間らしく、生活感は全くない。ただ掃除はきっちりとされており、部屋は埃臭ささえなかった。


「さて……」


 吸血鬼化し、影収納から魔獣の遺体を取り出す。人の家でやるのは気が引けるが、血の補給を怠るわけにはいかない。


 取り出したのはフレイムヘルハウンド、地下九十九階の迷路にいた大きな犬の魔獣だ。首筋に噛みつき、血を啜って飲み下す。……まだ味には慣れない。


 口の中が鉄臭くて生臭い。口をゆすいできたいが、レティが寝入り端だったら起こしてしまうかな。


 魔獣を影収納に戻し、忘れないうちに金貨を数枚取り出しておく。レティに借りた街の通行料はさっさと返さねば。


 人化してベッドへ横たわる。うっすらと感じていた疲労も、一度吸血鬼に戻ったことですっかり消えた。便利な体だが、尚更眠れそうにはない。


「こんな風に時間を持て余すなんて、この世界に来てから初めてだな」


 目を閉じて、ぼんやり明日のことを考える。


 ギルドは味方になってくれるだろうか。少なくともメル個人はレティの味方だと思う……いや、あって欲しい。


 冒険者やギルド職員も、神殿には思うことがあるだろう。新たな治癒術師を、神殿から隠すのでは。これも多分に希望が含まれるけど。


 治癒術師は貴重だが、神殿と事を構えてまで匿ってくれるとは限らない。万が一の時は矢面に立つけれど、できる限り穏便に済ませたい。


「結局出たとこ勝負しかないか」


 常識を持たない俺がいくら考えても、どこかで足を掬われる。なら掬われる覚悟だけしておいて、その時に狼狽えないよう心構えしておこう。

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