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19 登録……失敗?

 ギルドは門からそう遠くなく、十分もあれば着くらしい。


 だがその十分の間で、レティシスの緊張がどんどん高まっていくのを俺は感じていた。口数が減り、見るからに表情を固くさせていく。


 そんな彼女を見て、先程の引っかかりが思い返された。


 レティシスは「置いていかれた」と言い、戻った冒険者たちは「はぐれた」と報告している。


 まあ、それ自体はそれほど大きな差もない。足場が崩れて一人落ちていったのも「はぐれた」の範疇だ。


 だが、それをあの衛兵のおっさんに言われた時の顔がどうにも気になった。


 そして、この気遣い屋の少女が「置いていかれた」と言うこと自体に今は違和感がある。魔族の排斥すら「よくない扱い」と言い換えるこの子が。


 もし仮に「置いていかれた」が気遣った表現だとすると、じゃあ実際は?


「どうした?」


 ギルドの前に到着した。建物は三階建ての四角い形で、真っ白い漆喰が目を引くシンプルな見た目をしていた。ギルド自体が、権威や権力とは真逆にある、と主張してくるように感じる。


 観音開きになっている扉の前で立ち止まってしまった。声をかけると深呼吸をして、


「……いえ、なんでもありません。行きましょう」


 と中へ入っていく。なんでもなくないだろう、と言いたいが、それを示す根拠はまだ言葉になっていない。


 ギルド内も人はまばらだ。外観と違って中は木造で、やや年季を感じる。カウンターに人が座っており、壁には数枚の紙が張り出されていた。


 室内はかなり広い。人が百人は入れそうだ。


 前世の役所のような雰囲気の中、武器を持ったり皮鎧を着たりしている冒険者が浮いて見える。


 これがこの世界のスタンダードで、浮いているのは俺だろうけど。


「レティシスちゃん!?」


 入ってきたレティシスに気づいたのか、受付にいた女性が身を乗り出して声をかけてきた。全員の目がこちらを向く。


「こんばんは、メルさん」


 レティシスは苦笑いしながらカウンターへ向かう。


 メルと呼ばれた受付嬢は、傍によるや否やカウンター越しにレティシスを抱き締めた。


「ひゃっ」


「よかった、無事で……!」


「ご心配おかけしました。でも、大丈夫ですから」


 感極まっている様子を見るに、非常に心配していたらしい。


 背の低いレティシスに覆い被さるように抱きつき、レティシスは背中をさすって宥めている。


 毛量がすごく、撫でたらもふもふしそうな長い茶髪だ。だが、何よりそこから伸びた二対の犬耳に目がいく。ぴんと立った耳は三角形で、髪の毛と同様に毛がふさふさしている。


 おお、異世界。


 ややあって、落ち着いたメルはレティシスから離れた。


「洞窟ではぐれたって聞いたけれど、いったいどうやって……」


「こちらの、タイチロウさんに助けてもらったんです」


 レティシスに手を向けられ、どうも、と頭を下げる。


「あら、お兄さん、いい男ねえ」


 マジ? 俺いい男なの? この体になってから鏡見てないからなあ。


「私はメル、見ての通り、ここの受付を勤めているわ」


 年齢は二十歳くらいだろうか。もふもふの髪が特徴的だが、可愛い系の美人で顔も整っている。丸い目が人懐っこさを感じさせた。肉感的な体つきをしており、いろいろな意味で人気が高そうだ。


