20 夜の街を歩きながら
ギルドを出ると完全に日は沈んでいた。街灯や、家から漏れる光があるので真っ暗ではないが。
「泊まれる所ってどこにある?」
俺の質問にレティシスは「こっちです」と言って道の先を指した。先導する彼女についていく。
明日は朝にギルド、と言われたが、朝って何時なんだろう。そもそもこの世界、時計とかあるのかな。
俺はともかくなぜレティシスも? と思ったが、どうやら明日の朝一番に、冒険者数名でレティシスの捜索に出る予定だったらしい。
捜索の中止のため、無事の報告をしてもらいたいようだ。
「上司には私からも伝えるけど、本人からの報告もしてもらいたいからね」
とのこと。このギルドのトップ……ギルドマスターは多忙で、今日はもういないと言われた。
俺の登録は保留になった。理由は言わずもがなだが、なぜ大ごとになるのかはさっぱりだ。
光術の適性はあまり多くない、とは確かに言っていた。もしかしてあれもマイルドな言い方か! なんで!?
でも仮に光術適性が超レアだとして、それが登録を中断するまでになるだろうか。喜ばれたり、持て囃されたりというのなら分かるが。
問題発生! みたいな雰囲気は納得しかねる。
「あの……ごめんなさい」
お互い無言で歩いていたら、不意にレティシスに謝られて面食らう。
「どうした急に」
「ちゃんと話しておくべきでした。光術と、治癒術のこと……」
「いや、俺の方こそ不用心過ぎた」
習っていないことを適当に言ってはならない、と学んだばかりなのに。
記憶力が上がっても意味ないなこれじゃ。
「レティシスさんが悪いわけじゃないし、気にするな」
「でも、わたし……常識先生なのに」
「んぷふっ」
シリアスな空気で笑わせにかかるのはやめていただきたい。気に入ったのか? そのあだ名。
笑ったことで空気が緩んだのか、レティシスの顔もちょっとほぐれる。
少し間を置いて「光術ですが」と切り出した。
「適性を持つ人は、多くはないですがいます。……ですが、冒険者や一般の人が治癒術を使うことはほとんど無いんです」
「どうして?」
「神殿が全て集めているからです」
淡々と述べる。その様はまるで、つらいことを話すため、努力して感情を押さえ込んでいるようにも見えた。
「光術の適性がある子供を見つけると、聖職者として勧誘しに来るんです。……子供を差し出す代わりに多くのお金を受け取った、という人もいます」
「人身売買じゃないのかそれは」
元の世界の宗教にも過激なものはあったが、こちらにも似たような思想はあるらしい。
「引き取られた子供は、神殿の中で両親とは引き離されて育てられます」
教義にどっぷり漬からせて、子供の頃から洗脳する。成長する頃には死兵の完成か。
想像でしかないが、そう的外れでもないだろう。
「もちろん、みんながみんな勧誘を受け入れるわけではないです。ただ、それでも治癒術は使えません。……教えられる人がいないからです」
レティシス曰く、魔術の習得には魔術書が必須らしい。呪文を完璧に暗唱できようと、口伝では教えられない。
魔術書を読んだ時の、あの脳に刻み込まれる感覚を思い出す。ただの本でなく、魔術習得のための特殊なアイテムと言われれば納得できる。
治癒術の魔術書は、当然神殿が保管している。
ごくごく稀に迷宮から光術の魔術書が出ることもあるが、大抵の場合は神殿が直に買い取るか、オークションに流れて神殿が競り落とす、というのがお決まりらしい。
光術の適性持ち以外に使い道はなく、高額なので他者から狙われやすい。手に入れた者がとっとと売り払うのは自然の流れだろう。
「そうして治癒術師を育てて、お布施を募って、怪我をした人に治癒術を施しています」
お布施、というのが幾らなのかは知らないが、決して安くないことは想像に難くない。それは衛兵の「神殿に頼れない貧乏人」という言葉から察せられた。
「そんなことをして反発はないのか?」
特に冒険者なんて、怪我の絶えない職業だろう。不満を抱えている者は多そうだが。
俺の言葉に首を少し下げる。頷いたようにも、うつむいたようにも見えた。
「不満を持っている人もいます。でも、みんなしょうがないと思っています」
ずっとそうやってきた。だからしょうがない。
諦めるというか、それ以前の状態なのだろう。当たり前のことに口を出す気になれない、というのか。
「差し支えなければ、でいいんだけど」
「……はい」
声色に緊張が滲む。俺の聞きたいことを察しているのだろう。
「レティシスさんは、どうして治癒術を使えるんだ?」
「わたしは……お母さんに習いました」
少し寂しそうな顔でレティシスは言った。
魔術書を神殿が独占しているので教えられない、という先程の説明と矛盾する。だが、そんなことは指摘するまでもなく分かっているだろう。彼女の言葉をじっと待つ。
考えがまとまったのか、やがて口を開いた。
「お母さんは、元聖女でした。魔術書は神殿から持ち出したものです」
経緯を知らないのでなんとも言えないが、随分とアクロバティックな人物らしい。
「その本は今どこに?」
「三年前に、お母さんが亡くなってすぐ、神殿の人が……」
「そうか……」
形見とも言える本を持っていかれた、そのショックがどれほどのものかは想像しかできない。つらい記憶を話させたことを謝りたいが、逆効果な気がしてそっと頷くにとどめる。
話が分かりかけてきた。
レティシスが治癒術の件を切り出せなかったのは、関連して、母親のことも話さねばならなかったからだろう。「誰も学べない」と言えば「じゃあ君はどこで?」となるのは道理だ。実際その通りになった。
……それに対して申し訳なく思う気持ちは、今はぐっと飲み込む。
治癒術を独占したい神殿がレティシスを放っているのは、脅威にならないと判断したからだろう。彼女一人で住民を治そうとも限界があり、利益の邪魔になるというほどではない。レティシスが治癒術を行使する相手が、「お布施」を払う余裕のない人たちであると考えればなおさらだ。
目の上のたんこぶではなく、せいぜいが目元のほくろというか……ともかく気にも留める必要がなかった。
そこに現れた、治癒術の使える謎の男。
それを知った神殿はこう考えるだろうーー「あの少女は何らかの手段で魔術書を手に入れ、治癒術を伝授しているのでは」
どうしようもなくトラブルの気配を感じる。これは確かに一介の受付嬢の手には余りそうだ。登録を先送りされても不思議じゃない。
今から「嘘でした」と言い張ってみようか。……いや、最悪真実の聖女の前に引っ張り出されるな。「治癒術を使えますか?」なんて訊かれたら流石に言い逃れできない。他の秘密までバレてドツボにはまるなんてのは御免だ。
悩んでいると、レティシスがある家の前で立ち止まって「着きました」と言った。
「ここが、わたしの家です」




