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16・5 馬上にて(リリエラ)

 手綱をまとめて片手で握った。空いた手で、短くなった剣を眺める。刃の中心よりやや上、三分の一くらいからぽっきり折れていた。


「その剣、もとから壊れかけていたのか?」


 隣からバンディが言う。声量は人並みだ。この男、上官の前以外では案外普通だったりする。


 まあ、そうでなければ斥候なんか勤まらない。


「いんやあ、点検は怠ってないよお」


「だろうな。言ってみただけだ」


 命を預かる武器だ。面倒くさがりな私でも蔑ろにはしない。同じ騎士であるバンディもそれは分かっている。


 かっぽかっぽと馬を走らせる。前方には二台の馬車と、それを囲む馬に乗った同僚たちだ、馬車が一台減ったため、馬に二人で乗っている者もいる。そのためペースはそれほど速くない。


 私たちは最後尾だ。前方とはやや距離があり、周囲には誰もいない。


 私もバンディも、自他ともに認める第一隊の鼻つまみものだ。ちょっと離れていようが気にはされない。


「そうなると、あの男は本当にミスリルの剣を叩き折ったってことか」


「素手で、ねえ」


「そんな手合いには見えなかったが……」


 小首を傾げて訝しむバンディ。私も同感だ。


 私たちは騎士としては若手だが、任務の性質上、相手の実力を測る目は肥えている。慢心ではなく、それでこれまで生き残ってきた自負がある。


 そんな私たちの目から見て、あのタイチロウという男は凡庸そのものだった。立ち振舞いや歩き方、目の動き、体つきに魔力の流れ、全てが素人だと示している。まともな訓練を受けていない、線の細い優男にしか見えない。


 だと言うのに、だ。


「本気で振ったのか?」


「本気だよお。もちろん、寸止めできるくらいのお、本気だけどねえ」


 素人が、反応できるはずのない剣に反応した。それどころか、迎え撃ってへし折った。


 人生の中でも一、二を争う衝撃だ。


 擬態か、と最初は思った。潜入、素性隠し、トラブル回避……様々な理由で、強者が強さを隠すことは珍しくもない。


 だが、それなら剣に反応するのはおかしい。殺気のない剣だ。ミスリルの剣を殴り折るくらいの実力者なら、寸止めくらいは察するだろう。


 それに、剣を折った後もタイチロウは「弱い」ままだった。擬態だとすれば意味がない。


 加えて言えば、殴り方も素人そのものだった。反射速度と身体能力頼りのパンチは、まるで……ある日急に強大な力を得た一般人、という印象を受ける。


「ミスリルの剣をへし折る一般人か、恐ろしいな」


「面白いのお、間違いじゃあなあい」


 素の力でそれなら訓練したらどうなるのか。バンディの危惧はそんなところだろう。頭のてっぺんから足の先まで真面目ちゃんな男の考えそうなことだ。


「そもそもなぜ斬りかかったんだ?」


 何が引っかかったのか、すぐにあの場を離れたバンディには分からなかったのだろう。


「汗をねえ、まったくかいてなかったんだよねえ」


「ほう?」


 興味深げに眉を上げる。不自然さに気づいたようだ。


 今の時期、森を歩いていれば汗ばむくらいはするだろう。


 更に、森からの足跡は走ってきたことを示していた。間隔と深さで分かる。


 更に更に、素人にしか見えない男が、厳ついアンダレイ隊長と向き合っていて冷や汗一つかいていない。


「森を歩いてきた割にはあ、服も汚れちゃいないしさあ」


 そもそも普段着に近い格好で森にいることがおかしい。


 それでちょっと驚かしてみようとしただけだ。


 結果、こちらが驚かされたわけだが。


「……真面目な話、何者だと思う?」


 神妙な声を出してバンディが問う。


「さあねえ。格闘タイプ、兼、魔術師らしいけどお」


 私たちが来る前、そんなことを言っていたと隊長から聞いた。


「魔術師……身体強化?」


「私の見る限りい、身体強化は使ってなかったねえ」


 魔力によって身体能力を強化する技術はある。魔力はあるが属性適性を持たない者がよく用いている。


 だが、魔力の流れがそれを否定している。


「お前の『眼』が言うならそうなんだろうが……ますます分からん」


 魔力を視認できる、私のちょっとした特技だ。知っている人は多くないが、バンディは数少ない内の一人である。


「魔族、だったりしてねえ」


「馬鹿な。それなら向こうの手だってただでは済むまい」


 神殿騎士の剣はただの剣ではない。光術が組み込まれている、魔力伝導のいいミスリル製だ。しかも教会で祝福を受けている。


 伝説の聖剣ほどではないにしろ、魔族特効の武器と言えよう。魔族やアンデッドなら触れただけで大火傷だ。


 もし、神殿製の剣が効かない魔族がいたとしたら。


「人類に取っちゃあ、悪夢でしかないねえ」


「リリエラ。この話、隊長には?」


「してないよお、面倒だしい」


 ただ、私の気づいたことくらいは隊長も気づいていそうだが。


「聖女様の前でえ、否定してたみたいだしい」


 魔族であることをはっきり否定し、聖女もそれを認めている。


 苦言を呈しようとしていたバンディだが、私がそう言うと口をつぐんだ。


 まあ、お互い本気で魔族だなんて思っていない。神殿の剣を折り、真実の聖女を欺く魔族なんて規格外が過ぎる。


 もちろん、それはそれで謎が残る。身体強化を使わずに、或いは私の眼で分からないように強化して、神殿の剣を折る人間……。


「あとさあ、金貨三〇枚って言われたらあ、金貨三〇枚だと思うよねえ」


「は? 当たり前だろう。何を言っているんだお前は」


 けひっ、けひっと笑い声が漏れるのを止められない。


 もう一度折れた剣を見る。遠からず、また会うことになるだろう。そんな予感がした。


 その時は敵か味方か。


「うーん、楽しくなってきたなあ。そう思わなあい、バンディぃ」


「……馬上で首を振り回すな。落ちるぞ」

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