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18 稀人、街へ来る

 金貨一枚で十万円だと仮定した場合。当然大金貨一枚は百万円となる。


 影収納にはフィセルナ金貨……大金貨が五五〇〇枚。つまり、五五億円!


 宝箱から大金貨が出てきたのは、確かブラッドコカトリスを倒した階だったか。地下七八階だった。そこまで潜って魔獣を倒した報酬として、この額が妥当なのか判断しかねる。


 ……今さらだが、どうしてこんなにはっきり憶えているのか。前世の記憶力は人並みだったと思うけど、これも吸血鬼的な能力か?


 ともあれ大金持ちだが、こんな大金絶対に目立つ。しばらくはタンスならぬ、影収納の肥やしになりそうだ。


「タイチロウさん?」


 所持金に思いを馳せていると、レティシスに不思議そうな顔で呼びかけられた。いかん、まだ勉強中だった。


 次は稀人について聞いていた。


 この世界、異なる世界から物や記憶が流れ着くことがあるらしい。


「記憶が、流れ着く?」


「ここではない世界での、前の人生のことを憶えている人が時々いるそうです」


 前世、ということか。


 大抵は断片的な記憶の欠片のようなもので、それも大人になるに連れて忘れてしまうらしい。


 ただ、ごく稀に完全に記憶を持って生まれ変わる者もいるそうだ。


「それが稀人ってわけか」


「他の世界からの魂が新しい体に宿った人、と言う人もいます」


 記憶は脳に宿ると思っている現代人からすると、なかなかにエキセントリックな学説だ。だが、身をもって体験している以上なんとも言えない。


「一説では、世界に綻びができていて、そこから流れ着くのでは……と言われています」


「綻んでいる世界、か」


 危うげな響きがあるが、その綻びのおかげで第二の人生(吸血鬼生?)があったと思うと悪くない。


 物が流れ着くこともあるそうで、そういった品は「流れ物」や「遺物」と呼ばれ高額で取引されている。


 人や生き物が「流れ」てきた例はないらしい。


 また、この世界で生まれて亡くなった者が、もう一度この世界で記憶を持ったまま生まれ変わる、ということはないそうだ。少なくともはっきり確認はされていない。


 興味深い話だ。


「あ、あと最後になんですが」


 微妙な表情で少し言い淀んで、続けた。


「稀人は吉兆の証で、神殿では手厚く保護される……という話もあります」


 ……魔族で稀人だと、討伐と保護どっちだと思う? なんて訊いても困らせるだけだろうな。


 よくも悪くも狙われかねない、ということか。出身なんかも当面は隠しておいた方がよさそうだ。



 地平線の先に灰色の小山が見え、近づくに連れてそれが街を囲む壁だと気づいた。


 外壁は近くまでいくと、見上げても上が見えないくらいに高い。ぐるりと円形に街を囲んでいるようだが、左右に真っ直ぐ伸びているように見えた。


「ここが……」


「はい。辺境の街、フォードカリアです」


 やや誇らしげにレティシスが言った。


 道中で辺境最大の街と聞いてはいたが、外壁からしてもうデカイ。


 日が暮れかけたところで、ようやくフォードカリアの街へ超着した。


 街道の先の門が街の入り口だ。夜間は閉めきってしまい、そうなると門の前で野宿せねばならないらしい。


 閉門ぎりぎりに来た俺たちを見て、門の前に立つ衛兵が面倒くさそうな顔をした。


 だが、横にいるレティシスに気づいて目を見開く。


「嬢ちゃん! レティシスの嬢ちゃんじゃないか!」


 武骨な見た目と裏腹に、親しげに声をかけてきた。それに対してレティシスも軽く頭を下げる。


「お知り合い?」


「知り合いも何も、命の恩人さ!」


 レティシスに聞いたが、答えたのは衛兵のおっさんだった。


 以前、彼女の治癒術で助けられたことがあるらしい。


 それだけでなく、普段から怪我人を診てあげているようだ。


「詰め所の連中はみんな嬢ちゃんに世話になってるぜ」


「い、いえ。そんなに大それたものでは……」


 ぽしょぽしょと小声で否定するが、「なに言ってんだ!」と一蹴される。


「住人もみんな感謝してんだぜ。神殿に頼れない貧乏人なんて特にな」


 誉め殺しされて、レティシスが恥ずかしげにうつむく。いたたまれなさそうだ。


「というか、あんたは誰だ?」


 ご陽気な顔を一転、不審な目でこちらを見てくる。


「こ、こちらの人はわたしの命の恩人です」


「そうか! 嬢ちゃんの恩人なら俺の恩人だな!」


 レティシスのフォローに、一も二もなく態度を戻すおっさん。いいのかそれで。


「洞窟ではぐれたなんて聞いてたから気が気じゃなかったけどよ。無事でよかった。早いとこギルドへ報告に行ってやんな」


 その言葉にレティシスの顔が一瞬強張ったが、すぐに笑顔を作って「はい」と頷いた。


 はぐれた、ねえ。


「兄ちゃん、冒険者には見えないが……ギルドカードは持っているのか?」


 ちょっと引っかかった気がしたが、考えに更ける前に声をかけられた。


 街へ入るのに身分証の提示が必要らしい。レティシスは先に見せたようだ。


「いや、持ってないな」


「他の身分証は?」


「それもない」


「じゃあ、通行料として銀貨三枚かかるぞ?」


 日が完全に沈んでからでないと取り出せない。でも、日が沈んだら街へ入れない。


 詰みかな?


「あ、わたしが」


 手持ちがない場合はどうすればいいのか聞こうとしたところで、レティシスが申し出た。鞄から銀貨を取り出して手渡す。


 ずっと年下の子に立て替えてもらうのって、結構精神にくる。


「なんだ兄ちゃん、金持ってねえのか?」


 しまった。上がった評価がすぐに下がってしまった。……人化していても使えるよう、多少の貨幣は持っておいた方がいいな。


 最後に「フォードカリアにようこそ!」と言われて門を抜けた。


「おおー」


 思わず簡単の声が漏れる。


 背の高い建物は多くなく、二階建ての家屋が多い。レンガか漆喰の造りで美しく、窓にはガラスがはめ込まれている。


 滑らかな石畳の通路は広く、端には側溝もあった。見た目以上に文明が発展しているようだ。


 遠くに、西洋の城にしか見えない建造物がそびえ立っていた。


 遅い時間だからか、それほど人通りはない。この街の規模だと、日中は門も混み合いそうだ。


 海外旅行に来たような感動を覚える。いや、実際は海外どころじゃないのだが。


 きょろきょろと見回していると、レティシスがくすりと笑みをこぼしてはっとさせられる。


 いかんな。完全にお上りさんじゃないか。


「まずはギルドに行こうと思いますが……一緒に来てもらえますか?」


 申し分けなさそうに言われたが、こちらとしても否やはない。冒険者として登録しておけば身分証ももらえるし。


 それに、どこにも所属しないというのは案外落ち着かないものだ。


「道案内、頼むよ」


 と返すと、レティシスは嬉しそうに笑った。

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