「太一郎です。よろしく」


「ええ、よろしく。そんなにかしこまらないで、気軽に話してね」


 なら遠慮なく。


 ぴくぴくと動く耳を目で追っていると、メルが優しく笑った。


「ふふっ、耳、気になる?」


「あ、すまん。じろじろと」


「いいのよう、お兄さんのは嫌な感じの目線じゃないし」


 嫌な感じとは、下心のある目線のことだろうか。女性は敏感だと言うし気をつけねば。


「獣人を見るのは初めて?」


「あー、まあ、そうだな」


 そんな種族がいること自体初めて知った。迷宮にも二足歩行のワニ(リザードマン)や狼型の魔獣ワーウルフもいたが、メルのような人間味はなかったし。


 挑発的に口角を上げてメルが言う。


「ふふん、触ってみたい?」


「え、いいのか?」


「いいわよう。三食昼寝つきを保証してくれるならね」


「ほほう。それって大金貨だと何枚くらい?」


「安くないわよう」


「安くないかあ。でも五五〇〇枚までなら出せなくも」


「メルさん! タイチロウさんも!」


 下らないやり取りをしていたら怒られてしまった。メルがあははと笑う。


 笑いが収まると真剣な顔で頭を下げた。


「ありがとうねえ、レティシスちゃんを助けてくれたみたいで」


「いや、たまたま洞窟で合っただけなんで」


 美人にかしずかれると緊張してしまうのでやめてほしい。


「うーん、冒険者には見えないけど……カーム洞窟に入れるなら、結構戦えるのね」


 カーム洞窟とは俺とレティシスが会った場所だろう。名前があったのか。


 しかしまた冒険者に見えないと言われてしまった。普段着みたいな格好がよくないのか。


 そんな冒険者に見えない俺であるが、登録を申し出ると快諾してくれた。


「冒険者がどういう仕事かは分かってる?」


 大体のところはレティシスから聞いている。魔獣の討伐や雑用、だったか。市民、もしくは国や貴族はギルドに依頼を出し、冒険者はギルドで依頼を受ける。報酬もここで受け取る。


 ああ、と頷いて続きを促す。


「ギルドは冒険者の管理の他、功績によってランクを設けてるの」


「ランク?」


 冒険者はS、A、B、C、D、E、F、Gの八段階にランク付けされているらしい。Gが一番下となる。


 アルファベット? しかもSってSpecialの頭文字じゃないのか。英語圏でない国で、なぜこんな区分けがされているのだろう。


 稀人から伝わったか、なんならギルドの設立に関わっているのか。もしくは異世界語が自動翻訳されているのかも。


「評価の基準は、強さとか安定感、あとは素行」


「強さと素行は分かるけど、安定感って?」


「仕事の達成率とか、怪我の有無ね」


 なるほど。


「上のランクになれば、より報酬の多い仕事を請けられるわ」


 もちろんその分危険も上がるけれど、と付け足すことも忘れない。


「それと、一定期間依頼を請けないと登録を抹消されちゃうから気をつけてね」


「期間ってどのくらい?」


「ランクによるわね。Gだと一ヶ月、B以上は年単位だけど」


 冒険者になったはいいものの、不向きだと気づいてやめてしまう者は少なくない。


 あと、主な依頼は魔獣討伐なため、人知れず死んでしまう冒険者もいる。そういった場合の措置だろう。


「それじゃあ、ここに名前と、簡単に戦い方を書いてもらえる? あ、書けなきゃ代筆するわね」


 羽ペンを手に取って紙に向き合う。読めるけど書けない……なんてこともなく、異世界言語も問題なく書けそうだ。理由は分からないが、書こうとしている語句にあたる文字が頭に浮かんでくる。


 戦い方は……殴る蹴る? あと魔術もか。


 ささっと書いて手渡すと、紙を見たメルは「あら」と声を上げた。


「魔術が使えるのね、適性も聞いていいかしら」


 全部使える、と馬鹿正直には言わない。


 人前で使うことの多そうなものを挙げておこう。


「光だよ。使うのは治癒術とか」


 しん……と音が消える。


 メルは目も口もぽかんと開いており、他の職員や、周囲にいた数名の冒険者も動きを止めている。後ろを見るとレティシスが青い顔をしていた。


「……って言うのは嘘で、本当は火。火の魔術をちょっとかじってるんだ」


「治癒術が使えるの?」


 食い気味に言われてしまった。嘘が全然通じていない。馬鹿な! 聖女をも騙すこの俺の嘘が!


 曖昧に言葉を濁す。メルは口に手を当てて少し黙考し、真顔で告げた。


「申し訳ないのだけれど、明日の朝、もう一度来てもらえるかしら。あ、レティシスちゃんも一緒にね?」


 どうやら何かやらかしたらしい。

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