2 謎めいた体
前世、という言い方が正しいのかどうか。
ともかく元の世界で人間だった時の俺、辻村太一郎は普通のサラリーマンだった。
戦いなんて無縁だったし、なんなら喧嘩すらまともにしたこともない。
それが何の因果か、異世界でドラゴンと戦うことになるなんて。
異世界生活一日目にしてはハードすぎやしないか。普通、戦うにしても段階があるものでは。
「もっとこう、スライムとかゴブリンとかさあ」
最近やったゲームを思い出しつつ独りごちる。
目の前には俺が倒したドラゴンの死体が鎮座ましましている。相変わらず大きい。
そして、部屋には二つの出入り口ができていた。上りと下りの階段だ。下りの方は俺が上ってきたところだろう。
どうして出入り口が消え、いつの間に現れたのか。
「ドラゴンに見つかったから出口が塞がれて、倒したから現れた?」
現実的でないが、何せ異世界だ。何があってもおかしくはない。
とりあえず進むべきだが、この死体はどうしよう。これが食べられれば食料の心配はなくなるし、持っていける分だけでも持っていきたい。
ただ、切り分けるにも刃物なんてないし、仮に切り分けられたとしても鞄もない。
「どうにかして運べないもんかな」
てしっ、と軽く叩いて呟いた途端、ドラゴンの死体が影に沈んだ。音もなく、文字通り影も形もなくなる。
今度は何だ!? 声を上げかけたところで、脳内に文字が浮かんだ。
【エンペラーヴォルカニックドラゴンの遺体】
「エン、ペラー……ヴォル、カニック、ドラゴン?」
今しがた倒して、遺体が消えたドラゴンの名前だろうか。
仰々しい名前だが、それはともかく。
「これって、収納されたってことなのか?」
なぜか、聞いたこともないドラゴンの名前が分かる。今の消滅は、俺の言葉に反応したものだろう。そして脳内に名前が浮かんだということは、ただ消えただけではないはずだ。
影に沈んだドラゴンの遺体を、再び取り出すよう念じてみる。
大きな影が広がり、そこから先ほどの巻き戻しのように遺体が競り上がってきた。
「ああ、こんなこともできるのね、俺……」
いよいよ人間離れしてきた。恐らくもう人間じゃないから、人間離れというのもおかしな言い方か。離れて当たり前というか。
まあ、使えるものは使っておこうか、うん。
取り出したドラゴンを再び影に沈める。
階段へ足を向けようとして、部屋の中央に箱が置いてあることに気づいた。上蓋が半円状になっており、きらびやかな装飾に彩られている。箱だけで価値がありそうで、見るからに宝箱! と主張してくる。
ドラゴンとの戦闘中はなかったはずだ、多分。これもドラゴンを倒したから?
手をかけると鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。
中身は……薬? 蓋のついた、試験管のような細長い瓶に入った青い液体が、一抱えもある宝箱にびっしり詰め込まれている。
なんだろうこれ。薄く光ってるし神秘的ではあるが、飲み薬なんだろうか。
疑問に思いつつ、とりあえず影に一本収納してみる。
【霊薬エリクシル】
「はあ、霊薬」
凄い雰囲気は感じるが、影の収納では効果までは分からない。名前からして傷薬っぽいけど、ドラゴンを討伐した報酬が薬ってどうなんだ。普通、ドラゴンと戦うのに薬が必要なのでは?
とりあえず残りは箱ごと収納しておいた。
さて、俺は何者なんだろうか。
炎に巻かれても熱い程度で済み、火傷もあっさり治り、人間離れした力を発揮した。更には影の中に物を収納することができる。
あと他には?
何の説明もなく放り出されたようなものなので、自らで検証しなくてはならない。
先ほどまではとっとと外に出たかったが、まさかの初手ドラゴン戦だ。ここから先に何があるのか分からない以上、自分に何ができるのか把握してからでないと怖い。
「そうだ、霧になったよなさっき」
ドラゴンの爪でを棒立ちで食らったとき、上半身が勝手に霧状になって回避できた。
体が霧状に変化するイメージを浮かべてみる。
「うおっ」
あっさりできてしまい、驚いた拍子に元に戻った。今度は慎重に、腕だけ霧化してみる。
肘から先が服ごと消滅し、その部分の空気がもやもやと揺れている。
そのまま、胴体、足、頭と全身を霧に変えていく。
目はないはずなのに視界はそのままだ。横、後ろ、上と意識を向けた方を視認できる。
うーん、面白い。
爪が勝手にすり抜けたということは、相手の攻撃に対して自動で霧化するのだろう。尻尾の時に発動しなかったのは、腕で防ごうとしたからだろうか。顔への踏みつけもそうだ。自らの意思で当てにいく時は霧化しない?
あと、炎を吐かれた時も霧で回避は行わなれなかった。質量のない攻撃に対しては効果が出ないのかも。
「まあ、不意打ちを食らわないだけでもありがたいかな」
あまり当てにし過ぎるのはよくなさそうだ。
自分が何者かはさっぱり分からないままだが、一つ一つできることを確かめていくしかない。




